戦乱の聖王 悲願の天獣4

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「戦乱の聖王 悲願の天獣」 新たな命 「父上とシャンルメ様に、大切なお話があります」 シオジョウはそんな事を言い出した。  3人が集まるとシオジョウは 「実は……近隣諸国にあるオウハマと言う国に、大変な治癒の能力を持っていると言われる、領主の子息がいます。勿論足が失われたり腕が失われたりしたら、それはさすがに治せませんが……傷と言う傷は、跡の残らない、無傷な状態に出来るそうです」  その言葉にショーコーハバリは目を見開いて 「真か!」  と言った。 「噂だから大げさに広まっている可能性もありますが、しかし、わたしの調べたところによると、この男の治癒が最も強力な力を持っています」 「そんな……そんな人がいるんだ……」  そう言ったシャンルメにシオジョウは 「この男を仲間にしましょう」  と言い出した。 「そのためには、まず一度、この男の父である領主を戦で負かします。父上が普段しているような、完膚なきまでに負かせてはいけません。恨みを買います。うまく負かさなくてはならない。そして、同盟を結びましょう。イナオーバリには姫がいません。政略による同盟の結び方が出来ない。だからこそ、この国とはうまく戦をして、その戦を終える時に、同盟を結ばなくてはならない訳なのです」  そこまで言ったシオジョウはシャンルメに 「しかしシャンルメ様、治療をする際に、父以外の男性に、裸を見せる事はお嫌ではないですか?」  と言った。  シャンルメはそれに対し 「うん。嫌だ。それに……ショークにもそれは嫌だと思ってもらえたら、嬉しい」  と言った。  そう言われたショーコーハバリは驚いた。 「いや……それは……確かに嫌だが、だが、そんな事を言っている時では……」  2人の様子を見て 「そこで!わたしが仲間にしたその男に、弟子入りをしようと思います!そこまでの治癒が出来る方法を、その男に学びます。その男に直に全部をやってもらうよりは威力が落ちるかも知れませんが……裸を見せぬ状態でその男にしてもらい、細かい傷跡への治癒は、わたしがいたします!」  そう言い出ったシオジョウに 「シオジョウ!」  とシャンルメは抱き着いた。 「貴方は素晴らしい!最高の妻だ!」 「あ、ああ!さすがは我が娘だ!俺は常々、我が子の中で、お前が一番優秀だと思っていたぞ!」 「父上、シャンルメ様、喜ぶのはまだ早いです。いいですか。戦と言う物は私情でする物ではありません。確実に勝てる。勝つ事で大きく利益になる。その状況が整わなければ、出陣してはなりません」 「う、うん。そうだよね。シオジョウ」 「それでも、シャンルメ様の傷を治せる。その方法が見えただけでも、大きな収穫でしょう」 「うん……本当にありがとう。シオジョウ」  シャンルメは涙をぬぐいながら微笑んだ。 「ああ。必ずや一刻も早くその敵を破り、その男を仲間にするぞ!!」  シャンルメは願掛けをしないかと言い出した。  傷が治った状況になるまで、褥を共にしないと。  いや、少し待て。気持ちは分かる。分かるが、それは無いだろう。そうショークは言った。  言ってから 「いや……俺がそれを、待てぬ男であると言う訳では無いぞ。俺は抱けぬからと言って、女を大切に出来ぬような男では無い。だが……だがな……」  そして、シャンルメの髪を撫で 「願掛けをしたいそなたの気持ちも分かる。だがな、心の傷は癒しきる事が難しい。だが、体の傷は癒えるものだ。だから、そのな……体の傷を原因に、そなたを抱かぬのは……俺は何だか、とても寂しいな」 「寂しい……不思議な言い方だな」 「そうか?」 「でも……何て言うのかな。もっともっと、抱き合うばっかりじゃなくって、一緒にどこかに出かけたりしたいな」 「おお。そうか。そうだな。次はどこに出かけるか?」 「都とヤマラトと、続けて西の方を旅したから、南の方に行ってもいいよね」 「ああ。そうだな」 「他にも、行きたい社が沢山ある」 「おお。そなたと行ったら、神のいる場所が分かって良いかも知れんな」 「うん。それに……願掛けはしないけれど……でも、その……やっぱりわたしには、少し悲しいんだ。傷のある姿をお見せするのが」 「そうなのか。俺が気にするそぶりを見せたのが良くなかったな。あれは反省している」 「気にしなくっていい。わたしも……その……元から気にしていたから」  元から気にしていたところに、言われたなら余計に気になるだろう。本当に、シャンルメがどれだけ気にするのか、考えが及ばなかった自分は愚かだったと、ショークは思った。 「すまなかった……」 「謝らないで。わたしの事を想ってくれているのは分かっているから」  そう、微笑んで言ったシャンルメの頬にそっと触れ 「だが、そなたに傷を付けたあのハルスサと言う男。俺は本当に許せぬ。よりによって胸だぞ。そなたの胸に、痛そうで触れられぬようになってしまったでは無いか」  とショークは言った。 「顔じゃ無かっただけ、良かったと思う」 「そうかも知れんが、許せんものは許せん」 「でも、癒えるんだ……時間はかかってもそのうち」 「ああ。そうだな。必ず癒える」  そう言ってショークは、シャンルメの髪を撫でた。  正月が来た。正月祝いはしない。そう、ショークはシャンルメに伝えた。  正月を祝おうと思っていると、その正月に戦を出来ぬ。そもそも祝いの金は、戦に当てたい。  そう言われてシャンルメは、それはとてもショークらしいと納得した。  そしてその年の正月は、イナオーバリで本当に身内だけで内輪で小さく祝い、ショークの誕生日祝いに、珍味と酒をナヤーマ城に贈った。  実は正直に言うと、ショークはこの贈り物を断りたくて、何と言っていいかが分からず、それで正月祝いを辞めると言ったのもあったのだ。  贈られた品を見て 「うむ。困ったな」  などと言って、ショークは笑っていた。  それを見たオオミは 「これは何です?」  と聞いてきた。 「シャンルメからの贈り物だ」  とショークは返す。 「俺の誕生日祝いなんだそうだが……いらんと言っているのだがなあ」  そう苦笑いするショークは、それでもどこか嬉しそうに見えた。  そう言えば、この人に贈り物などした事が無い。  そう思ったオオミは 「貴方はカズサヌテラスさんには、随分と愛されているんですね」  なんて言い出した。 「な、なんだ。その言い方は。妙な事を言うな」  と少し焦った様子でショークは答える。 「そう。貴方、大切なお話があります。まず、お聞きしたいのですが……」  オオミにそう言われ、ショークは 「うむ。なんだ」  と言った。  オオミはなんと 「カズサヌテラスさんは、女性ですよね?」  と聞いてきたのだ。  ショークは驚き、オオミを見つめた。 「な、何を言うのだ……」  ショークはそれ以上、言葉が出なかった。 「実は、貴方とカズサヌテラスさんが、デキていると言う噂を聞きまして」 「ふ、ふざけた噂だな。そんな事を言う奴がいるのか」 「まあ、貴方は衆道家じゃ無い筈だけど、あれだけ美貌の少年が傍にいたら、戦場は女性など滅多にいないだろうし、その気になるのも仕方が無いのかなあ、と思ったんですけど……」  と言いながら、ジッと夫を見入り 「でも、これは何かおかしいな。そう言えば、マーセリさんは、女性なのに勇ましい鎧を着たお嬢さんと言っていたし、貴方もイナオーバリの地でやるべき事がある娘で、女の体に傷があるのが可哀相で気になるといっていた。ああ、そうか。そう言う事か。その女性はカズサヌテラスさん。カズサヌテラスさんは、女性なんだな。そう思ったんです。調べると他に兄弟姉妹が一切いないと言う事。大方、子に恵まれなかったご両親が、男の子だと言う事にして、跡継ぎにしたんだろうな、と思ったんです。違いますか?」 ショークはしばし押し黙り 「参った……」  と小さく言った。 「いや、そなたを騙すつもりは無かったのだ。だが、その秘密は、出来れば知る者は極力少ない方が良いかと思って……」 「黙っていた、隠していた事は怒っていません。それで……もう1つ、ご報告があります」 「う、うむ。なんだ」 「お子を授かりました」 「まことか!」 「はい。そしてこの子を……男の子か女の子かは分かりませんが、わたしはカズサヌテラスさんに託そうと思っています。勿論、育つまでは傍に置いておきたいのですが、育った後には、あの方の元に託そうと思っているのです」 「そ、それは何故だ」 「だって、シオジョウとカズサヌテラスさんではお子を作れぬでは無いですか。跡継ぎに困ります」 「あ……ああ。そうだな……」 「そこまでちゃんと考えなければ。そして……ですね、貴方、避妊はしているんでしょうね」 「え……いや……」 「男として育ち、戦っている方が、お子を授かり出産するのは、きっと、とても大変な事ですよ。ちゃんと避妊をしないとならないですからね。相手はうら若い、世間知らずのお嬢さんなんでしょうから、貴方がしっかりしなければならないんです」  そう言われて、ショーコーハバリは驚いた。  天真爛漫な娘だと思っていたオオミが、いつしか、とてもしっかり者の女性になっている事に、改めて驚いたのだ。 そして…… 「分かった。そなたの言う通りだ。その子はシャンルメとシオジョウに託そう」  そう言った。  贈り物は嬉しくない訳では無いが、男に贈り物などいらんと言っているのに。  などと言ってしまったら、シャンルメの想いを何だか無下にするような気がして、言えぬなあと思いながら、ショークはマシロカの寺に来た。  マシロカの寺で、ショークと会ったシャンルメは 「本当に申し訳ないんだけど……」  そう、小さくうつむき 「実は、月のものになったんだ」  と言った。 「うむ。そうなのか」  そう言うショークに 「本当はちゃんと声を飛ばして、伝えておくべきだって思ったんだけど、でも、貴方に会える気持ちが嬉しくって、じゃあ来ないと言われたら悲しくって、伝えずにおいてしまった」  申し訳なさそうに、シャンルメは言う。 「いや、何。シャンルメ、このあいだも言っただろう。俺は抱けないからなどと理由で、女を大切に出来ないような男では無いぞ。今日は2人で色々と話し合い、何もせんが、褥を共にして寝ればいい話だ」 「でも……多分、わたしと褥を共にしたら、翌朝には褥が血まみれになるから……貴方も血に汚れてしまうと思う」  そう言ったシャンルメに、ショークは笑い出し 「俺が血など気にする男か!戦場の方がよほど血まみれになるわ!翌朝2人で洗えばいい話だろう!」  そう言った。  その言葉に、シャンルメは嬉しそうに安堵した。  そしてショークは 「いや……しかしだな。大切な話があるのだが……実はオオミが、そなたが女だと気が付いた」  その発言にシャンルメは驚き 「シオジョウのお母上が?」  と聞く。 「そうだ。カズサヌテラスさんは女性ですね。と言い出した。俺達の関係にも気付いている」 「それでは……わたしの事を怒っているのかな……」 「いや、それは全く気にしておらぬ。ただ、オオミは今子を宿していてな。その子をそなたとシオジョウに授けると言っている。2人は跡継ぎに困るだろうと」 「そ……そんな事をおっしゃってくださるんだ……」 「うむ。あとだな。その……避妊はしているのかと怒られた」 「え……避妊……?」 「そうだ。そなたが子を宿したら、大変な事になるだろうと言うのだ。確かにその通りだ。失念していた俺が悪かった。だが……避妊には、女が飲む飲み薬のような物もあるのだが、量を間違えると具合を悪くする。薬とは毒にもなるものだ。そなたにそんな物を、飲ませたくは無いな。だから、俺が何とかせねばならんのだが……まあ、その、最後まではいたさぬように気を付けるとしても……それを気を付けていても子をはらむ時はあるし……」  ジッとショークを見つめシャンルメは 「わたし、貴方の子を産みたいな」  と言った。 「確かに、何人も子を産む事は、わたしには難しいと思う。でも、1人でいいから……貴方の子供を産んでみたい」 「いや、しかし。それは大変な事になるぞ」 「うん。でも、きっとシオジョウとトヨウキツが助けてくれるよ。だから……まあ、確かに避妊はした方が良いんだと思うけど……でも、避妊をしていても子が出来た時には、これは授かりものだと覚悟を決めて、産んでみたいと思う」 「そうか……うむ。だが、これからは気を付ける」 「うん。それはありがたい。わたしも、何人も何人も子供を産むのは、多分、出来ないと思うから」  そうしてシャンルメは 「しかし、貴方の奥さんは皆いい人ばかりだな。マーセリさんもいい方だし。オオミさんがいい方なのは、シオジョウの母上なのだから、当たり前だろう。とは思うけれど」 「そうだな。亡くなったミョーシノも、良く出来た妻だった」 「亡くなった方がいるんだ」 「おう。そうだ。俺の嫡男の母だ。この嫡男もだな、そなたが女だと気付いている」 「え……そんなに色んな人に分かっちゃうものなんだ……それは困ったな」  ジッとショークを見て 「付け髭とか、するべきだと思う?」 「いや、思わぬ。正直に言って、そなたはいずれ自分が女だと、世間に明かす時があるかも知れぬと思う」 「えっ……そんな風に思っているんだ……」 「ああ。今すぐにでは無くともな。そなたは素晴らしい女だ。いずれは女として、自分を誤魔化さず生きて欲しい」 「なら……子供が生まれたら、その子にはわたしを母上と、貴方を父上と呼ばせたいな」 「ああ。そうだな。オオミの子が生まれたら、そなたとシオジョウでナヤーマ城を訪ねて来てくれ。その時に4人で、よくよく話し合おう」 「うん。分かった。たまにはこうして、話をするだけなのも良いね」 「そうか。それは良かった。そう言えば、出かけたいとも言っていたな。どこか、希望はあるのか?」 「うん。それなんだけど……」  ぽつりぽつりと、シャンルメは、その社について話を始めた。  神の集いし社。  世界中から神々が、その社に集結する。  そう言われている、特別な社がある。  偉大な大御神の社と人気を二分する程の社であり、そうして、縁結びの神なのだと言う。  この神に祝福された男女は必ず幸せになり、死が分かつまで、別れる事など無いのだと言う。  その社に行きたい。  ショークと行きたい。  そう思う反面……  実は、この社にいらっしゃる神様が、シャンルメは好きになれなかった。  この方が祀られている、別の社に子供の頃に行った時……この方のご気配は社の、入口にいらっしゃった。  その日は曇っていたのに、その社の入口は神々しく眩しく光り輝いていて、あまりの眩しさに 「眩しい!眩しい!」  と大騒ぎをし、周りの従者達をポカンとさせた。 「この光が分かるのか!そなたは大物になるぞ!」  と、やはりイザシュウは喜んだ。  光を浴びると、スーッと体が軽くなったものだ。  その社でも他の社でも、この神様はお会いする時には、いつも 「やあ、良く来てくれたね」  と、言わんばかりに光輝いている。  