プロローグ ぼっちな僕の日常

1/1
14人が本棚に入れています
本棚に追加
/29ページ

プロローグ ぼっちな僕の日常

4月10日。時刻は正午を少し過ぎた頃。4限目の終わりを知らせるチャイムが鳴るまでにはあと30分はあるが、2年3組の教室は授業中にしては少し、いや、控えめに言ってもかなり騒がしい。  その理由は黒板の中央で存在感を放つ「自習」の文字を見れば明らかだろう。    何でも、国語の河西先生(50歳男性)のギックリ腰が再発したらしい。授業が始まってすぐに副担任の天宮先生が急いで教室に入ってきた時点で、クラス全員が河西先生の持病再発を察していた。彼は腰に特大の爆弾を抱えている癖に、12kgもある愛猫のチビ太を抱っこしたがるからだ。  知らせを聞いてすぐは先生の身に降りかかった不幸に皆同情していたが、漢字の小テストが延期された喜びと「自習」という一大イベントへの興奮から、労りの心は一瞬で消滅し、 「毎日ぎっくり腰になったらいいのに」 と軽い呪詛を唱える生徒もいる程だった。  河西先生のご回復と呪いが成功しない事を心から祈っておこう。  さて、これだけ騒いで誰も注意にやって来ない事からお察しかもしれないが、ここ須田川中学校は黒山小、花里小、明星小の3校の児童が入学する公立中学だ。公立中学校のあるあると言っては何だが、この学校を一言で表すと、良く言えば「自由」悪く言えば……「混沌」がしっくりくる。  教室を見回せば、前でお笑い芸人の真似事をしてスベリ倒している男子に、何を話しているのかは全く分からないが甲高い声でずっと笑い続ける女子。そして、極め付けに僕の後ろでスライディングをしてズボンの膝を破る男子。  一人ひとりの声が大きい上に、重なり合ったそのやかましさはさながらゲームセンターの様だ。ああ、これは正しく「混沌」だ……。  え?それでお前はどこにいるのかって?  窓際の一番後ろ。学ランの襟まできっちりと留めた着こなしに対して、校則違反ギリギリの目にかかりそうな長い前髪。喧騒の中で一心不乱に漢字の書き取りをしているのがこの僕、井上彰(いのうえあきら)だ。  今は自習の時間なのだから勉強をしているのは正しい姿の筈だが、この無法地帯では逆に僕が浮いてしまっている。  クラスメイトと一緒に騒いだりしないのかって?  確かに、モラルがどうこうとか言う問題はさておき、周りを気にせずに友達と大騒ぎするというのは学生時代にしか出来ない、いわゆる「青春」を感じるし、少し羨ましい気持ちにもなる。  しかし、そもそも僕には一緒に話したり、馬鹿騒ぎをしたりする友達がいない。  前に読んだ本には「人は親近感の湧く相手と友達になりやすい」と書いてあった。ほぼ全ての生徒が「勉強」と聞いただけで蕁麻疹が出そうなこの中学では、僕に親近感を持つ者は皆無だろう。  つまり、僕は正真正銘のぼっちなのだ。  ……改めて宣言すると、少し虚しくなってくる。  書き取りがきりのいい所まで終わると同時に、4限目の終わりを告げるチャイムが鳴った。さっきまでずっと騒いでいた筈なのに一層元気になり購買に走るクラスメイト達。  僕はいつもの様に母さんが作ってくれた弁当を机に出して、巾着から弁当箱を取り出す。手を合わせ、恒例のぼっち飯を始めようとした、その時。 「あーーきーーら!!」  突然後ろから声をかけられて、驚いた僕の手から箸が滑り落ちる。 「なんだ、祐介か……。びっくりして箸落としたじゃないか」 「ごめん!ごめんって!」  やたらとテンションの高いこいつは、風島祐介(かざしまゆうすけ)。小学5年生から4年間ずっと同じクラスでぼっちの僕にも構わず話しかけてくる珍しいやつだ。 「それはそうと……。そんなに急いで何か用があったんじゃないか?」 「あ!すっかり忘れてた」  へへっと照れ笑いを浮かべる祐介。教室の窓は開いていないのに、何処からか風が吹いている様な爽やかさだ。そういえば祐介はクラスの女子からも人気があるんだった。 「なぁ、彰。昼飯一緒に食べないか?」 「…………」  僕は、祐介の事が嫌いではない。いや、むしろクラスの中で最も気心の知れた存在という事もあり、彼からの誘いを断る理由は無かった。  ここで誘いに乗れば少なくとも昼休みだけはぼっちを回避できるに違いない。  でも、僕には()()()()()   「あ!そういえば、ちょっと用事があったの忘れてた。ごめんな。折角誘ってくれたのに。」  明るい声を出したつもりだったのに、喉から出たのは上擦って何とも情けない掠れ声だった。弁当箱も机に出しているし、用事なんてしょうもない嘘だってバレバレだ。 「いやいや、こっちこそ流石にしつこいよな!ごめん。今度また一緒に食べような!」  そう言うと、仲のいい友達と一緒に教室から出て行く祐介。殆ど人が居なくなった教室で、僕は溜息を吐いた。  祐介は、こうしてぼっちの僕をしばしば誘ってくれる。その気持ちはとても嬉しいし、何度も断るのは心苦しい。それでも……。彼の優しさに甘える訳にはいかないのだ。祐介は良くても、きっと彼の友達は僕の事を良く思っていない。根暗で、何を考えているのか分からない、しかも……。  ……さっき落とした箸を洗いながらこんな事を考えていたら気が滅入ってきた。時計を見れば昼休みは残り40分程あったので、祐介に吐いたバレバレな嘘の辻褄合わせの為に僕は行く当ても無く歩き出した。
/29ページ

最初のコメントを投稿しよう!