へっぽこ勇者は伝説をつくる

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軽く落とされた照明が店内を照らし、柔らかな光りが暖かい空間をつくり出している。 目の前に広がるカウンターはこじんまりしていて、何種類か大きなお皿に料理が盛られていた。美味しそうな香りが店内に充満している。 「えっと……?」 わたしはモンスターのような大柄な人物を前にカウンターを挟んで座らされていた。 「アタシのことはママって呼んでちょうだい」 「は、はあ……」 「アンタ名前は?」 「……マリエットです」 「長くて覚えられないわ。マリちゃんでいいわね」 「は、はぁ……」 化粧はバッチリで紅い口紅が印象的。髪はアップにしており、丸首で襟がなく丈の長い身頃にゆったりとしたデザインの白い上着のようなものを身に付けている。そんな容姿なのにどこかおっさんっぽい、でもしゃべるとお姉系なママ。 そんなママを前にして、わたしはどうしていいかわからない。 「はい、お待たせ」 ドンっと目の前に置かれたお皿には黄色いふわとろの玉子料理が乗っていた。優しい香りにごくっと喉が鳴る。 食べていいのだろうか? 湯気のくゆる料理とママを交互に見た。 「アンタお腹空いてるんでしょ? 食べなさいよ」 「でもわたし、お金がなくて……」 だって果物すら買うお金は持ち合わせていない。なんて言ったって、銅貨一枚しか財布に入ってないんだから。こんな美味しそうな料理、一体いくらするのか。銅貨一枚じゃ絶対足りない。 「アタシの店の前でのたれ死にされたくないのよ。いいから食べなさいっ」 「は、はいぃっ!」 命令口調でフォークを目の前に突き出され、反射的にそれを受け取った。 どうやら食べていいらしい。ゴクリと喉が鳴る。 わたしは恐る恐る玉子にフォークを差し込んだ。すると中から赤くて細長い紐のようなものが出てきて、思わずママを見る。 「それ? ナポリタンっていう料理。ナポリタンをアタシの包容力みたいにふわとろ玉子でコーティングした、ママの優しさ溢れるまかないパスタよ」 「なぽりたん? ぱすた?」 聞き慣れない名前にわたしは首を傾げる。初めて見る料理だから毒なんか入っていないだろうかと警戒してしまうけれど、目の前のナポリタンからはとんでもなく美味しそうな香りしかしない。 「アンタからしたら異世界の食べ物。いいからちゃっちゃと食べなさい。美味しくてびっくりするわよ」 ママはわたしを急かす。 ママの威圧感に負けて恐る恐るフォークを口に運んだ。 「こ、これは……!」 少し刺激のあるパスタがふわとろ玉子と絡み合って絶妙なまろやかさを生み出す。つるりと喉ごしのいいパスタはソースと絡み合ってわたしのお腹へどんどんと入っていく。一心不乱に食べ進め、気付けばペロリと平らげていた。 めちゃくちゃ美味しかった。 お腹は満たされ心はあったか。 こんな気持ち久しぶり。 「やだ、何泣いてんの?」 ママが心配そうな顔でわたしを見る。 「……うっうっ」 ポロポロと涙がこぼれ落ち、とめどなく溢れてくる。得も言われぬ感情が次から次へと押し寄せてきて、人目も憚らずわあわあと泣いた。お店にとっては迷惑極まりない客なのに、ママはわたしが落ちつくまで黙って見守ってくれた。それがとても嬉しかった。 「久しぶりにこんなに美味しいごはんを食べました」 「あら、よかったわね」 「でも私銅貨一枚しか持ってなくて……」 「別にいらないわよ」 「皿洗いでも何でもします」 「いらないって言ってるでしょう?」 「私、勇者向いてないんです」 「人生相談はお断りよ」 「……ママ冷たい」 「はあ? 十分優しいでしょうが。行き倒れていたアンタを助けてあげたんだから。ていうかアンタ勇者なの? 見えないわ~」 ママはわたしを舐めるように見る。 今のわたしはモンスターにこてんぱんにやられて武器も防具もボロボロの状態。お世辞にも勇者には見えないだろう。それはわたしもよくわかっている。 「勇者に向いてないから魔法使いにジョブチェンジしようとしたんですけど、魔法のセンスもなくて断念しました」 わたしは自虐的に笑う。剣は重い。振り回しても上手く立ち回れない。じゃあ魔法使いになろうと手のひらに魔力を集中させてみたが、焚き火の火種を作るだけで精一杯だった。当然、魔法使いの知り合いもいないから弟子になることすらできない。 「ふぅーん。若いのに苦労してるのね。何で勇者になろうと思ったわけ?」 「それはですね……」 わたしは昔を思い出した。
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