キラキラと、美しい光をまき散らしている。  その光に、ポカンとしてしまうシャンルメに対しても、いつも光り輝いている。  そして……この神様は、とんでもない人たらしの、女たらしなのだと言う。  100柱以上のお子がいる。  だが、正妻に当たる女神様には、お子がいない。  お子を産めない女神様であるようだ。  神様にも、そのような女性がいるとは驚きである。  この女神様はとてもヤキモチ妬きなのだが、しかし、本当に心からこの女たらしの神様に惚れ込んでいて、貴方以外の神様は、これっぽっちも考えられない、と言っていると言う。  それは何と言うか、男性に都合が良すぎる。  その女神様は、お可哀相だ。  そう思って以来シャンルメはこの光り輝く神様が、ますます好きでは無くなってしまった。  なのに、好きでは無いと思いながら会いに来ているシャンルメに対しても、この神様は光をまき散らして歓迎して来るから、調子が狂ってしまう。  だから好きじゃないんだけど……でも、このお社に貴方と行ってみたいなあ、とシャンルメはショークに言った。するとショークは笑いながら 「いや、その女神はな、そなたに似ているなあと……そなたはその女神に、とても良く似ている、と思っていたんだぞ」  と言った。  そう言われてシャンルメは 「ええっ!!」  と驚いた。 「俺に他に女がいるからと言って、自分にも男が必要などと思わないでくれ。俺以外の男はいらぬ。考えられぬ。その女神と、言っている事が同じでは無いか」  そう言われて、しばらくシャンルメは呆然とし 「本当だ……」  と言った。 「そうか。相手が貴方なのだと思うと、納得が出来る。あの、光り輝く神様が……と思うと、どうしても納得が出来なかった」 「ふむ。好みではないのだな。その神が」 「好み……うん、わたしは実は、ヤマラトの武神様の方が、神様としても、ずうっといい男だと思う」 「ああ。それは分かるが、ヤマラトの武神は別に、女好きでは無いのだろう」 「うん。そうなんだけど……何と言うのかな、あの、光輝く神様は、何となく軽い感じがして好きじゃない。そんな軽い男が、どうしてこんなに一途に愛されているんだ。女神様が可哀相だと思ってた」 「そうか……その社に行くとなると、南への旅だな。なかなかに遠い。馬を飛ばす距離を多くして、2泊はした方がいいだろう」 「うん。それで……あと、1つ気になる事があるんだけど……神無月ってどう思う?」 「ああ。世界中から、その社に、神が集まる8日間のある月の事だな」 「そう。わたしは神在月と言う考え方は分かる。でも、神無月と言う考え方は、おかしいと思う」 「それは何故だ?」 「例えばヤマラトの武神様は、遥か東の土地からやって来て、ヤマラトに祀られている。でも東の土地に、武神様はもういらっしゃらないのかと言うと、ご健在だ。ヤマラトでも前に、森の中からわたし達の目の前の、社に来てくださったけれど……その時も、いつもいる森の中から、移動されたと言うより、分身を飛ばして来た、みたいに考える方が正しいんじゃないかな。神様は一度に世界中のあらゆる場所に、存在が出来る方々だ。色んなお社に、同じ神様が祀られている。けれど、どのお社にいる神様も、その神様に間違いないのだと思う」 「うむ」 「だから、その8日間はきっと、世界中から神様達が分身を飛ばして集っているんだと思う。その8日間に、世界中のお社から、神様が消えてしまう訳じゃない。それを確かめたいから、その8日間に、色んな社に行ってみたんだ。そうしたら、やはり神様達はいらっしゃった。近場の社の大御神様もいらっしゃったし、もっと身近な神々もいらっしゃったし、その光輝く方ですら、ちゃんと、他のお社にもいらっしゃったんだよ。だから、神在月と言う、その考え方は間違っていないけれど、神様がお社に集まる月を、神無月と呼ぶのはどうなのかな。神様を、良く分かっていない気がする」 「そなたは面白い事を考えるな。しかし、確かにそうかも知れぬ」 「だから……と言う訳では無いんだけど、わたしはそのお社には、わざわざ神在月に行くんじゃなくて、混んでいない時にのんびりと行って、2人で楽しみたいなあと思って」 「そうだな。前に武神の元に行った時には、瞑想などが、2人きりで出来て良かったな」 「そう。2人きりになれる瞬間が欲しい。そして……出来れば、そのお社で、手を繋ぎたい」 「手を……」  シャンルメは照れながら 「うん。神様に対して、わたし達の縁を結んで、けっして離さないようにと……そうやって、お願いをしたいんだ。他の人達がいる前で手を繋いでいたら、少し……その……恥ずかしいかな、と思って」 「おお、そうか。そうだな。では、なるべく空いている時に行くようにしよう。そう言えば、そなたはかの偉大な大御神の社には、行った事があるのか?」 「もちろんある!あんなに素晴らしい処は他にない!大御神様を祀るお社は沢山あるけれど、あそこは別格なんだ。確かに、同じ方であるとは分かるご気配なんだけれど、それでも圧倒的に、神聖なご印象なんだ。あまりにも聖なる空間で、きっと貴方もビックリするよ。父上も、かの大御神の社には、莫大な寄付をしている。あのお社は最も古く、常に新しいと言うお社だ。20年に一度建て直している。建て直す時に、莫大な資金が必要だから、寄付したんだ」 「む……そんな事をしているのか」  ショークはしばし顎の髭を触り 「そんな寄付など、どこにもした事が無いな」  と笑った。 「貴方はそう言う人だ。大御神の社にも是非行きたいけれど……とりあえず、神の集いし社に、先に行ってみたいな。縁を結んで欲しい」 「うむ。良いぞ。大御神の社はな……俺は、そんなに良いのかにわかには信じられず、行った事が無い」 「それは勿体ない。人生を損しているよ。ああ、先にそっちに行きたい気もするけど……でも、その神の集いし社が先で、良いかなあ」 「もちろん、いいぞ。俺達の縁を結んでもらおう」  そう言ったショークに、シャンルメは微笑んだ。  馬を走らせての長旅だった。  初めての、南への旅。  2人はその地に着いた時、少し疲れていた。 「着いたら、きっと疲れが吹っ飛ぶよ。鳥居で多分、疲れが取れると思う」  そうシャンルメは笑って言う。  ショークはどういう意味か分からなかったが、着いた時、その意味が分かった。  まるで歓迎をしてくれているように、鳥居の奥底から光る。眩しい輝きを放ち、その光を浴びると、体がスーッと軽くなる。それに驚いていると 「この神様はどこのお社でもそうなんだ。光を浴びると体が軽くなるんだよ」  そう、シャンルメは微笑んで言った。  風変わりな社である。 「お願い事をする場所」と「神様がいらっしゃる場所」が分けてあると言うのだ。 偉大な大御神の社と人気を二分しているだけあり、賑わっていた。人の少ない時期を選んだのにも関わらず、賑わいがあった。  そのお社には、白い雪が降り積もっていた。  こんな南の地に雪が降るとは、驚きだとシャンルメは思った。  白い雪の似合う、美しい荘厳な社であった。  尊い光が、まるで参拝する人々を導くかのように光り輝き、そして辺り一面を照らしていた。  その光輝く方は、雪を眩しく照らしていた。  その方の光輝いた美しさが、より一層、白い雪を輝かせていた。 「素晴らしいな……」  とシャンルメは言った。 人が多いところでは諦めていたが、お願い事をする社に向かう道は不思議と、そこまで人に会わず、人がいても、さして2人を気にしていない様子だったので、そっと手を差し伸べ、こっそりと2人は、その境内の中で手を握った。  左端を歩かなければならない。中央は神様の道だ。  横に並ぶのでは無く、斜めになるような形で2人は手を繋いでいた。  長い長い道のりをゆっくりと2人で、手を繋ぎ、歩く事が出来た。  のんびりと歩いて、まずお願い事をする社にたどり着いた。  参拝の仕方が、他の社と少し違う。  間違えぬように気を付けて、2人は手を叩き、両手を合わせた。  尊い、煌びやかな空気が、その社にはあった。  だが、ただ煌びやかな訳では無い、どこか落ち着いた深い美しさに、満ち満ちていた。  静かに手を合わせ祈った後で、シャンルメは小さく 「これで、わたし達はもう、お別れをする事は無い」  と言って、ジッとショークを見て微笑んだ。  その微笑みを見たショークは……  シャンルメはここの神を好かぬと言うが、その光り輝く社の印象が、とてもシャンルメに似合う気がする。  そう思った。  彼女の笑顔がいつも以上に、光り輝くように感じたのだ。  そしてその後に、神様がいらっしゃると言う社にも行った。  何でこのお社は、お願い事をするところと、神様がいらっしゃるところが、分かれているのか。  多分、神様がいらっしゃるところでは、礼を述べるのが良いからだろう、とシャンルメは思った。  自分の身の回りの縁を、本当にありがとうと、そう言うために、分かれているんじゃないかと。  最初の社より、その社はさらに深く深く光り輝いていた。光り輝く、その奥まった社でも、2人は作法を間違えぬように祈り、自分達のご縁を神様に、心から感謝した。  ショークは勿論の事、2人の妻、そして部下達。  沢山のご縁に、自分は恵まれている。  そんな風にシャンルメは思っていた。 社から宿に戻ったシャンルメは 「やっぱり神の集いし社では、光り輝く神様も印象が違かったなあ……」  と言った。 「そうか。違ったのか。どう違ったのだ?」 「わたしが他の身近な社でお会いする時は、もっと、ずっと軽かった。キラキラと輝いている、眩しい光をまき散らしているご印象だった。神の集いし社では、光り輝いてはいらっしゃるが、何て言うか、ご自分を抑えていると言うのかな。とても落ち着いていらっしゃるご様子だった」 「ほう。そうか」 「きっと、世界中から神々をお迎えする場所だから、大きな責任感を持って、しっかりと構えていらっしゃるんじゃないかな。そう、同じ神様を祀っているお社は、確かに同じ方のご気配がするんだけど、でも少し違うから、社は、色んなところに行くのが面白いんだ。大御神様は、世界中の沢山の社にいらっしゃるけど、やっぱりあの偉大なお社は違うんだよ。凄いなあと、きっと貴方も思うよ」 「そうか」 「でも、お社に行くのが続いたから……次はまた、都に行きたいなあ」 「む。都に行きたいのか。懲りたかと思ってた」 「だから、つらい思い出が出来てしまったから、上書きをしたいと言うか……ちゃんと、楽しい素敵な思い出を作りたい。貴方と2人で」  と言ってから顔を上げて 「でも、都に行ったら、また、マーセリさんに会いたいよね」 「うむ。都に行って会わぬと言うのは、あり得ぬな」 「そうだよね。わたしは、隣の国だからちょくちょく会っているけど、マーセリさんは貴方になかなか会えないんだ。会ってあげなくっちゃ駄目だ」 「3人で会うか?」 「本当?いいの?」  そう言い、微笑み 「マーセリさんは大好きだ」  とシャンルメは言った。 「そうか。マーセリもそなたが好きみたいだな」  そうショークも笑う。 「でも、2人で会う時間も、作らなくっちゃ駄目だ。わたしと3人で会って、終わりになんかしちゃ駄目だよ。マーセリさんと、2人の時間を作ってあげて」 「その間、そなたをまた宿に閉じ込めるのは、何だか不憫な気がするな。行きたいところはあるか」 「行きたいところ……うーん、そうだな。都は旅芸人が多かったよね」 「ああ、多かったな」 「特に女性の旅芸人が多くて、面白いなあと思った」 「マーセリには、旅芸人の女座長の仲の良い知り合いがいるぞ。都中に、その名を轟かせているような存在だ。意外にああいった者達は、政治の世界にも顔がきく」 「そ、そうなんだ……」 「俺がマーセリと会っているその間……その女に曲芸でも習いに行くか?」 「ええっ!いいの?面白そう!!」 そうシャンルメは、目を輝かせて笑った。 「次は絶対に都に行こう!すっごく楽しみだ!」 「ああ」 「でも、すぐじゃなくって、勿論いいよ。わたし達には、するべき事が沢山あるから」 「うむ。そうだな」  ショークは笑い、シャンルメの髪を撫でた。  旅から帰って来たシャンルメとショークは、ついにオウハマと言う、例の、傷を無傷に出来ると言う子息のいる国との戦に赴いた。  だが、あり得ぬ程にその敵が弱い。  戦の強い男であるショーコーハバリが、これ以上、どう加減をすれば良いのか、などと言い出した。 「この敵は少し弱すぎるぞ。加減をして戦っているにも関わらず、叩きのめせてしまう。このままでは殲滅してしまう事になるぞ。シオジョウの言った、恨みを買う事態になる」 「うん。わたしもジュウギョクの影の力を借りて降伏してもらってはいるんだけど……本当にほとんど抵抗して来ないんだ。戦慣れしていない国だと思う。この影による降伏だけで……果たして、本当に同盟を組んでくれるものかな。難しい気がする」  そう話し合うシャンルメとショークに 「作戦を変更しなければなりませんね」  と、シオジョウは言った。 「例の、凄い治癒力を持っている領主の子息。その男を生け捕りにしましょう。そうして、生け捕りにして、本当にその男が凄い力を持っているのかも、捉えた後に確認しましょう。そして……この子息を返して欲しければ、同盟を結んで欲しい。と持ち掛けるのです。その手を使うのはどうでしょうか」 「うむ。殲滅してしまったり、降伏をさせるだけよりは、取るべき手だな。それに本当に噂では無く、その男の治癒力が凄いのかも確認できる」 「どうやって生け捕りにしよう。わたしが行くべきだ。わたしの傷を治してもらうのだから」 「いえ。シャンルメ様。シャンルメ様は父ほどで無くとも戦に強い方。また何より、相手を殺さずに戦を収めようとする方でもあります。少し相手を痛めつけて、そして、子息を奪わなくては……奪われた部隊の者達が、領主から大変な怒りを買うかも知れない。うまい具合にその子息の部隊を、痛めすぎぬように痛めつけて、そうして、子息を攫うのが良いのです。ですから、ここはわたしに行かせて欲しい。わたしが直接、その子息に話をつけて来ようと思います」 「えっ……シオジョウ。そんな、危険では無いかな。女性の貴方を、戦わせるなどと……」 「シャンルメ様。そんな事を言ったら、シャンルメ様も戦場に立てませんよ。行かせてください。たまには、わたしもお役に立ちたい」 「たまだなんて……貴方には、いつも助けてもらっているよ。とんでもない。でも、シオジョウには何か、作戦があるんだね。それで、自分が戦線を指揮しようと思っている。貴方はとても優秀な人だ。きっと大丈夫だろう。少し心配をしてしまったけど、貴方を信じて任せようと思う」 「はい。ミカライとトーキャネ、この2人を貸してください」 「分かった。2人が貴方を守ってくれるなら、安心だ。任せたよ。シオジョウ。よろしく頼む」  ミカライとトーキャネを呼び、シオジョウは話した。  