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「彼女は、僕の恋人なので」
営業部に配属する同期(男)の声が、しんとした総務部ルームにくっきりと響き渡った。
話は数分前に遡る。
確かに私は非常に困惑していたのだ。
「キミがそんなだから後輩達も育たないんだよ。大体キミは……」
総務部ルームの一番奥にある机の前で、私は呆然と立ち尽くしていた。後輩のミスの叱咤を受けている部長のデスクの前は、部署内で一番目立つ。背中に刺さる視線がやけに痛い。
「何だね、その恰好は。せっかく女に生まれてきたんだからスカートくらい履いたらどうだね」
部長の声が刺々しく響く。私が勤めている会社の総務部長のセクハラ発言は日常茶飯事で、ちょっとやそっとでは誰も動じない。つまり誰も助けてくれない。そのくせ見世物のように観察されているのだから、いたたまれない。
だって部長の言っている事は真実に近い。私は女の癖に化粧っ毛もなければスカートも苦手だ。
「そもそもキミは彼氏はいるのかね? そんな風貌じゃ、いつまでも結婚できないね」
ちなみに恋愛も苦手だ。それだけが幸せの条件ではない事を私は知っている。なのに、反論もできなくて、唇をぎゅっと噛みしめていると、
「部長、お疲れ様です」
総務部ルームでは聞き慣れない声がして、私は思わず振り向いた。部長の小言も同時に止まる。
私の背後から声をかけてきたのは営業部の門脇君で、彼は私の隣に立った。営業部の人間らしく、立った姿も様になるのだから不思議だ。
「部長のお声、廊下まで響いてきましたよ。ずいぶん素敵なお考えをお持ちのようで」
「な、何だね、キミは……、営業部の人間には関係のない話だ」
「いいえ」
にこやかな表情を浮かべた門脇君は言う。
「廣田は僕の同期ですので、部長のご指導にはぜひ僕も同席させていただきたく存じます」
やたらと畏まった言い方をしているのは、嫌味を含めているからなのだろう。そしてそれに気づいている部長は顔を真っ赤にし、門脇君から視線を外し、私をじろりと見た。
「廣田君……、キミが営業部エースを従えるなんて……、そんな容姿でアッチの方はエープラスなのかね」
社内の成績を示す言葉でなじる部長の言葉に、今度は私がかっとなった。しかし、
「口を謹んで下さい」
それを反論したのは、横にいる門脇君だった。そして、部長のすぎたセクハラ発言によってしんと静まり返っていた室内で、門脇君がはっきりと言ったのだ。
「彼女は、僕の恋人なので」
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