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⑥ 再度自覚した歳下同居人の行動は早いのです
「なぁ、西條……オメ、そろそろ家、帰れよ」
と半泣きで俺の膝に乗せてきた同期の小林の手をシッシッと振り払う。
「悪い。まだ帰る気にならん」
「じゃあ、もう部屋借りちゃえよぉ」
「俺以外の誰かがあのひとと暮らすかもしれない可能性を考えると、俺が自分で部屋を借りるというのは……、それこそ別れることが決定的になる。それは……無理だ」
「じゃあ、帰れよ。そのオンナのとこにさぁ」
「しつこいな」
「お前がいると彼女連れ込めないじゃん」
「彼女、いたのか?」
「あぁもう性欲限界。オレはオンナを部屋に呼ぶ。お前マジ邪魔だから帰れ! でもって仲直りしろー!」
ドン! ズサッ。バタン!
ドンは背中を押され、俺が無理やり小林の部屋から突き出された時の音。
ズサッは俺の唯一の荷物だった着替えの入ったボストンバッグを腹の辺りに投げつけられて。
で、バタンは友達がいのない小林が部屋のドアを閉めたって訳で。
ボストンバッグを肩がけにカンカンッと鉄の階段を降りたところで俺の足がピタリと止まった。
「……」
歩道脇の街路樹の根本に、見慣れた靴先がのぞいている気がして。
一歩近づいてしげしげと見る。
ズズ……っと少しだけ見えていた靴のつま先が木の後ろに隠れた。
こちらが見ていることに気がついたのだろう。
その靴には見覚えがある。
だって、ブルーの革製のそれは洸夜のお気に入りと一緒だった……。
「そこに隠れているのは分かってるから。出てきなよ、洸夜」
すると、
「来て……」
という心細げなささやきが。
それから、クシュン、と可愛らしいくしゃみの音。
ーーくっそ可愛いなっ。
と思ったら勝手に身体が動いていた。
一ヶ月ぶりに抱き締めた。
首筋に鼻を押し当て思う存分愛しいひとの体臭を吸い込む。
釣り合うがどうかとか、問題じゃない。
俺は彼ナシでは生きていけない。
それは前から分かっていたことじゃないか……。
喋っていないと思っていた心の声は、いつの間にか口から外に飛び出していたらしい。
「ホントに? オレのこと捨てたわけじゃない?」
うるうるっと街灯の灯りを反射した蠱惑的な瞳が俺の心臓に突き刺さる。
「すみません。ちょっと煮詰まってただけ。俺があなたから離れられるわけない」
自分で言いながら、(ちょっとクサイセリフだ)と照れる俺に洸夜が抱きつく。
ぶつかってきた筋肉と骨格の確かさに体の奥がギュンと熱くなってしまったのは、どうしようもない。
見つめ合えば、わかる。
そして、この熱を持て余してるのは俺だけじゃない。
そのことにも心が跳ねる。
洸夜が望んでるだろうことは俺にはすっかりまる視えだから、彼の手を掴んだまま、とりあえず近場のコンビニに飛び込んだ。
俺だってこの一ヶ月、ただダラダラと小林の家で無為な時間を過ごしていたわけじゃない。スマホでしっかり予習済み、イメトレはかかさなかった。
コンビニで俺が迷わず手に取ってレジで精算を済ませたモノに、洸夜の顔が期待できらめく。
そして紙袋に入れてもらったソレを左手に、右手に洸夜の手を握りしめて。
行く先は夜の公園。
この辺は一人の時間を持て余していた時散々散歩し尽くしたから、どこが人気のない場所なのかはしっかりリサーチ済みだ。
だが……。
人気のない場所は街灯もなくて、ほぼ闇なべ状態なことがその時になってようやく判明したのだった。
2022.04.26
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