実はこたびの戦いと言うのは、大変な治癒力を持つと言うオウハマの子息の協力を得るための戦いだったのだと伝えた。  シャンルメが深手を負った、胸の傷を、この子息の協力で治したいのだと。  それを聞いた時の、トーキャネとミカライの反応には、シオジョウは驚いた。 「カズサヌテラス様の傷が、それで治るのか!それは真に喜ばしい!」  ミカライは大きな目を見開き、心から喜び 「お……お館様の傷が……治るのですね……」  と言い、トーキャネは何と、泣き出した。  大した人望だ、とシオジョウは思う。  この優秀な武将2人に、ここまで思われているシャンルメは安泰だと、シオジョウは思った。  そして、恐らくだけれども、この2人のシャンルメへの想いは、ただの人望では無く、恋と言えるものなのでは無いだろうか、とシオジョウは思った。  トーキャネは秘密を知る者と聞いている。もしや、ミカライもそうなのでは無いか。  そんな風に思った。  そして、シオジョウは、再び口を開き 「もしも、シャンルメ様にこの子息を戦地から奪って来るのを任せてしまったなら、シャンルメ様はご自分の怪我を治すために人を奪うのを、申し訳なく思う方でしょうし、何よりこの戦線で敵方を誰も怪我をさせぬように、ましてや死者が出ぬようにと、なさるお方だと思うのです」 「おお、そうだな。カズサヌテラス様はそういう方だ」 「ああ。お館様は、絶対にそうする」 「しかし、それでは、子息を奪われた部隊の者達が、何と言う失態かと、領主から大変な怒りを買う恐れがあります。戦う相手である部隊の彼らのためにも、ちゃんと負傷者の出る、死者の出る戦場にした上で、その子息を攫わねばならない。シャンルメ様はそれを実行できる方ではありません。ですので、今回の作戦は、わたしに行かせて欲しいと頼んだのです」 「分かりました。奥方様!おれとミカライ殿をお使いください!戦線を繰り広げ、その男を攫ってまいりましょう!!」  一目でその領主の息子が、どこにいるのかは分からなかった。そこで、まずは足軽や下人では無く、それなりに立場のありそうな兵士を、生け捕って来る事にした。嘘をつかれぬように、2人がいい。  そしてその領主の息子が、どこにいるのかを聞く。シオジョウが直接、その息子の頼みに行く。  その一連の流れの中で、相手の部隊を痛めつけ過ぎぬように、痛めつけて欲しい。  シオジョウは、トーキャネとミカライにそう頼んだ。  トーキャネはミカライと2人になると 「実は、戦死者は出さずとも、この敵の領主は怒っては来ないような気がするんだ。それだけ本当に戦慣れしていない。お館様は、もしもご自分の傷を治すために、敵方に死者が出たら、本当に悲しみ、申し訳なく思う筈だ。傷は負わせる必要があるだろうが、相手を一切殺したくない」  そう言った。それに対し 「なるほど。まあ、そうだな。傷を負わせなかったら、何のために俺達を使ったのか分からんと、俺達が奥方様に怒られそうだし。うまく負傷者しか出さぬ形で、この戦場を収めよう」  そうミカライは返した。  小さな石の軽い爆破と、剣や槍に対する熱風返しで2人は戦った。馬に傷を付け、2人の男を落馬させ、攫って来る。そして 「傷を治す力を持つ、領主の息子とは誰なんだ。その男の元に行きたい。実はこの戦とは、その男に用があっての戦なんだ」  そう聞くと、2人の男は呆気なく、どの男が領主の息子であるのかを告げた。  それを聞いたシオジョウは 「分かりました」  と言い、ミカライとトーキャネに 「その男を攫って来れますか?わたしが直接その男にお願い事をする所存です」  と言った。  間違えて攫わないように、先に攫って来た2人に詳しく説明を受け、その男を攫って来た。  そのくらい、他の兵士達に紛れた、特に目だたない男だった。  攫って来ると、怯えるでも無く、その男はきょとんとしている。  呆気なく男を連れて来れて、トーキャネとミカライはホッと息をついた。  シオジョウの元に男を連れて来ると、シオジョウは、トーキャネとミカライを退出させて、 「貴方が近隣諸国でその名を轟かせている、凄い治癒の能力の持ち主ですか?」  と、その男に聞いた。 「そうですね。わたしがそうです」  やはり男は、ひょうひょうと答える。 「オウハマの領主の男、ナガナヒコです」  そう言われたシオジョウは 「わたしは、イナオーバリのシオジョウです」  と言った。  そして、ナガナヒコに近づき、 「夫の傷を治して欲しい。そのために、貴方のお力を必要としているのです」  そう言ったシオジョウに 「えっ、夫……?そんな訳は無いなあ……」  とナガナヒコは言った。 「だって、貴方は生娘でしょう」  そう言ったナガナヒコの頬をシオジョウは思い切り叩いた。いい音が響いた。 「会ったばかりのおなごに、そのような事を言うのは失礼です!」  ナガナヒコは、しばしポカンとシオジョウを見つめ、やがて笑い出した。 「何がおかしいのです!」  そう怒っているシオジョウに 「いや……こんなに気の強い女性に会ったのは、正直初めてなので」  などと、ナガナヒコはひょうひょうと言う。 「とりあえず、貴方の……その傷を治して欲しい人と会わせてください。夫では無いけれど、夫と呼んでいる人なのでしょう?」  シオジョウはナガナヒコをシャンルメの元に連れて来た。  シャンルメに会ったナガナヒコは、会った途端、ジッと意識を凝らし 「ああ。手足には微かに傷があるだけですが、腹には2つ傷跡が。そして、胸の傷が大きいですね」  と言った。  ビックリしたシャンルメは 「お……お前は透視が出来るのか!」  と聞いた。 「いえ。透視とは少し違いますね。人体を情報として判断するのです。この判断により、相手がどのような霊圧を持っているのかも分かる。それによって、召喚する神の力も分かります」 「それは便利だね。そして……じゃあ、わたしの裸を見た訳じゃ無いんだね?」  そう聞いたシャンルメに 「ええ」  とナガナヒコは笑う。  シャンルメはホッと息をついた。 シオジョウは 「気にくわない男ではありますが、能力はあるだろう男です。この男に任せれば、シャンルメ様の傷は癒えましょう。わたしはこの男の父に、戦を終わらせ同盟を結ぶように、使者を送って来ます」  と言って、その場を後にした。  シャンルメと2人になったナガナヒコは 「しかし、どういう事なのか分かりました。貴方は女性なのですね。先程シオジョウさんに、わたしの夫の傷を治して欲しいと言われて」 「うん」 「そんな訳ないでしょう。貴方は生娘なのに。なんて事を言ってしまい、叩かれたんです」 「そんな事を、シオジョウに言ったのか?それは失礼だろう!」 「はい。そう言って怒られました。しかし、なんで女性が女性と結婚しているのですか?」 「それは……わたしが世間には、男だと言う事になっているからだ。だから……内密にお願いしたいんだ。貴方はあくまでもシオジョウの夫である、男のカズサヌテラスの傷を治しに来ているのだと……そのように、世間には思ってもらいたい」 「はい。分かりました。しかし……傷を治したなら、褒美が欲しいです」 「褒美か。うん、何が欲しいんだ?」 「貴方の、奥方様が欲しい」  そう言ったナガナヒコに、シャンルメは驚き 「シオジョウをあげられる訳が無い!」  と言った。 「そう言われると思っていました。いや、今回の戦いも彼女の策略で、わたしをこうして連れて来たのだと聞きました。父に同盟を持ちかけるだなんて事も彼女がすると言っている。とても頭が良いし、敵陣の中でわたしを捉え、会いに来た度胸も凄い。それに、あんなに気の強い女性に会ったのも、初めてで……」 「惚れたのか」 「はい。そうです」  そう微笑んで言ったナガナヒコに 「気持ちは分かる。とても魅力的な女性だ。でも……さすがにそれは……」 「はい。無理でしょう。何より彼女が嫌がりそうだ。無理なのを承知で、言ってみただけです」  そう言うナガナヒコを、シャンルメは見つめた。  強い個性は無いが、背の高い顔立ちの整った男だ。  万が一、シオジョウがこの男を良いと思うのならば、一緒にさせてあげても、良いかも知れない。  そう少し、考えたものの……  いや、彼女に限って、この男を良いだなんて言わない気がする。何より彼女を失いたくない。  そんな風に、シャンルメは思った。  改めて、オウハマとの同盟が結ばれた。  ナガナヒコは独身で、本当ならそこにイナオーバリから姫が嫁いで、同盟が成立する。  しかし、シャンルメには姉妹はいない。  シオジョウが欲しいと言われた。 しかし、大切なシオジョウを渡す事は出来ない。  人質の存在しない、政略結婚の無い同盟。  その同盟のもろさと言うものは、さすがにシャンルメにも分かる。  だから、一度、ナガナヒコをを人質に取らせてもらい、それを「返して欲しければ、同盟を結んで欲しい」と、領主に持ちかけたのだ。  領主は、その言葉に驚いた。  同盟などと、こちらから結んで欲しいくらいだ。  そんな、渡りに船のような良いお話があるのか。  そう言って喜んでくれた。  ナガナヒコに話を聞くと、父親である領主は本当に、戦にさほど強くなく、いや、しいて言うならば弱く、舞の能力も特に持たず、凡庸とでも言うべき領主で、この戦乱の世を、良く生きてこられたと思う程だ。と言っていた。  オウハマが同盟を喜んでくれた事に、シャンルメはホッとして、オウハマの領主の元に、ナガナヒコを連れて、直接会いに行った。 「子息を攫うなどと言う真似をして申し訳ない。同盟を受け入れてくれて、本当に感謝している」  そう、シャンルメは深く頭を下げた。  深く頭を下げられ、ナガナヒコの父は 「とんでもない!」  と、何度も頭を下げ 「息子の治療を、必要としていると聞きました。週に2日程、イナオーバリに通わせましょう」 「ああ。そのための礼として……金を払おうと思っているけれど、他に何か、必要としているものはあるのかな。ご希望があれば、そちらで……」 「いやいや。希望など。息子はもともと、色んな国の方々に心ばかりの礼で、治癒を施すのが趣味みたいな男でして。もちろん、金で結構ですとも。そんなに大金はいりませんぞ」  そう言われたにも関わらず、シャンルメは領主とナガナヒコに大金を払った。 「傷が治ったなら、残りの半分を払う」  そう言ったシャンルメに 「とんでもない!これ以上はとてももらえません!」  とナガナヒコの父は、それこそ青くなって言った。  恐縮させてしまったのを申し訳なく思ったので、シャンルメは用意していた残りの金は、治療が終わっても払わぬ事にした。 ナガナヒコが、イナオーバリにやって来た。  ナガナヒコとシオジョウが一緒にいるのを見た時に、お似合いだけれども、明らかにシオジョウが相手を嫌がっているのが見て取れて、シオジョウが彼の元に行く訳がない事を、少し安心した。  他に男を作ってもいいと、かつて言っていたのに、わたしは少し身勝手かもしれない。  そう思ったが……だがそれ以上に、シオジョウが彼を嫌なら、仲の進展のしようが無いだろうと思う。  それでも、彼女は嫌そうな顔をしながら、ナガナヒコにしっかりと弟子入りをしてくれた。  胸にある傷の深い溝を、そのままにしたら綺麗な形には治せない。まずは傷口をくっつける必要がある。その時だけは、肌を晒して触れさせて欲しい。  そう言われてシャンルメは戸惑った。  シオジョウに 「いらない着物はありますか」  と言われて、古い着物を出して、シャンルメがそれを着ると、シオジョウがその着物に刃を入れた。  胸の傷だけがあらわになるようにしたのである。 「これ以上はお見せ出来ません。他の所に触れようとしたら、わたしがこの刃で斬りつけます」  と、シオジョウがナガナヒコに言った。  ナガナヒコは 「貴方は、本当に凄い女性だなあ」  と言って笑っている。 「夫であるカズサヌテラス殿よりも、妻であるシオジョウ殿の方が、ずっと気性が荒い」  そう言ったナガナヒコに 「余計なお世話です」  とシオジョウは言った。  ナガナヒコがシオジョウを想っている事を、シオジョウに伝えるべきなのか、シャンルメは迷った。  彼女がそれを喜ぶ筈が無いし、ナガナヒコももっと見込みがあるようになってから、自分の口で言いたいんじゃないか。そう思って、黙っておく事にした。  ナガナヒコの手によって、傷口がぴたりと塞がってから、本格的な治癒が始まった。  週の初めの2日間はナガナヒコが治療して、残りの5日間はシオジョウが治療をする事になった。  ナガナヒコの治癒、そして、シオジョウの治癒によって、本当に、驚く程に傷が癒えた。ナガナヒコは衣服を着たままの状態で、シオジョウは共に風呂に入り、治癒をしてもらった。  誰かと風呂に入るのは、母と共に入った時以来だ。  ナガナヒコは、シオジョウを生娘だと言っていた。  彼女はそれを、寂しく思わないのだろうか。  妻はもう1人いるが、トヨウキツには亡くなった夫がいて、子供も3人いる。  シオジョウも、子供を産みたくは無いのかな……  それが気になるのだけれど、それを聞いてしまうのは、何だか彼女に失礼な気がした。  それで、聞けなかった。  週に2度は衣服を着たままで、ナガナヒコの治癒を受けて、シオジョウとは共に湯に入り、何気ない話をし、温まったら治癒をしてもらう。そんな事を1月程繰り返した。  すると、本当に傷が癒えた。  わずかに胸の傷があった場所が、良く見ると微かに線があり、変色しているだけである。ヤツカミモトの腹の傷などは面影すら無い。  驚かしたかったので、ナガナヒコとシオジョウのその治療を受けている1月の間、シャンルメはショークと、褥を共にしなかった。  これで治るんだって言う願掛けを、今度こそかけさせて。と言ったのだ。  これ以上、完全に治すのは難しいと言われて、 「これで充分だよ。本当に本当にありがとう」  と、2人に何度も何度も礼を言った。  ここまで喜ばれたのは久しぶりです。と言ってナガナヒコも喜んだ。 「治癒をした相手の、嬉しそうな顔を見るのが大好きで。わたしはこの能力を持てた事に、本当に、神に感謝しているんです」  そう、ナガナヒコはニコニコと笑う。そして 「しかし、治癒の能力も勿論ですが、以前も言いましたが、わたしは霊圧により、相手の神の力を見抜く男です。戦場に連れて行けば、戦の時に、作戦を立てやすくなると思います。同盟を結んだ身の上ですから、これからは必要とあれば、戦場に駆け付けます」 「ああ。本当にありがとう。ナガナヒコ。これからもどうか、よろしく頼む」  そう言ってシャンルメは、ギュッとナガナヒコの手を両手で握った。  そうして……1月ぶりに、シャンルメはショークと褥を共にした。着物を脱いでいく姿を、あまりにジッと見られるので、シャンルメは赤くなって 「後ろを向いて」  と頼んだ。やがて、裸になり 「いいよ」  と言うと、ショークはシャンルメの姿をまじまじと見入った。 そんなに見られる事がやはり恥ずかしかったが、喜んでくれているのだろう、とシャンルメは思った。  