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「ねえねえ、今日はモモちゃん、いないの?」
お客さん対策で、この店は女の子は花の名前がついている。ニックネームだ。
「残念! あの子、先週で辞めたのよ。彼氏が出来てね、もっと健全なお店でバイトするって」
「健全ってなんですかー、俺ら、健全な客なんだけど」
浜田がぶーたれる。
「そうね、毒にも薬にもならないお客さんよね、浜ちゃんは」
おねーさんはころころと笑いながらオーダーを取る。柏木が浜田に耳打ちする。
「浜ちゃん、残念だね」
「あああ、憩いの場所の憩いの女がまた一人消えたぁ」
「その割にゃ笑ってる」
「こいつはそんなヤツ」
届いた生ジョッキで乾杯の音頭。
「お疲れさん!」
「お疲れっ」
「言うほど浜ちゃん、働いたの?」
またもや澤田。別に目の敵というわけじゃない。自分の毒舌を受け止めてんだか流してんだか分からない浜田に、関西人としては言わずにはいられない。
「ああ、傷つく……いい、もう例の件、代わってやんないからな!」
「例の件? なんの!」
「……なんだっけ?」
「やっぱ浜ちゃんだよな」
「そ、浜ちゃんはこんな人」
癖のある人間が多い職場。だが大きな争いも無く仲良くやって行けるのは、浜田のような人間クッションがいるからだと思っている人間もいる。だから、柏木がちょっと真面目に言った。
「浜ちゃん、俺は浜ちゃんがいて良かったって思ってるよ」
思いっきり吹き出した浜田。
「うわっ、きったねー、おしぼり、おしぼり!」
「悪い! 俺、もらってくるっ」
困る。いい人にはなれない。なりそうになって慌てる。
酔って家に帰ってそのままベッドに転がり込む。
(あ、着替え……いっか、これ、明日クリーニングだ……)
夢の中に運ばれていく、遠い時間の向こうの地獄へ。
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