サンタボム

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 私立蹴手繰(けたぐり)臑齧(すねかじり)学院高等部の卒業生に向けられた、ある伝統がある。  卒業しそれぞれの道を歩む学生たちが記念として一定量の物を学院に置いていく。学院はそれを10年間保管し、そして10年経ったところでそれらを一斉に卒業生へ送り付けるという、まあタイムカプセル的なことを毎度続けているようだ。そのついでにこうやって学院に直接赴いて受け取って、同級生と再会するのも実質当たり前の行事として根付いた。  だから卒業生にとっては基本的に嬉しくて楽しいイベント――の筈なのだが、このイベントの名前は「10年ボム」とかいう不吉なことになっている。その理由を、現在俺は周囲に響き渡ってる悲鳴や笑い声でよく理解していた。 【吉川】「さてさて、田代が受け取ってきたわけだし、俺らも覚悟を決めますかぁ」 【田代】「お前絶対爆弾だろ。離れろ離れろ」 【吉川】「お前に言われたくねーんだよバカ野郎ランキング頂点」  この大体500mlペットボトルサイズのプラスチック容器の中には、10年前の自分が未来に託そうと自由に何かを入れたわけだが、これも文化として必ず入れなきゃいけないものが指定されていた。  文化というかただただベタなんだが……未来の自分へ向けたお手紙だ。  だが、コレが「爆弾」と呼ばれる所以。真面目に書こうとしなかったわんぱくなガキんちょ時代を過ごした奴は、その頃のセンスを今の社会人となった自分が受け止めなきゃならないという10年越しの自爆を余儀なくされるわけだ。ポエムをかました奴ほど、今この場で大恥をかいていた。  ……で、本当、俺は何を書いたんだろう。じゃんけんでトリを務めることになって内心恐怖に吹かれながらも、まずはコイツらのカプセルの中身。  10年前の仲間たちの言葉に、意識を傾ける。 【吉川】「……へへ、自分でも変わってねえって思うよ。ほんと俺、小説のことばっかだな」 【川中】「吉川くん本当に小説家になったんだもんね……すごいなぁ」 【斑田】「いやお前普通に変貌してるわ、2行で寝させてくるくっそつまんねえ文章ばっか書いてたお前どこ行ったんだよ」 【吉川】「それはお前が絵本も読めないアホだっただけだろ、まぁお世辞にも上手じゃなかったのは確かだけどなぁ。分かってたから、ひたすら修練を積んだのさ」 【中嶋】「まさか本当に夢叶えるとはねー。今更感あるけどおめでと、サインちょーだい転売するから」 【吉川】「大切に持っててくれんならしてあげる」  ……………………。 【中嶋】「……ってなわけで、案の定爆弾の要素なし!!」 【田代】「手紙の中身フツーなことしか書いてねーじゃねえか! ほんとつまんねーなお前、人生それでいいのかお前」 【中嶋】「フツーに彼氏作ってフツーに結婚して、フツーに核家族で過ごすのどこが悪いのよ、世の中一番大事なのはバランス」 【吉川】「ほんとブレねえのな、刺激の無い奴だよ」 【川中】「でも、SNSとか見てても凄く幸せそうだよ。やっぱり中嶋さん、凄いんだなぁって思っちゃう……」 【中嶋】「いや、だからフツーなんだって」  ……………………。 【川中】「……あっはは……何か、ジメジメしたことばかり書いてて、ごめんね。折角の楽しい空気が」 【中嶋】「いやまぁ、むしろあの惨状からよくここまで復活したもんだと感心しちゃうよ」 【吉川】「川中、陸上に全部懸けてたもんな。なのにあんな事故が起きて……無理ねえよ、手紙に書いてた通り今の川中は「奇跡」が起きた姿だ」 【田代】「そうか? 立ち直って人生見詰め直すくらい川中なら余裕だろって俺分かってたけど」 【川中】「余裕じゃないよー……田代くんが、助けてくれてなかったら私絶対、ずっとあのままだったよ……。給食のコンサルタントになんてなれてない」 【田代】「俺は何もしてねえって。全部川中の強さだよ。でもまあ、ほんと元気そうで良かった……さて川中の姿も見れたことだし解散ってことで」 【吉川&中嶋】「「逃がすか」」  …………ってことで。  3人の手紙の披露が終わった。やっぱり、爆弾って感じではなかった、普通の手紙だ。  吉川は変わらず抱き続けた夢を語った。  中嶋も変わらず、普通の幸せを抱くことに拘った。  川中は挫折を乗り越え、新しい自分の人生に立てることを信じた。  そして手紙の通りだ。大人として、3人は立派に生きているんだと分かった。 【田代】「(……じゃあ――)」  ――俺は、今どのようにして生きているんだ? ほんと何を思って、生きているんだ?  何かが叶ったわけじゃない。パッとしない。幸せって気もしない。ただ死ぬほど大変な毎日は……一体何の意味があるんだ? それに―― 【田代】「マジで何も思い出せねえ……いや頼むから真面目に書いてろよな俺、黒歴史とかやめてくれよな」 【吉川】「さーて真打ち」 【中嶋】「もといオチ」 【川中】「田代くんの、お手紙、だね!」 【田代】「……………………」  この広い体育館で即行で祭り上げられるくらいにはわんぱく問題児だったらしいこの俺の手紙は、ちゃんと手紙なのか?  マジで、10年前の俺は何を書いた? そもそも10年前の俺は、実際どんなだったんだ? 要領の悪い俺は、とにかく目先の焦りを優先する。  良い手紙を受け取った、大人となった仲間たちが視線を外してくれない。何故かラストの俺の手紙にワクワクしているみたいだった。  ……何にせよ、開けなきゃいけないし読まなきゃいけないんだな。まずは、ソレからだ。だから観念した俺は。  その手にある、10年前の俺が残した物体の蓋を。  開けた――
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