傷の癒えたその姿に、ショークは 「お前ほど美しい女には、会った事が無い」  と言った。シャンルメは 「やめて。口先だけだとしても、その気になってしまうでしょう。そんな事言わないで」  と、少し怒った口調で言った。  いや……こんな発言を、俺は他の女にした事は無い。本心だ。と言う事を……  どう言ってもきっと、信じてはもらえない。  だから、それ以上は彼は、何も言えなかった。  愛撫をされる事に慣れた筈なのに、あまりにも体のすみずみまで、入念に愛される事に戸惑った。  ずっと触れられなかった乳房には特に、触れられる事が嬉しいみたいで……その心地よさと恥ずかしさに、少し気が動転した。  そして……その夜のショークはいつにも増して優しく、けれど、とても激しかった。  抱かれているうちに彼女は、久方ぶりに、その意識が飛んでしまっていた。  目を覚ますと、隣にいる彼は 「すまん」  と言った。 「俺はなんて男だ」  なんて言っている。 「傷の治ったそなたが嬉しいあまりに、また、そなたが意識を失う程、抱いてしまった。しかもだな……気を付けていたつもりが、最後までいたしてしまって……そなたの意識が無い事に、終わるまで気付かぬし。全く。俺はなんて男なんだ」  ジッとショークを見つめ 「うん……」  と小さく言ったシャンルメは 「わたし、貴方の子供が産みたいな」  そう言って微笑んだ。 「だから、気にしないで。今日子を宿していても、ちゃんとその子を産んで、立派に育てるから」  その言葉に 「ああ……」  と言ってショークはシャンルメの髪を撫で、互いの唇をそっとつけた。 「だが、これからは気を付けるぞ。すまなかった」  そう言ったショークに、シャンルメは微笑んだ。  ショークの正妻であるオオミの国が、他国からの侵攻を受けた。それを蹴散らすためにショークは赴く。  オオミは出産の予定日が近づいていた。  オオミの祖国を守っているうちに、新たな子が誕生するであろう。オオミは 「わたしの祖国はもう、貴方の領土にしていい」  と言い出した。  妻の国を残してあげようと言う、心遣いは嬉しいけれど、あの国は、たびたび侵攻を受けている。侵攻を受けやすいところにある国だと思う。  ギンミノウの一部になったなら、そこまでの侵攻は受けないのではないか。わたしの祖国を貴方のお荷物にはしたくない。  そう言ったオオミにショークは 「分かった」  と言った。そして 「丈夫な子を産んでくれ。行って来る」  と戦地へと旅立った。  そして、シャンルメには 「イナオーバリと言う国も、狙われやすいところにある国だ。こんなつまらぬ敵を倒すのに、そなたまで出陣しなくとも良い。祖国を守っていろ」  と伝えた。  実は、これがジョードガンサンギャの作戦であった。  オオミの祖国に他国を侵攻させたのは、ジョードガンサンギャだったのだ。  そう、ショークとシャンルメとを、引き離そうとしていたのである。  10倍の勢力を持ってしても叶わなかったショークを、妻の祖国を守るためにシャンルメから引き離す。残ったシャンルメに、戦を持ちかける。  2人同時に倒す事は、難しかろう。  だが、カズサヌテラスであれば、勝利が出来る筈。  カズサヌテラスは相手を降伏させ、撤退させる術を使う武将である。  その手を、使えぬ者を派遣してやろう。  そして……人望のある、慕われている者なればこその技を用い、その陣営を全滅させてやる。  ショーコーハバリと言う恐ろしき男と戦うのは、それからだ。  まずは奴よりも弱い、カズサヌテラスから打ち倒してやろう。  アミタバアキは、そう思っていた。  一時は、ショーコーハバリだけを倒し、カズサヌテラスに和睦を持ちかけようと思っていたが、この2人の同盟が固く固く結ばれている事を、アミタバアキも理解をするようになっていたからである。  そうして……イナオーバリに兵を挙げ、攻め入って来たのであった。  ジョードガンサンギャがイナオーバリに攻め入って来た。それを聞いた時にショークは 「なんて事だ!」  と強く言った。  俺のいない所を狙い、シャンルメを倒そうと言うのか。シャンルメを守らなければ。そう強く思った。  だが、妻の祖国に侵攻して来た者達は、驚く程数が多い。それはそうだ。背後にジョードガンサンギャがいるのだ。その信者達が大量に派遣されている。  つまらぬ敵との小競り合いに、時間を割いてしまう。そのうち、シャンルメは神の声を飛ばし 「大丈夫。貴方がいなくとも、わたしはきっと祖国を守ってみせる。わたしを信じて」  とショークに伝えた。ショークは 「ああ。そなたを信じている。だが、1日も早くそなたの元へと向かうぞ」  と、そう返事をした。  ショークには大丈夫だと言ったものの、イナオーバリに侵攻して来たジョードガンサンギャの武将達は、なかなかに困った者達だった。  指揮官と補佐。2人とも共に、同じ雷の神の能力者だと言う。  その2人の男の戦い方を、シャンルメは正直嫌だと思った。  ジョードガンサンギャはそもそも「御仏の前で全ての者は平等」であると説いている。  その教祖と言うべき男は、自らを「ただの凡夫」と称していたし、その子孫であるアミタバアキとその子アミタユオシも、自分達が特別に優れた存在である等と言う事は、信者達には絶対に言わない。  その中で、少し異質と言える、レンターバと言うこの男とその部下は……むろん、自分達を偉い、特別な存在だとは言わない。そう言ってしまうのは、大切な教えに背く事になるからだ。  だが、恐怖により人々を従え、押さえつけるやり方を用いていた。戦いの最中に、敵に背を向け逃げ出した者は地獄に堕ちる。降伏をした者も地獄に堕ちる。などと説いていたのである。  一心不乱に戦いに進めば極楽浄土に、退いて逃げた者は無間地獄に堕ちる。などと言っている。  ゆえに、この男の率いる部隊の者達に、影の力を用いて、降伏を進める事は出来なかった。  地獄に堕ちたくなどない彼らは、降伏などしないで戦って来る。  逃げ出した者が、地獄に堕ちる筈が無い。  降伏をしたからと言って、地獄に堕ちる筈が無い。  それを信者達に、分からせなければならない。  地獄に堕ちるなどと言う事は、その男が勝手に言っている戯言にすぎない。  神々は御仏は、そのような理不尽な事はおっしゃらないのだと、分かってもらわなければならない。  そのように思ってもらえるよう戦うには、どうすれば良いのか。  シオジョウと、シャンルメは話し合った。  シャンルメは鉄の兜を被り、出陣した。  兜を被っている者が、自分であるのだとすぐに敵方に気付いてもらいたかったからだ。  その兜を被った姿で赤馬を駆けさせ、先陣を切って乗り込んで行った。先頭に立っていたと言える。  目前にやって来た、シャンルメのその兜の姿を見たレンターバは、声をあげて笑った。 「愚かなり。兜を被れば我が手を防げるとでも思ったのか。金属が雷を通す事も知らずに、我が教団ジョードガンサンギャに歯向かおうとは、笑止千万だ。もう、お前は何も出来ない」  レンターバはシャンルメの率いている、彼女の背後の兵士達を見た。 「貴様らの主の命を奪うぞ!死ね!」  レンターバでは無く、まず部下の男が、雷をシャンルメに降らせた。雷がシャンルメに堕ちる。すると、なんと次の瞬間、シャンルメは叫んだ男の首を、風の翼で一撃で切り捨てた。その首が落ちた時、レンターバの顔は悲しみでは無く、驚きに染まっていた。 「な、な、何故だ。お前はもう終わった筈。どうして動ける……!」  その言葉に、シャンルメは、ふう、と息をしてレンターバを見つめた。 「シオジョウが古い文献で読んでいたのだ。確かめる事は出来なかったのだが、正しかったのだな。真空は雷を通さぬと」 「なにい、貴様!それを分かっているのか!」 「知っているのだな。ならば、これも知っているだろう。真空の中では数十秒で人は死ぬと言うことを。血の中が大量の気泡でつまり、あの世に行く。レンターバ、お前は後、数十秒の命だ!」 「ひいい!!」  その場から逃げようと、背を向けて駆けだしたレンターバにシャンルメは風の刀を振るう。  風の刃が、レンターバの背を傷つけた。  振り返ったレンターバは、荒く息をしていた。 「ま、まさか、はったりか?」  シャンルメはうなずいた。 「そうだ。真空を作るのは、風の使い手であるわたしにも大変な労力がいる。薄い真空を一度、ほんの数秒作るのがせいぜいだ。雷を落とされる瞬間に作り、風の翼で男を切り捨てた後には、すでに真空は終わっている。そして、もう作れぬ」  レンターバはにやりと笑った。 「ならば、恐れる事は無い。我が力で黒焦げになれ!」 「恐れる事は無いだと?何を言っているのだ。お前は自分に従う信者達に何と言ってきた。敵を恐れて逃げる者は地獄に落ちると言ってきただろう。そう言い続けて来たのに、お前は何と、真空を恐れ逃げようとしたのだ。そう、お前は地獄行きだ!!」  レンターバは絶句した。言葉が出て来ない。 「わ、わ、わたしが、地獄行きだと!?」 「当たり前だ。シオジョウの言った通りだったな。お前をただ倒すのでは無く、逃げるのを待って倒すべきだと。逃げた証に背の傷もつけた。もう、お前の死を嘆く信者もおらぬだろう。お前1人を倒せたならば、お前の率いる人々は、全員降伏させられる。お前1人の死で、他の全ての命を救えるのだ!」  シャンルメの言葉に、レンターバの背後にいた信者達は驚き、目を見開き、その目に光が宿っていった。希望の光だ。自分達が生きられると言う事を、彼らは確信したのだ。  彼らのその目を見て、シャンルメは声をあげた。 「分かっただろう!皆!逃げ出した者が、降伏した者が地獄に堕ちるなどと言うのは、ただ、この男が言っていた戯言にすぎない!そう、もしそれが真実ならば、この男自らが地獄に堕ちるのだ!恐れる事など無い!御仏はあなた方に理不尽な死も、理不尽な罰も与えたりはしない!この男を倒したならば、我々を受け入れ、降伏をして欲しい!」  そう言い、シャンルメは剣を構える。  ハルスサと共に戦った時の、激を飛ばす男。  その男に習い、剣を振るい、遠くまで風と風の刃を向ける技を、彼女は身に着けていた。 「さあ、わたしの手で、倒されるがいい!」  敵の数は多い。必ず陣営に攻め入って来る。  それを守っていてくれ。  そう、トーキャネとミカライは言われていた。 また、ジュウギョクだけを連れて行ってしまった。  なんで、連れて行かれるのは、おれじゃないんだ。  どうしても、トーキャネはそう思う。  いつも、お傍にいたいと思っているのに、と。  トーキャネとミカライの前に、傷を負い血を流しているシャンルメが現れた。 「お……お館様!!」  トーキャネは驚き、慌てて駆け寄ろうとする。そこをミカライにグイっと肩を掴まれ、止められた。 「何をするんだ、離さぬか!」 「落ち着け。カズサヌテラス様が、今ここに現れるのは不自然だ!」 「えっ?」 「幻だな」  その言葉と共に、シャンルメのその姿が周りに幾人も現れた。  トーキャネは動揺し、ミカライは石に剣を刺す。 「礼を言う。ミカライ殿。しかしこれは、どうしたら良いのか……」 「礼などいらぬ。敵の本体がどこにいるか当てろ」 「そ……そんな事は分からぬ」 「俺には分からぬ。だが、そなたには分かる筈だ」 「はっ?」 「そなたは熱の神の能力者だろう。人の体は熱を持っている。炎のようには高くない。ぬるま湯程の熱の塊があったなら、それが幻を作る能力者だ。そなたの力で、それを探りあてろ」  無数にいるシャンルメの幻の中から、意識を凝らすと後方にいる1体の幻が、そのぬるま湯程の熱の塊である事が分かった。 「わ……分かった!後方にいる!」  そう言ったトーキャネに 「早く、攻撃をしかけろ!」  とミカライは言う。 「お、お館様のお姿に、攻撃などできぬ!」  そう言ったトーキャネに、ミカライは呆れた。 「ならば、俺に詳しく伝えろ。俺が攻撃を仕掛ける」  本当に、トーキャネが自身で攻撃が出来るのなら、あっと言う間にすむ話なのであるが……  トーキャネから聞き、ミカライはそのシャンルメの幻に、爆破の攻撃をして行った。  なかなか素早い。逃げて行ってしまう。  おまけに、横にいる奴に聞きながらの攻撃だ。  全く。シャンルメを想う気持ちも分からなくないが、大概にしろと言いたい。 「そ……そこだ!」  トーキャネが指をさしたその幻に、ミカライが赤い爆破を秘めた石を大量に投げつけると、爆発と悲鳴が聞こえて、辺り一帯の幻が消えた。  男がひっくり返っている。  攻撃をしかけられない等と言っていたのが、その正体はこんな変哲もないやせっぱちの男だったのかと、ミカライはやはり呆れた。 「ミカライ殿、おれは何故置いていかれたのかなどと思っていたのだが、この陣営を守っていたのが、貴方とおれで、良かったと思う」 「それはそうだな。だが、お館様のお姿は攻撃できぬなどと言うところは、直した方がいいぞ」 「そ……それは……おれには無理だ!お館様のお姿をした者になど……とてもとても……!」  ミカライは呆れながら、倒れ込む男の元に来た。  まだ息がある。おそらくカズサヌテラスは、とどめをさせとは言わぬだろう。  縄を用い、その男を縛り付けておく事にした。  縛り付けられた男は、やがて目を覚まし 「何故俺を殺さないんだ。聞いた通りだったな。カズサヌテラスは相手を殺したがらない。甘い考えの持ち主なんだと。そんな考えが、通用しない相手と戦っているぞ。お前達の主は、焼け焦げた死体となって帰って来るだろう!」  そう言った男にトーキャネは 「な……なんたる……なんたる事……!」  と、狼狽した。狼狽しながら、 「ミカライ殿!おれは、お館様の元に行って来る!」  と言い出した。 「陣営を俺1人に守れと言うのか。まあ、おそらく俺1人でも守れるがな」  半ば呆れながら、ミカライはトーキャネの後姿を見送った。  レンターバはシャンルメを狙い、雷を落とす。  風の翼に彼女は飛び乗った。  人が乗れるだけの物を、作ってもらっていた。  ハルスサとの敗北がシャンルメには大きかった。もっともっと、強くならなければいけない。  そう思い、様々な技を見出そうとしていた。  雷を風に乗り、避けて行く。  そして風の翼の上で、その剣をふるった。  その激がレンターバをめがけて飛ぶ。  深い傷を負ったレンターバは 「おのれ……!」  と言い、シャンルメに真っ直ぐに雷を向けた。  風に乗り避けるが、微かに肩にぶつかる。  雷はすぐに全身を駆けてしまう。  その衝撃に彼女は、空中から落ちて行った。  落ちる瞬間、風を再び使い、何とか衝撃を吸収する。  しばし、くらくらとする視界に下を向いた。 「ふん。貴様の命奪わせてもらう!」  そこをジュウギョクの矢が、レンターバの影を射た。 「な……なんだ……動かぬ……動かぬ……」  ジュウギョクは光の矢を射た。  レンターバは目を見開き、全身から血を吹き、そして絶命した。  