ひともどき

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病室で一人、歌を歌っている。 掠れて、汚れた。化け物の声で。 「残念ですが、手の施しようがありません。」 そう言われた時、僕は、いや僕たちの誰一人、 何も感じなかった。母は、俺に何の感情も抱いていなかった。医師に、 「余生を友や家族と過ごす事もできますが…」 「嫌です。」 断ったのは、僕だった。 そうしてただ一人、ベッドの上で息をしている。 そこにあるのは、ヒトではなかった。 優しい人になりたかった。彼女のような人間に。 困っている人がいれば助けた。 悪い人がいれば殴った。 辛い人がいればそばにいた。 それでも、僕は成れなかった。 優しい人の、ヒトに成れなかった。 この命に何の意味があるのだ。 認められたかった。 生きたかった。 死にたかった。 この心臓を、誰かに刺してほしかった。 さようなら人間。 僕はひともどきだ。
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