ジュウギョクが相手を殺すのを、始めて見た。  なるほど。なかなか強い技だ。 「ジュウギョク……ありがとう……」  そう、力なく言ったシャンルメに 「いや。貴方をお守りするのは当然の事です。むしろ今まで、大したお役に立てず、申し訳ない」  そう言うジュウギョクにシャンルメは微笑み、その顔をスックとあげ、レンターバの連れていた信者達を見た。 「わたしの思いはもう、あなた方に届いていると信じている。あなた方は退却しようとも、絶対に地獄になど堕ちないのだと、分かってくださっているだろう。これ以上の戦いは、御仏は望まない。どうか、この国から撤退して欲しい」  その言葉を聞き、シャンルメに対し、目の前の男は深くうなずいた。 「ずっと……おかしいと、どこかで思っていた。逃げ出したなら、地獄に堕ちるなどと……」 「うん。そうだな。御仏はけっして、そんな理不尽な事はおっしゃらない。あなた方が信心を向け、敬愛をしているご存在は、けっしてそんな理不尽な事は言わないし、不必要に血を流すその戦いを、望んでいたりはしない。どうか、この国から去って欲しい。逃げる者は、けっして追わない」  その言葉に大勢の信者達は、深くうなずき、背を向けて帰って行った。  トーキャネが駆けつけて来た時には、すでに多くの者が立ち去った後だった。  ジュウギョクの影の技でとどめを刺してもらった。  ジュウギョクの技は、意外に強い。  シャンルメからその言葉を聞き、トーキャネは本当に悔しく思った。 「お館様……おれも……」  涙ぐみながら 「ジュウギョク殿ばかりで無く、おれも戦場で、共に戦わせてください!!」  そう、大きな声で言った。  言われてみれば、ついつい、ジュウギョクばかりを戦地で隣に置いていた事に気づき、シャンルメは少し自分を反省した。 「うん。分かった。次の戦いではお前に守ってもらう」  そう言われて、トーキャネは目を輝かせて喜んだ。  そして、ジョードガンサンギャの全ての者達が撤退したその時に、ショークから  ようやくイナオーバリに着いた。  と言う声が届いた。  敵の数が多すぎた。殲滅するのに時間がかかった。  そう言う彼に  もう敵は撤退して行った、と伝えた。  縄に縛られていた幻を作る男は、シャンルメが微笑みながら帰って来て、そうして 「皆、撤退して行ったから、貴方もそれを追って帰るといいよ」  と言った事に、本当に驚いていた。 「い、いや、いや……そんな筈は……」  そう言って動揺している。 「ジョードガンサンギャの領土に、帰りたくはないのか?」  とそう聞かれ 「そんな筈は無いでしょう」  と答えたので 「なら、彼らの後を追って欲しい。何も心配はいらないよ。皆と一緒に撤退してくれ」  そう微笑みを浮かべたシャンルメを見て、先程、この男は、シャンルメの幻を作ったけれども、あの幻とは比較にならない程、本物のシャンルメは美しいと、トーキャネはそのように思っていた。  遠く離れていても、馬に乗るその人が、ショークであると一目で分かるのは、彼が大きいからと言うだけでは無いような気がした。  部下達がいなければ、きっと抱き着いている。 「良くやったな。シャンルメ。そなたは俺の誇りだ」 そう言って、ショークはシャンルメの頭を撫でた。  シャンルメは本当に、嬉しそうに微笑んだ。  信者達がほとんどの死者、負傷者すら出さずに撤退して来た事に、アミタバアキは怒る事すらしなかった。正直、何があったのか意味が分からぬ、と思ったのである。  信者達からどのような戦場であったのか、戦場で何があったのかを聞かされた時、正直、自分はカズサヌテラスをなめていた、と思った。  退却させる、降伏させると言うその手を、まさかあのような「逃げた者は地獄に堕ちる」と言っていたレンターバ達にも使えるとは。  弱いと思っていた。  弱い敵なのだと思い込んでいた。  その考えを、改めなければならぬと思った。  そうして……オオミの祖国に攻め込んだ国に派遣をした信者達が、能力者も含めてほとんどが死体になって帰って来た事についても……自分はショーコーハバリと言う男を、良く分かっていなかった、と思った。  手間取らせる事は確かに出来た。だが、損失は自分達の方が遥かに大きい。  例え手間取らせようとも、相手を確実に殲滅する男。それが奴なのだ。  この敵には、どう戦うべきなのだ。  出来る限りの者を生かそうとする者。  ほとんどの者を殺し尽くす者。  正反対の者が、何故同盟を組んでいるのか、それがうまく行っているのか、全く理解が出来ない。  だが……この2人は、2人を共にいさせるべきでは無い。2人を引き離した作戦は、誤りでは無い。  だが、弱いカズサヌテラスから倒そうなどと言う、その考えは、甘かったと言わざるを得ない。  教団にとって、やはり脅威になるのは、人を殺さないカズサヌテラスでは無い。ショーコーハバリの方なのだ。  10倍の勢力すら突破するならば、100倍の勢力をぶつけるべきだ。  何としてもこの敵を、確実に殺す手を取らなければならない。  そのためには、どうするべきか。  アミタバアキはそう思案していた。  オオミは女の子を産んでいた。  出産したばかりのオオミの元に、シャンルメとシオジョウは駆け付けた。 「母上、妹が出来るのは初めてです!」  と、シオジョウは嬉しそうに笑った。  自分が女である事。ショークと愛し合っている事。  それを黙っていたシャンルメは、オオミに顔を合わせるのを、気まずく感じていた。  深く頭をさげて 「色々と黙っていて、本当に申し訳ありません」  と小さく言った。  オオミは笑って 「気にしてませんよ。貴方は男の子として育ってきたのでしょう。色々苦労があったのだと思います」  と言った。 「怒っているのは、むしろ、黙っていた夫にですね」  と言ったオオミに 「いや、そなたは確か、気にしていないと言っていなかったか?」  などとショークは言った。  その言葉を無視するように 「女の子です。イツメと名付けました。将来は貴方とシオジョウに授けます。女の子ですので、政略にお使いください」  そうオオミは言った。 「いや。わたしのように、好きな人を結ばせてあげたい。でも……わたしのように、男としては育てない。何にしろ、望むように生きて欲しい。今は大好きな母上の元にいさせてあげて欲しい」  そう言ったシャンルメに 「甘いですよ。姉妹もいないのですから、政略に使える女の子は必要ですよ。まあ、でも……貴方ならきっと、この子の幸せを考えてくれるでしょうね」  そう言って、オオミは微笑んだ。  オオミがイツメを産んだ数日後に、シャンルメの誕生日が来た。  ショークと出会ってから、いつも、誕生日は戦場で迎えていた気がしていた。  珍しく今年は、戦場で迎えなかった。  マシロカの寺にその日に合わせ、甘味を取り寄せ、また、着物なども贈られた。  今度は戦場でも着れる、赤と桜色の着物だ。  戦場で着れる物、着れぬ物を、交互に贈ろうと思う。そう、ショークは言っていた。 「こんなに素敵な物をありがとう」  そう言ってシャンルメは微笑み、涙を見せた。  誕生日を迎え、しばらくたってから、シャンルメとショークは、また旅に出た。  ナヤーマ城は鉄壁の守りの城。  息子のタカリュウにも、守る事が出来る。  そして、シャンルメが城を留守にする時には、城下町に住むトーキャネが、まるで城の主のように、留守を守ってくれていた。  久方ぶりに都の土を踏んだ。  怖い思い出を上書きする。  2人で楽しむための、都の旅。  だが、まずはマーセリさんに会ってあげて、とシャンルメは言った。  わたしはちょくちょく貴方に会える。  彼女はもっともっと、貴方に会いたくって仕方が無い筈だよ。  そう言って、お屋敷に行って欲しいと言ったのだ。 「分かった。明日は共に都を観光し、甘味処などを巡ろう」  とショークは言った。  そう言って2人で道を歩いて、ショークはシャンルメをその一座へと連れて来た。帰りはショークは一座から馬を借りて、走らせて屋敷に急いだ。  ショークが乗れるような、大きな馬があって良かったなあ。とシャンルメは思っていた。  やがて、一座の中に、幾つも幾つも大きなテントのような物が張られ、沢山の人達が曲芸をしているのを見て、ここは本当に凄い……と思った。  しいて言うのなら、サーカスのような空間。  都でも、指折りの一座だった。  この世界では、悲しい事に、芸能と売春とは切って切り離せないような関係にある。  だが、この一座の女座長は、自分の元にいる娘達に絶対に、望まぬ男の元に行かせるような事は無かった。  自分自身も、勿論自分の一座にとって利益になる男である方が嬉しいのだが、ちゃんと自分が恋をしても良いと思える、好みの男としか褥を共にしなかった。  その女座長はシャンルメを見て 「あんたが、マーセリさんの紹介の子かい!」  と、目を輝かせた。 「凄く可愛い子じゃないか!背はそれなりにあるけど……13歳くらいかな?」  そう言われ、 「いや、わたしはもっと年上で……」  と答えたシャンルメに 「そうなんだ。幼い顔をしているね。それが可愛いと言うか、華があるよ。化粧の仕方で化けそうだけど、あんたはその幼い、可愛い感じを生かした方が、いいかも知れないね」  そう言って女座長は 「あたしはイチキタユだ!あんたは?」  と聞いた。 「わたしはシャンルメ。今日は、本当によろしく」  そう、シャンルメはイチキタユと握手をした。  簡単な曲芸をいくつか、すぐに出来るようになり、少し難しい技にも挑戦をし、器用にこなすシャンルメに、イチキタユは驚いた。 「あんた、凄く筋がいいね!うちの一座に入りなよ!絶対に、あっと言う間に人気者になるよ!」  イチキタユは笑いながら、シャンルメに言った。 「何より、凄く楽しそうに芸をやる。本当にいいね。楽しくやるのが一番だからね。あんたは絶対、一座に欲しいなあ。マーセリさんに頼めばいいのかい?」 「そうか。イチキタユさんはマーセリさんの知り合いなんだよね」 「そう。あの人は女だてら、都でも指折りの商人だ。事情があるとは言えども、使っている者も女ばかりだ。女達だけで、男どもと真っ向から渡り合える、本当に素晴らしい人だよ。それも、才能のある、身売りをさせられている娘達を、救って使うんだよね。あたしは、そんなマーセリさんが大好きだ!」 「マーセリさんは……そんな人なのか……」  シャンルメは驚き、やがて 「わたしも、マーセリさんが大好きだ!!」  と、微笑んで言った。 「でも、わたしはマーセリさんの知り合いと言うより、マーセリさんの夫の、ショークの知り合いなんだ」  そう言ったシャンルメにイチキタユは 「あんた、あのヤクザの知り合いなのかい!!」  と大きな声をあげた。 「ヤクザ……って、何?」  そう聞いたシャンルメに 「あんた、ヤクザを知らないの!?」  とイチキタユは驚いた。 「ダメじゃ無いか。あんたみたいな、ヤクザが何かも知らないような世間知らずのお嬢さんが、あんなヤクザと関りがあるなんて。いつ、怖い目に遭うか分からないよ。あんなヤクザと関りがあったら、マーセリさんみたいに、酷い目に遭うかも知れない」  その言葉に驚き、シャンルメは 「マーセリさんは……酷い目に遭ったの?」  と聞いた。その言葉に 「ああ……本当にマーセリさんはあんな夫がいるせいで、大変な目に遭った人なんだよ。あんただっていつ、そんな目に遭うか分からないよ。あんなヤクザとは縁を切りな。一刻も早く」 「母にも……そう言われた……」 「えっ、お母さんに?」 「そう。あの男とは縁を切れと言うのが、亡くなる時の、唯一の遺言だった」 「じゃあ、それを叶えてあげなきゃいけないじゃないか。マーセリさんに話をつける。あの男とはもう会うな。あんたの身は、この一座に引き取るよ」 「ちょ……ちょっと待って……」  シャンルメは言葉を探して 「わたしは……その……マーセリさんのように、マーセリさんとは違う立場で、女であっても世の中を救い、世界のために大きな事を成す、人を助けられる存在になりたい。そして、そのためにマーセリさんの夫のショークと、関わっている人間なんだ」 「なら、余計にうちの一座に来な。あたしは戦国大名や公家衆、色んな立場の人間に顔が効く。女が世の中を動かしたいなら、マーセリさんのように商人になるか、あたしのように一座を持つかだ。あんたならそのうち一座を持てる。あたしの強敵になるかも知れないよね。いいじゃないか。すっごく楽しみだよ」 「え……その……正直に言って……」 「うん。なんだい」 「わたしは……マーセリさんの夫の、その……貴方の言う、ヤクザの事が……」 「うん」 「好きなんだ……」 「ええっ!!」  イチキタユは、ひっくり返らんばかりに驚いた。 「マーセリさんが、あんな目に遭っても、あんなヤクザが好きなのも驚きだけど、あんたみたいなうら若い娘が、なんであんなヤクザのジジイが好きなんだよ!趣味が悪いにも程があるだろ!」 「そんな……そんな言い方は無いと思う……」 「そりゃあヤクザにしては、人身売買や薬物には一切手を出さない変わったヤクザさ。でも、ヤクザは所詮ヤクザだからね。あの男が、どれだけ残酷で汚い手を使うか、知ったらあんただって、きっと嫌いになる。何よりね……」  ギュッとイチキタユはシャンルメの肩を掴み 「あんたはマーセリさんに似ている。あの男がどんな男か知らないで惚れ込んでいるなら、危険極まりない。マーセリさんみたいに恐ろしい目に遭っても、それでもあの人はわたしを大切にしてくれるなんて、言い出しそうな感じが、あんたにもあるよ。正直見てられない。あんたのお母さんのためにも、あの男とは縁を切りな。あたしはとてもじゃないけど、あんたを放っておけないよ。娘みたいに感じる」 「娘……わたし達はそんなに歳が、変わらないと思うけど……」 「おっ、良い事言うね。あたしはこう見えて、40を過ぎてるんだよ」 「ええっ!!」  驚いたシャンルメに 「いいねいいね。その反応。あたしは一座に預かる子と、自分の産んだ子を区別はしないけどさ、あたしが産んだ子は全部で10人いる。これからだって、子を産むつもりだよ」 「凄い!10人もお子さんがいるなんて見えない!」 「そうだろ?若さと美しさの秘訣はね、若い男と恋をする事だね。それも沢山の、色んな立場の男達とさ」 「あ……」  シャンルメの頭に、声が降った。  そう、ショークからの、屋敷に向かって来いと言う、その声を聞いたのだ。  うん。分かった。今すぐ向かう。  そう返事をしたシャンルメに 「どうしたのかい?」  とイチキタユは聞く。 「今、ショークから声がして……」 「ああっ!あんた、能力者かい!もしかして、戦場で戦ってるの?」 「う、うん。そうなんだ。風の使い手だ」 「なるほどね。女だてらに戦う戦士もいるからね。あんたは、そう言う人間な訳だね。能力者は戦場で活躍する事が出来るからな」  そう言ってからイチキタユは 「あたしはね、神様には愛されなかった女なんだ」  と言った。 「そりゃあ見事な舞が舞えるのさ。なのに、神の声は聞こえなかった。いじけたね。でも、そんな事に負けたくは無かった。能力なんか無くっても、絶対にのし上がってやる。成すべき事を成してやる。そう思って、一座を立ち上げたんだ」  その言葉を聞いてシャンルメは 「イチキタユさんは絶対に神様に愛されている。声は聞こえないかも知れない。でも、神様の声が聞こえない中で、大きな事を成すように、わざと神様は声を授けなかったんだと思う。そんなに若くって美しくて、才能溢れる魅力的な人を、神様が愛さない訳が無い。能力者しか、神様に愛されていないと言う事は、絶対に無い」  そう言った。その言葉に、イチキタユはシャンルメに抱き着き 「あんた、やっぱり可愛いねえ!!」  と言った。 「どうしても、その能力を生かして戦場で戦いたい?しかも、あんな男のためにさ」 「わたしは……その……世の中を平和にしたい。大きな事を言いすぎていて、自分でも呆れてしまうけれど、わたしが戦う、特に死者を出さないように戦う事で、世の中を平和に導きたいんだ。母は理解をしてくれなかった。わたしがショークと関わらなければ、戦わないですむんだと思っていた。でも違う。彼がもし隣にいなくっても、わたしは戦いたいんだ」 「なるほど……分かった。でも、そうだね。お屋敷に一緒に行こう。あの男にも一言、言ってやりたい」  イチキタユと共に、馬に乗り、屋敷に向かった。  屋敷に入り、案内をされてマーセリとショークの居る広間に向かった。  マーセリを見てシャンルメは 「お久しぶりです!」  と言って微笑んだ。 「お久しぶり。聞いたわ。3人で会うなんてわたしが可哀相だって、2人で会ってあげなくっちゃ駄目だって、旦那様に言ってくださったんでしょう?」 「は……はい」 「本当にいい子ね。初めてお会いした時には、こんなお孫さんみたいな子に手を出すなんて、呆れてしまったんだけど。あっ、もちろん、貴方にじゃなくって、旦那様にね」 「そうそう!」  とイチキタユは声をあげた。 「この、ヤクザのジジイ!この子、あんたがヤクザだって言ったら、ヤクザって何だって言うんだよ。そんな事も知らない、うぶな娘に手を出しやがって。ろくでもないな!」  イチキタユの言葉に、シャンルメはビックリした。  確かに先程、ヤクザのジジイとショークの事を言ってはいたけれど、まさか本人に面と向かって、そんな風に言うとは思わなかった。 「あたしがこの子を引き取る。うちの一座で育てる。そう言いたかったんだけど、この子は戦場で神の力を使っていて、それで世の中を平和にしたいんだって?難儀な子だよ。あんたのせいで、この子にもしもの事があったら、あたしは承知しないよ。あんたを殺しに来るからね。あたしはあんたを許して無いんだ」 「お前が俺を許さなかった事で、俺は随分救われた」  そう言ったショークに 「あたしはあんたを救うために、許さなかった訳じゃ無いからな!ふざけんな!」  そうイチキタユは声を張り上げる。 「女を2人も不幸にしたら、あんたを地獄に叩き落としてやる!!」 「ああ。分かっている。肝に銘じている」 「本当かよ。信用ならねえなあ」 「あ……あの……」  恐る恐るシャンルメは口を開く 「前にトーキャネに言ってた、あの女以外に俺に対し、そのような口を利く者がいるとは驚きだって……その女性って、イチキタユさんの事なんだ……」 「ああ、そうだ。とんでもない女だろう」  そう言ったショークに 「本当にいい人で、わたしも大好きなんだけど、旦那様とは仲が悪いの」  そうマーセリは笑う。 「こんな奴と、仲良くするなんてごめんだね!」  とイチキタユも笑った。 「まあ、言いたい事は言ったから……これ以上こんなヤクザと同じ部屋にいたら、うんざりしちまうから帰るよ。3人仲良くお茶でもしてな」  そう言ったイチキタユは 「あんたを一座で引き取れないのは残念だけど、また会いに来て欲しいな。それに、明日も来て欲しいんだ。うちの一座にさ。あんたはあさって帰るんだろ?」  とシャンルメに向かって言った。 「うん。あさって国に帰るよ」 「あさってにさあ、朝、客のいるところで、明日習う曲芸を、披露してみる気はないかい?」 「ええっ!!」  シャンルメは驚いた。 「わたしみたいな素人が、そんな事していいの?」  そう聞いたシャンルメに 「あんたより下手なヤツだって、あんたより華が無いヤツだって、いくらだって披露している。大丈夫さ。絶対に明日も来なよ。シャンルメ!あんたを一座の人気者にしたい!」 「う……うん……わたしでいいのなら……」  そう答えたシャンルメに対し、 「よし、明日!また明日な!」  そう微笑み、イチキタユは背を向けた。  翌日、イチキタユの一座に向かう道のりを、シャンルメとショークは共に歩いた。  2人での思い出を作る筈の都の旅が、随分と趣旨の違う旅になってしまったので……その道すがら、少しだけ共に散歩をし、反物屋に2人で入った。  少しは、2人での思い出を作ろうと思ったのだ。  美しい織物を、ショークはシャンルメに買った。 「こんなに素敵な物をもらっていいの?ついこの間、贈り物をもらったばかりなのに……」  と驚いたシャンルメに 「誕生日にやる着物などよりは、ずっと安いぞ」  とショークは笑う。 「こんな機会が無ければ、俺は滅多に贈り物などせん。この機会に贈り物をさせてくれ。そなたは正月祝いの時に、いつも俺に物をくれるでは無いか」 「でも……あんなの大した事ないし……」 「いやいや。俺は女から贈り物をされる事に慣れていないのだ。贈り物と言うものは、男から女にするものだと思っている。マーセリも昔は俺のために、色々と物を買いたがる女だったのだがな。欲しい物など無い。やめてくれ。と断っていたのだ」 「えっ……もらえば良かったのに……何故断ったの?」 「金目当てのごろつきだ、ヒモだ、などと陰口を叩く奴がいてな。贈り物などもらったら、それ見た事か、やっぱり金目当てだと言われるに決まっておろう。冗談では無い。俺はお前に惚れているのだ。お前がいればいいのだと、そう言いたかったのだ」 「そうなんだ……マーセリさんは愛されているなあ」  シャンルメは、本当に羨ましそうにそう言った。  反物を3つ程、2人は選んだ。 「都の織物は本当に柄が華やかだ。これを着物にして舞ったら素敵だろうなあ」  そう、シャンルメは微笑みを見せて喜ぶ。 「この通りに、甘味処があれば良かったな。そなたが甘味を食べる姿を見たかった」 「ああ。わたしも、都に来たら甘味を食べたかったな」 「マーセリに頼んで取り寄せてもらおう。帰ってからまた、マシロカの寺で食べよう。旅先で食べる楽しみは無くなったが、食えるのは嬉しいだろう」 「うん、もちろん。とっても嬉しい。貴方は甘い物が好きな訳では無いのに、わたしのためにありがとう」  そう言ってシャンルメは笑った。  そうして、シャンルメが店を出たところで 「この反物は、この店からマシロカの寺に送るように手筈しておく。イナオーバリで着物の形にしろ。イチキタユが待っているだろう。行って来い。道は分かるな?」  そう言ったショークに 「うん。昨日も歩いた道だから。貴方もマーセリさんの元に帰って、今日も2人でのんびりしてね」  そう、シャンルメは笑った。  2人は互いに手をふり別れた。  町角に止めていた馬に乗り、ショークがそれを走らせ、しばらく飛ばした頃、シャンルメは一座に進む道を半分くらい進んでいた。  ふと、彼女は視線を感じた。  何だろう。偵察隊……?  戦場じゃないのに、そんな者がいるのか……?  しばらく彼女は足を止めた。  辺りを少し見渡す。  誰もいない。気のせいか、と思った時……  背後から近づいた男が、彼女の口元を覆った。  そのまま、彼女は、意識を失った。  馬で屋敷にまで戻り、そう言えば俺はマーセリを大切にしていないかも知れぬ。とショークは思った。  2日も続けてずっと顔を合わせている事が、何やらとても、久しぶりな気がしたのだ。  1人目の妻として想っているつもりでいたが、それは少し、足らなかったかも知れん。  そんな風に、少し反省をした。  戻って来た夫に、マーセリは微笑みを見せた。  そうして…… 「2日も続けて共にいるのは久しぶりだ。俺はもっと、お前を大切にしなければならんかも知れん」  と言ったショークに 「そうねえ。あのお嬢さんに言われなかったら、下手したら、2人で会ってくれなかったんじゃない?」  とマーセリは笑った。  それから、2人はしばし、茶を共にした。 「イチキタユさんも言っていたけれど……あのお嬢さんは、戦場にいなくてはいけないものなの?あんな可愛らしいお嬢さんが、戦場にいなくてもいいと思うわ。曲芸が上手で、とても楽しそうに芸をするんですってね。ホントなら一座に欲しいと凄く言ってたわ」  そうマーセリは笑う。 「あのお嬢さんが自分で、世の中を平和にするために戦いたいと望んでいるそうだけれど……そんな大変な事を、あの子がしなくってもいいと思う」 「そうだな……」  ショークはしばし前方を見つめ 「俺もそう思う」  と言った。 「なら貴方の口から、あの子に戦場に立つのを辞めて好きなように生きろと、あの子が望むなら一座に入れと、そう言ってあげるべきじゃない?」  マーセリの言葉に、しばしショークは押し黙った。  そして、やがて口を開いた。 「何故なのかと、自分でも思う。何故、天獣を呼びしその夢を授ける相手が、あの娘であるのだと。俺は、あの娘にそんな重荷を背負わせたくない。そのような夢を授けたくなど無いのだ。だが……あの娘にそれを託さなければ、俺の生涯は、俺の今までの悪行に手を染めてでも突き進んで来た生涯は、全く意味の無い物になってしまう……」  そう、ショークは頭を抱えるような仕草をした。 「俺の生涯が意味の無い物になってしまっても、それでも俺はもう、あの娘を戦場に立たせたくは無い。だが……あの娘に俺は、それを告げられぬ。そして、それを告げる事は恐らくは無意味なのだ。あの娘はそれを、望んではいない」  頭に手をやったまま、深く息をつき 「分かっているのに、このざまだ。俺はあの娘に出会って、自分が分からなくなった」  その言葉にマーセリは、ぽつりと涙を流した。 「ど、どうしたのだ」  驚くショークに 「どうしたのだって、貴方……」  そうマーセリは言いかけた。  その時、ショークに神の声が降った。  シャンルメが攫われた。  敵対する勢力の手に堕ちた、と。  能力者が意識を失っている間は、神の声は届かなくなっていまう。  互いに意識がある、意識がしっかりしている状態でなければ、神の声は何故か届きづらいものになるのであった。  お互いの意識がハッキリしていないと、その居場所などを、神も伝えられないのだ。  人と関わる神と言うものも、万能ではない。  人とは、万能なものとは関われない。  だから、意識を失っている間に、シャンルメは男達のアジトに攫われてしまっていた。  意識を戻した時、彼女は愕然とした。  ここは一体、どこだ……  一体、どういう事だ……  それ以外、何も考える事が出来なかった。 「攫って来たのはいいが、この娘どうしたらいいんだ」 1人の男は、頭を抱えるように言った。 「身代金を要求したら、きっと莫大が金が手に入る。でも、手にした途端、殺されるぞ。だから言ったんだ。毒蛇の女になんか手を出すなって」 「身代金なんか考えていない。俺達はどうせ死ぬんだ。俺達の一族は奴の手下どもの制圧を受けた。そこに、この娘と共にいる奴が見えた。そうしたら死ぬ前に、奴の女に楽しませてもらうだけだ」 「やめておけ。毒蛇の女に手を出したら、ただ死ぬんじゃすまないぞ」  そう言った仲間に、その男は 「言っただろう。どうせ俺は死ぬんだ。その、毒蛇との抗争に敗れてな。どうせなら、派手に死んでやろうじゃないか。最後に、あの男に仕込まれた女を味わって、殺されてやる」  その言葉にシャンルメは背筋が凍る。  背筋が凍りながら後ずさり 「ふざけるな……!」  と叫んだ。  そこにいた1人の男が 「この娘は何も悪く無いだろう!」  と叫んだ。 「どうして、そんな事を考えるんだ!お前はどうかしている!」  そう、シャンルメを庇い、怒ってくれた男に、シャンルメは驚き、交渉の余地を考えた。もしかしたらこの仲間達が、説得してくれるかも知れないと。 「わたしは……絶対に、お前に傷つけられたりしない。代わりに何をすれば、わたしを逃がしてくれる」  男は笑いながら 「代わりだと?どうせ死ぬんだって言ってるだろ!身代金を払うって言うのか?そんなもんいるか!」  男は乱暴に言い放つ。 「やめろって言っているだろ。この娘が何をした!」  そう止める仲間に対し、 「うるさい!」  と、男は仲間を張り倒した。  そのままシャンルメにかかって来る。  風を起こし、男を弾き飛ばした。 「お前……能力者か……!」  男は笑って 「俺も能力者だ。戦うか。面白いじゃ無いか。お前を負かした褒美が、お前自身だ」  ぐるりと辺りを見渡し 「この女を抱きたい奴は、他にいないのか」  そう言った男に 「俺もどうせ死ぬんなら、お前に加勢するよ。随分といい女だしな」  そう言い出す男が現れた。 「よし。お前も能力者だったなあ」  にやにやと男は笑い 「能力者と言えども、か弱い女が、2人の男と戦えるか?戦わずに屈しろよ。抵抗した方が余計につらいぞ」  そう言いながら2人の男は、シャンルメに向かって来た。  戦うしかない……!  そう、彼女は息を呑んだ。  彼女が今どこにいて、どのような目に遭っているか。  それを、ここまでの危機に陥らぬうちに、ショークは神の声を通して知った。  そこに向かうのに、手間取る自分が憎い。  馬を走らせ、小道に入ると馬を乗り捨てた。  何故だ。何故、こんなにも遠い。  俺がハルスサであったなら、瞬時に移動が出来、あの娘をすぐにでも助けられるのに。 自分の無力を、呪う思いだ。  その思いで、その場に駆け付けた。  その男の手により、衣服が引き千切られ、シャンルメの乳房があらわになった。  衝撃と悔しさから、涙が零れる。 「許さない……!」  そう言って、風の力で弾き飛ばす。  吹き飛ばした後、風の刃を向けた。  戦場で向き合った訳では無い相手を、殺してくは無かった。それでも自分の身を守るために、懸命に戦わなければならない。彼女は、そう決意した。  必死に肌を隠しながら、男の攻撃を避け、再び男を風で弾き飛ばす。 「こいつ……なかなか強い……!」  2人がかりでも、男達は苦戦していた。  けれど自分も、普段のようには戦えない。  戦場で向き合った訳では無い相手との戦いを、躊躇する思いがある以上に、怖いのだ。  自分を女だと知り、女としての自分を傷つけようと狙って来る相手。  それが、怖いのだ。  けれど……戦わなければならない!  そう強く思った時、彼の声がした。 「……シャンルメ!!」  その声にシャンルメは叫んだ。 「ショーク……!!」  ショークの姿に涙が溢れた。  ショークの元に駆けようとした時、シャンルメの体はそこにいた男の片割れに、地面に叩きつけられた。 「嫌だ……!」  風の力を使い、その男を吹き飛ばす。  そこに闇の波動が届いた。  吹き飛ばされた男が、見るも無残に切り刻まれ死して行くのが見える。  その光景に、シャンルメは衝撃を覚えた。  まるでとどめを刺すように、ショークはその男に、再び一撃を食らわせた。  その血を吹き出した死体は、原型を留めていなかった。恐れおののき、その場にいた者達が、全員逃げだそうともがく。  その光景に、彼女は震えた。 「やめて……!ショーク……そこまでは……!!」  そう叫んだ彼女に 「シャンルメ!俺が良いと言うまで、そこを動くな!目を閉じろ!」  そうショークに言われ、シャンルメは戸惑った。 戸惑いながら 「お願い……そこまでしないで……!」  そう小さく、でも強く言った。  そして、この敵陣の中で目を閉じる恐怖はあるのだが、それでも彼女は瞳を閉じた。  閉じてからしばらくした時、大きな手が自分を持ち上げたのが分かった。  少し瞳を開く。目の前にショークがいた。  シャンルメは泣きながらショークに抱き着き、再び瞳を閉じる。  そのまま彼女は安堵のため、意識を失った。  そこまではしないで欲しいと言う、その言葉を、彼が聞き入れてくれたのだと信じたかった。  ただ、言われるままに瞳を閉じてしまった。  その彼女をしかと抱きしめたまま、ショークはその場を去って行った。  意識を戻した時、そこはショークの都の屋敷だった。 「シャンルメ……」  そう言いながらショークは、シャンルメの頬に手をやり、やがてその髪を撫でた。 「大丈夫か。何も……何もされていないか」  その言葉に、シャンルメは思わず泣きだした。  必死にこらえていた。賢明に戦っていた。  でも、本当は凄く怖かった。 「凄く……凄く……怖かった……凄く、凄く、悔しかった……」  シャンルメの瞳からボロボロと涙が零れる。 「肌を見られてしまった。あ、あんな男に見られるために傷を治した訳じゃ無いんだ。本当に、本当に……悔しい、悔しい……悲しい……!」  そう泣くシャンルメに 「大丈夫。大丈夫だ。安心しろ」  とショークは言った。  その男は殺したから。  あの場にいた男は、全員殺したから。  その言葉をショークは飲み込んだ。  心優しいこの娘は、その相手ですらも、死した事に悲しむであろう。  俺の残酷さに、心を痛めるであろう。  それが分かったから、目を閉じていろと言ったのだ。 「お嬢さん……」  その場にいたマーセリは 「何も、されていない……?」  とかすかに涙ぐんで聞いた。 「肌を見られただけ?それ以上の事はされていない?」  そのマーセリの問いに、シャンルメは深く深くうなずいた。 「ショークが助けてくれたから……」 「良かった……」  とマーセリはシャンルメに抱き着いた。 「旦那様」  マーセリはショークを見て 「しばらくお嬢さんと2人にして欲しい」  と言った。  マーセリと2人になると、マーセリは言った。 「わたしはね、未遂ではすまなかったの。傷つけられてしまった後に、旦那様に助けられた」  その言葉にシャンルメは驚き、何の言葉も発する事が出来なかった。  イチキタユが言っていた。マーセリは酷い目に遭ったと。それが、そう言う事柄を意味するのだと、うすうす気が付いていた。  でも、考えたくなかった。  この女性が、そんな目に遭っただなんて。  シャンルメはただ、衝撃を受け、泣いた。  マーセリの深い傷、悲しみ、悔しさ、それを思うと涙が止まらなかった。 「それ以来、わたしは一度も旦那様に抱かれていない。互いに恐ろしくて怖くって、何にも出来なくなってしまった……そんな事に、貴方までなったら……」  マーセリもボロボロと涙を流した。 「ごめんなさい、お嬢さん。怖い目に遭った貴方のためじゃなく、わたしは旦那様のために涙を流している。そんな事になっていたなら、旦那様が、どれだけ深く傷ついただろうと、そればかりを思っている。だって……」 泣きながらマーセリは、シャンルメをしかと見つめた。 「旦那様が一番愛しているのは、貴方だと思うから」  その言葉に 「まさか……まさか……!」  とシャンルメは言った。 「貴方がショークの1番の女性だ。わたしなど、所詮4番目の女です。わたしなんて……!」 「やめて。そんな慰め、正直つらいわ」  マーセリは泣きながら笑い 「わたしは貴方が憎い」  そう言った。 「わたしよりも旦那様に愛され、わたしと違い旦那様に抱かれる事の出来る、貴方が憎いわ。でも……わたしは貴方を、とても良い子だと思っている。わたしの1番の恋敵が、貴方で良かったわ」  そう言われたシャンルメはボロボロと泣き 「わたしも……貴方を……憎くはないけれど、とても嫉妬しています。貴方には敵わないかも知れない。そう思うだけで、とてもつらかった。ショークの1番目の妻として大切にされている貴方を、凄く好きな反面、とても嫉妬している」 「そう……」  そう言ってマーセリは微笑んだ。  そして、2人はしかと抱き合った。 「本当に貴方が無事で良かった……信じてもらえないかも知れないけど、貴方が大好きよ……」  その言葉にシャンルメは 「信じます」  と言った。 「わたしも貴方が大好きだから」  泣きながら2人は強く抱き合っていた。  シャンルメはマーセリの部屋で眠ってしまった。  きっと本当に、心身ともに傷つき、疲れているのだろうと、マーセリは思った。  彼女に布団をかけ、マーセリはショークの元に向かった。そして 「旦那様……お嬢さんは何もされていないって言っていたわ。本当に、本当に良かった……」  そう言って泣き 「貴方が一番愛しているのは、あのお嬢さんでしょう」  と言った。 「い、いや……」  ショークは明らかに狼狽し 「俺は自分の愛する女に、順位など付けた事は無い」  そう返したが、 「貴方は嘘が下手ね」  と言って、マーセリは微笑んだ。 「本当に心から愛しているから、自分の人生をふいにしてしまっても構わないのでしょう。そんなに人を愛したのは、貴方は初めての筈だわ。わたしには分かる。凄く悲しい。凄く悔しい反面……貴方がそんな相手に出会えた事を、どこかで喜ぶ自分がいるの。不思議ね」 「お前は本当にいい女だ」  そう言ったショークに 「知ってる。だって、わたしだって、貴方に愛されている女だもの。あのお嬢さんには敵わなくても」  そう、マーセリは微かに微笑んだ。 「シャンルメ!!」  駆け付けたイチキタユは、目を覚まし寝ぼけているシャンルメにギュッと抱き着き 「大変な目に遭ったんだね……無事だったんだね!」  と言った。 「う、うん……」  そう薄く笑ったシャンルメは 「都に来るたび、怖い思い出が出来てしまう。都は、わたしにとって鬼門なのかな……」  とイチキタユに言った。 「ああ。そんな風に都を嫌わないで欲しい。都は本当に本当に、良いところだよ」 「うん……それは……分かってる。都は大好きだ」  シャンルメはイチキタユを見つめ 「マーセリさんもイチキタユさんもいるし」  そう言った。イチキタユは 「あんたがもしも都が怖いなら、次はサカイで会おうか。サカイもいい国だよ。賑わいは都以上だ」  そう言った。その言葉に 「そうなんだ。都よりも賑わう国なんて、この世界にあるんだね……」  そうシャンルメは微かに微笑む。  シャンルメを見つめながら、イチキタユは言った。 「でもね、シャンルメ……あたしは思うんだけど、あんたにとって鬼門なのは、都じゃない。あの男だよ。あの男が隣にいなければ、都は怖いところなんかじゃない。あの男のせいで、あんたは怖い目に遭っているんだ。あんな男に関わると、ろくな目に遭わないよ。あんたは何で、あんな男と関わって、戦場に立たなくっちゃいけないんだい?あんたのお母さんが、あたしは不憫でならない。いい加減、目を覚ました方がいい。本当にあんたは、あたしの一座で引き取りたいんだよ」 「そ、それは……」 「あの男も言ってたって。あんたを戦場に立たせたくないって。マーセリさんが言ってたから間違いない。あんたが戦場に立って、どんなにつらい思いをするか分かっているから、あの男はあんたを戦場に立たせたくない。なのに自分の傍に置いておきたいから、それを言えずにいるんだよ。今回だって、その場にいた男全員を、叩き殺したから良かったようなものの……」  その言葉にシャンルメは愕然とし 「全員を……殺したの……?」  と言った。 「え……うん。あいつがそう言ってた」 「わたしに乱暴を働くなって、助けてくれようとした人もいたんだ。そ、その人も……殺されてしまったんだ……」  そう言って、シャンルメは泣き出した。 「シャンルメ……」  しばしイチキタユは言葉を探し 「あたしが考え無しだった。そんな風に泣くなんて、思わないで言っちまった。ごめん。でも、あんたはやっぱり、あの男の恐ろしさを分かっていないと思う。だから、早くあんな男とは……」  そう言ったイチキタユに 「わたしがいけないんだ!」  とシャンルメは言った。 「わたしが弱いから。自分の身を守れなかったから。あの人の手を、煩わせてしまったから……」 「何言ってんだよ!そんな考えになるなんておかしいだろ!」 「ショークは……ただ……わたしを思ってくれただけなんだ……だから……その人の事は、わたしが守らなくっちゃ、いけなかったんだ……!」 「落ち着いて、シャンルメ。やっぱりあんたはマーセリさんに似てる。マーセリさんも自分を責めて大変だったんだ。あんな男が悪いのに」 「イチキタユさん、わたしは……例えショークがいなくても、戦場に立ち、この世界を救おうと思って生きていた。そこにショークが現れたんだ。本当に好きになった。好きで好きで、どうしようもないくらいに好きになった。想いに答えてもらえなくても、構わないくらいに好きになった。報われないと思っていたのに……例え4番目の女なのだとしても、それでも、愛してもらえた事をとても感謝して、幸福に思っているんだ。本当に心から」  ジッとイチキタユを泣きながら見つめ 「だから、彼のいない人生は、わたしには考えられない。あの人を失ったら。そう思うだけで、心が張り裂ける。彼は、自分がいなくなったら、他に男を作れだなんて言うけれど……そんな事、言って欲しくない。彼がいなくなった時の事など、とても考えられない。そのくらい愛しているんだ」  イチキタユはしばし呆然とシャンルメを見つめ、やがて深いため息をついた。 「なんて事だろね。本当に、なんであんな男がそんなに愛されるのか、あたしには理解出来ないよ。あんたにもしもの事があったら、殺してやるって言ってたのに、あたしはあの男を殺せないじゃないか」  ショークの元にやって来たイチキタユは 「本当にふざけんな!このくそジジイ!」  と言い、 「あんたの連れだったから、あの子は攫われたんだ。あんたは都で自分がどれだけ有名か、どれだけ悪名高いか、自覚が足りなすぎる。都であの子を連れまわすのが危険だと分からなかったなんて、本当にふざけるなって話だよ。しかも、あんたと別れた後になんで護衛の1つも付けないんだい!あの子にもしもの事があったなら、あの子が泣いて止めたって、あたしはあんたを殺してやる!」  そこまで言い 「でも、聞かせてくれ。あの子は何者なの?一体何故あんなにかたくなに、戦場に立つって言うの?」 「あの娘は……生まれた時に、天獣を呼びし聖王になると言われた娘なんだ」  その言葉にイチキタユは本当に驚いた。本当に驚きながらも…… 「なるほどねえ。この乱世を終わらせる聖王。それになろうとしている子なんだ。それは驚いた。でも正直、あんたが天獣を呼ぶんだって言った時ほど、ふざけた事を言っているとは思わない。あんたみたいな極悪人ヤクザが天獣を呼ぶだなんて、何をほざいているって思ったからね。つまり、あんたは自分のその夢をあの子に託すつもりなんだね」  ふう、とイチキタユはため息をつき 「分かった。よーく分かった。それは、あたしなんかが口を挟める話じゃないや。でも、あの子に何を言うべきかちょっと分かったから、あの子とまた、少し話をしてくる」  と言ってから顔をあげ 「でも、今回の事は良く反省しろ。自分の残酷さも反省しな。あんたがその場にいた男達を全員殺した事で、あの子は凄く傷ついてた」  その言葉にショークは 「ああ。だが……これが俺だ」  と答えた。  シャンルメの元に来たイチキタユは 「聞いた。あんたは天獣を呼びし、聖王を目指す子なんだって?」  と言った。その言葉に 「赤ん坊の時にそう言われて……父がその事を信じてくれた。そうなれと言って、育ててくれたんだ」  そう、シャンルメは答えた。 「そうなのか。お母さんは?」 「全く信じなかった。そんな事を言われて育つわたしが可哀相だと思っていた。戦場に立つ事もとても嫌がって、だからショークとの縁を切れって、泣きながら何度も言ってきた」 「うーん……お母さんの気持ちも分かる!」  そう、うなったイチキタユは 「でもね、あの男にも言ったけどさ、あの男が自分を天獣を呼びし聖王になるって言った時ほど、ふざけた事を言ってるって、あたしは思わないんだよ。何しろこの世界で、初めて天獣を呼んだのは、女王様だからね。あんたがその女王様の再来になる事も、あるかも知れないと思う」  その言葉にシャンルメは驚いた。  驚き涙ぐみ、しばし呆然とイチキタユを見つめ 「母にも……そう思って欲しかった……」  と言った。 「そうだよね。お母さんにも信じて欲しかったね。それはつらかっただろう。あんたが戦場に立つ姿をあたしは見た事がある訳じゃない。でも、あの男の同盟者って事は、生半可な戦場にいる訳じゃない筈だ。その中で、懸命に戦っているんだろ?そのあんたを、応援しない道理はないよね。あたしはあんたが大好きだ」  そうして、シャンルメの手をギュッと握り 「でね、あたしはあんたには、これからも曲芸をやって欲しいんだよ!!」 「で、でも、わたしは一座には……」 「入らなくっていい。そう、人間にはね、趣味ってやつがあるんだよ。人生に深く関わらないんだけど、得意なもの、好きなものがあるんだ。あんたには曲芸を、その大事な趣味にして欲しい。世界に平安をもたらす女王様が曲芸が好きだなんて、その腕が見事だなんて、素晴らしいじゃないか!」  その言葉にシャンルメは 「うん。本当に……それは、凄く素敵だ……」  と言った。イチキタユはうなずき 「だからさ、こんな事に懲りずに、何度でも都に来てくれ。一緒に曲芸をしよう。そうして、世界を救う女王様のあんたには、あたしは出来る限りの協力をする。あたしに出来る事があったら、何でもする。あたしは意外に人脈も金もあるからね。まかせておいてくれ」 「う、うん。本当に……貴方に会えて良かった……」  別れは名残惜しかった。  イチキタユともマーセリとも、別れるのは、とても名残惜しかった。  イチキタユは特に、本当に、一度くらいは客の前で披露をしてから帰って欲しかったと、とても悔しがっていた。  でも、何度でも会いに来る。  何度でも会いに来ると。  そう言って、別れを告げた。 「俺はそなたがいなくては生きる事は出来ぬ。そうして、死す事も出来ぬ」  その言ったショークの言葉にシャンルメは驚いた。 「そなたを解放してやるべきなのでは無いか。そのように思った事もある。だがそなたは、この戦乱の世を終わらせ、人々を救い天獣を呼ぶ事を、心から望んでいる。俺がそなたを解放しようとも、そなたはその夢に向かい、生きるであろう。だから俺がそなたを解放しようと思う事など、無意味なのだ」  ショークの言葉にシャンルメは、彼の瞳をじっと見つめた。シャンルメを見つめながらショークは続けた。 「人を殺し、国を奪い、悪逆の限りを尽くし、この手を血に染めて生きて来た。全て、天獣を呼び寄せ、この世界を救うためだった。その俺の夢を……託されてくれる、叶えてくれる存在、それがそなただ」 「わたしも……貴方がいなくては、本当に心からその夢を信じる事は出来なかった。胸を張れシャンルメ。そなたの理想は尊い。そう言われた時に……わたしの人生は決まったの。貴方と共に生き、貴方と共に戦い、そうして、共に世界を救うと」 「ああ」  そのまま2人はそっと、口づけをした。 「俺のすべき事は決まっている。生きる事だ」  そう、ショークは言った。 「そなたのその重荷を共に背負い、そなたの盾となり戦い、そなたの宿命をそなた1人に、負わせたりはしない。そなたと共に生きる。それが俺の出来る唯一の事だ。そなたは自由になる事など望んではいない。だが、俺はとても思い悩んだ。そなたを自由にすべきなのでは無いかと。それ程までにそなたの生涯は過酷なものだ。それを、そなた1人に味あわせたりはしない。俺が共に生きる」 「ああ……!」  シャンルメはしかと抱き着き 「嬉しい。嬉しい。それが、本当に言って欲しかった事なんだ!」  と言った。 「他に男を作れだなんて、本当に酷いよ。論外だ。一緒に生きると誓って。一緒に夢に生き、この世界を救うと」 「ああ」  そう言って再び、2人は口づけをした。  そうして、シャンルメは、ジッとショークを上目に見つめて 「抱いて欲しい」  と言った。  言った後、みるみる顔が赤くなった。 「こ……こんな事……こんな事……女から言うなんて、恥ずかしいんだけど……貴方は最近その、なかなか、わたしを抱かないじゃないか……」  赤くなったシャンルメに 「怖い思いをしただろう。それを気にしているのでは無いかと……」 「そうだと思った。貴方の大事な奥さんの、マーセリさんの事があるから、わたしも怖くなってしまってるんじゃないかと、気にしてるんだと思った。でも……わたしは未遂だったんだよ?なのに、いつまでも気にして、なかなか抱かないで……こんな事を女の口から言わせるなんて、貴方は酷い」 「ああ。すまなかった」  ショークは微かに笑い、 「我慢をしていたからな。今日は少し激しくなるかもしれん」  と言った。 「え……それは……」  少し戸惑ったシャンルメに 「だが、優しく抱くように心がける」  そうショークは返した。  褥を共にした後、シャンルメは 「今日は……最後までしたよね……その、気を付けていたけれど、失敗した感じじゃなかった」  と不思議そうに聞いた。 「ああ」  シャンルメを見つめショークは 「実は一度だけ、子作りに励もうかと思う」  と言った。 「え………」 「俺の子が産みたいと言っていただろう。1人でいいから産みたいと。その子を作ろう。俺ももう歳だから、子が出来ぬのであれば、俺の問題かと思ったが、先日オオミが子を産んだのだ。俺もまだまだいける」 「あ……貴方の子を……産んでいいの?」 「ああ。男でも女でも、俺達の跡継ぎだ」 「うん。わたしを母上と、貴方を父上と呼ばせるんだよね」 「そうだ。その子を産もう」  ショークの言葉に、シャンルメはボロボロと泣き出した。そして、子供が生まれたらどうするかと言う話をしだした。  女の子なら政略には使いたくない。好きな人と結婚させてあげたい。ああ、でも、男の子でもだ。好きな人と結ばれて欲しいよね。  そんな気の長い話までして、2人は褥で笑い合った。 ヤシャケイ・アクラと戦う。  ショークはそう言い出した。  この敵と戦う理由は、2つある。  まず、ジョードガンサンギャと戦うためには、何よりも領土を広げなくてはならない。  あの敵は領土自体はさほど広くない。けれども全国に信者を持つ。ゆえに、物凄い数の戦闘員や能力者が戦いを仕掛けて来て、ショークが前回そうだったように、すぐには勝利を収められず、苦戦するのだ。  そんなとてつもない巨大勢力と戦うためには、何をすべきかと言えば、領土を広げるしかない。  あの敵は未だ睨み合いが続いているし、いずれまた攻め入って来る。戦えるようにしなくては。  ヤシャケイの領土は広い。  領土が広く、由緒正しい、同盟国の多い国。  一度の戦いで、ヤシャケイの首を獲るのはまず無理だろう。だが、城の2つは確実に落とし、奴の領土と領民達……すなわち、戦闘員になる者達を奪いたい。  そして……2つ目の戦う理由。  それは、ヤシャケイはサカイで名を馳せていると言う事。サカイと言う地は、抑えようとしても一筋縄ではいかない。様々な権力や勢力が入り乱れる地である。その地で名を轟かせるには、まず金を持つ者で無ければならない。そこもまた他の地とは違う。ヤシャケイはサカイと言う地において、強い影響力を持つ男であった。  ショーコーハバリが都で名が知られているのと同じように、ヤシャケイはサカイでは名を馳せた者と言えたのである。  天下を取ろうと思うならば、都だけで無くサカイは抑えなければならない国だ。  そうショークは言った。  その言葉を聞き、シャンルメも思い出す。  そう言えばイチキタユは、都よりも栄えている国だと言っていた。  サカイと言う地、実を言うと宿敵であるジョードガンサンギャが城を築いている地でもある。  この城オウサイ城は、ナヤーマ城に劣らぬ程の「鉄壁の守りの城」である。  この城を落とす事は、不可能だろうと言われていた。  サカイと言う国には、大きな特徴があった。 「交通の便がいい」のである。  陸からも海からも、非常に交通の便がいい国である。  特に、世界各国とのやり取りが出来るだけでは無く、遥か遥か海の向こうの違う世界とも、貿易が出来ると言う、大きな特徴を持っていた。  そういう国は何よりも、経済が発展する。  だが、その国には大きな不利もある。  交通の便がいいと言う事は、すなわち戦があった時、「落としやすい」と言う事でもあるのだ。  容易に攻め入られてしまう。  その、どこよりも経済が発展する国に、「鉄壁の守りの城」を作ると言う事は、経済の中心地で防御は万全であり、落とされぬと言う事になる。  オウサイ城は、いずれは必ず落とす。  そして、そのオウサイ城を、さらに防御の優れた鉄壁の城に、自らの城にしてやろうとショークは考えていた。  だが、今すぐには無理だ。  この城を落とさんうちから、サカイへの影響力を手にしなければならない。  ジョードガンサンギャと違う勢力として、サカイに影響力を持つ者。そいつを落とす。  そこで、ショークはヤシャケイ・アクラに、狙いを定めたのである。  サカイを抑えていると言う事は、物凄く意味を持つ。天下を取るためには、このヤシャケイに勝利しなければならない。俺は天下を取る事を諦めていない。絶対に俺が天下を取る。少なくとも、シャンルメが天下を取れる、道筋を作ってから死ぬ。  だからヤシャケイの首を、必ず獲る。 とりあえず、奴の領土を奪う事が先決だが、いずれは必ず倒す相手だ。  そのように、ショークは言った。  その、戦う前から宿敵になるだろうと分かっている相手との戦いのために、シャンルメとショークは兵を挙げたのである。  ヤシャケイは代々続く、由緒正しき名門の生まれ。  代々続く名門で、父が40の時にようやく生まれた嫡男であった。  それはそれは大切に育てられたが、未だ14の時にこの父が亡くなってしまう。平均寿命が30代であり戦乱の世の中である、この世界では致し方の無い事と言えるかも知れない。  わずか14の子供に、領主が務まるのか。  それを心配し、祖父がその補佐に着いた。  そして、祖父が亡くなった、22の時にようやく、独立した領主となったのである。むろん、領主として独り立ちが出来た喜びなどより、後ろ盾である祖父を亡くした悲しみと不安の方が、ずっとヤシャケイには大きかった。  だから、自分と同じ14の子供の時に、家督を継ぐ事になり、自分と違い祖父の補佐も無かったカズサヌテラスの身を、実は勝手に少し、案じたのである。  自分と同じ、14の時に家督を継いだ子供として、カズサヌテラスの事を気にかけていた。  もしも自分を頼って来たなら、援助をしてやろうと思った程である。  そう、ヤシャケイは基本、人からの頼みは断らない。事情のある貧しい暮らしをしている者達を、援助するような事は良くあった。その援助をする者の数は千を超えていた。何より、様々な国家から支援を頼まれては、必要なだけ支援をする男であった。  彼が自身を守ってくれる同盟国に、とても恵まれていたのは、その人助けが好きな彼の人柄にもよる。ただ名門の生まれだったからでは無い。  彼の不幸は、跡継ぎに恵まれなかった事だ。そんなところが父に似なくても良いのに、父と同じように40の時、ようやく嫡男が産まれた。  この嫡男がヤシャケイには、可愛くて仕方が無く、目に入れても痛くないとはこの事だと言う、可愛がり方をした。本当に愛らしい子供だった。  しかし、この子が突然亡くなってしまう。  病による突然死だったが、あまりに突然の死のため、暗殺なのでは無いかなどと言う噂もたった。  その子が死んで悲しんでいる時に、カズサヌテラスから、文とお悔やみの品をもらった。  正直少し驚き、カズサヌテラスが父を失った時に、こちらから何かしてやれば良かったと思った。  彼は、頼まれれば人助けをするのだが、あまり自分から動くような人間では無かった。  だから、イナオーバリの14歳が領主になった時、気にはかけていたが、文も出さなかったのだ。  だが、イナオーバリのカズサヌテラスは、父親のイザシュウがようやく国主に成りあがった、親子二代の成り上がり者に過ぎない。そうも思っていた。  自分を慕ってくれれば可愛がりはするが、取り立てて敬意をべき払う相手では無い。敬意を払われるべきは、自分であるのだと思っていた。  もちろん、ギンミノウのショーコーハバリなどは、それ以上の成り上がり者だ。話にもならない。下剋上と言う言葉は、この男のためにある等と言われている。いわば、何処の馬の骨とも分からぬような男だ。  そんな男が、天下を目指している。  そう、天下を目指している事は、見れば分かる。  何故なら奴は、都に拠点を置いている。それから、都にほど近い中部東と言う地域で、国盗りを成した。それも、鉄壁の守りの城を持つ国を抑え、その守りをさらに強固な物としている。  この男が天下を目指している事は、正直に言えば、この男は頭がおかしいのだろう。と思っていた。  どう考えても、正気の沙汰では無い。  何処の馬の骨とも分からぬ男が、天下を目指している。そんな男がいるなどと、にわかには信じられぬ。だが、この頭のおかしな男は、その信じがたい事を成そうとしている。  いずれは必ず、サカイを狙って来るだろう。サカイを手に入れる事は、天下を目指す者にとっては大きな意味を持つ。  ヤシャケイと戦うと宣言し、奴が兵を挙げた時……  やはり来たか、とヤシャケイは思った。  そして、奴が同盟者としてカズサヌテラスを連れていると聞いた時、正直、嘆かわしいと思った。  14歳の子供が、他に頼る者がいなかったのは仕方が無い。  カズサヌテラスには、自分と違い祖父がいない。  そして叔父などは、カズサヌテラスの命を狙って来た存在だったと聞いている。  舅以外に、頼る者がいなかったのだろう。  だが、そんな男の野心の片棒を担ぐなど、本当に嘆かわしい。  14の子供でありながら、ヤツカミモトに勝利した。そのまま、卑しい男の片棒など担がなくても、領主として生きて行く事は、出来なかったのか。  かつて気にかけていた。そして、大切な息子が亡くなった時に、国交が特にあった訳でもないのに、文と品をくれた者として、そのカズサヌテラスと戦う事に、少し、気持ちのひっかかる思いがあったのだ。 そんな男と同盟を結んでいなければ、自分の敵になどならなかった筈。そんな男を頼る前に、自分に何か文の1つでも寄こしてくれていたのなら。  そんな風に思ったのであった。 隣で、共に戦わせて欲しい。  トーキャネにそう言われていたシャンルメは、戦う際に、どのように戦うべきか、少し悩んだ。  最近は本当に、ジュウギョクの影の力に頼っている。  つまり、ほとんど降伏させている。  だから、どのようにトーキャネに戦ってもらうべきなのだろうか……  それに悩んでいるうちに、異変は突然訪れた。  こみ上げる吐き気に、シャンルメは駆けだした。  丘でしゃがみこみ、嗚咽をもらす。 「お館様、ごめん!」  と言って、トーキャネは背中をさすった。 「な、なんだろう……最近突然、気持ちが悪くて……」  トーキャネは 「まさか……まさかとは思うけれど……お子を宿しているのでは……」  と言った。  その言葉にシャンルメはハッとして 「お……お子を……?」  と涙ぐんだ。 「わたしが……あの人の子を……?」  シャンルメは本当に嬉しそうに、涙を流した。  その姿に、トーキャネはボロボロと泣きだした。 「な……なんでお前が泣くんだ?」  そう驚いたシャンルメに 「う、嬉しくて……」  とトーキャネは答えた。 「お前は本当にいい奴だなあ。ありがとう。ナガナヒコに診てもらえば一目で分かる。会いに行って来るよ」  そう笑うシャンルメに、トーキャネはついて行った。  冗談ではない。  咄嗟に言ってしまった。嬉しくてなどと。  嬉しい訳が無い。  お館様があの、にっくき男に抱かれている。  それは分かっていた。  分からない筈が無かった。  あの男が、お館様にいつまでも手を出さない訳が無い。  それに、お館様は日に日にますます、お美しくなっている。  あの男と愛し合っているからだ。  それは分かっていた。  でも、あの男の子をはらみ、それを泣いて喜ぶ姿を見るなど、本当に苦しくつらかった。  ただただ思い続け、ただただお守りする。  それしか出来ないのは、分かっている。  分かってはいるが、あまりにも自分が情けない。  あの男を超えると誓ったのに、戦う事すら出来ぬ。  まるで相手になどならない。おれなど。  それが悔しく、涙が止まらなかった。  ナガナヒコはシャンルメを見つめ 「ええ。ご懐妊です」  と微笑んで言った。 「実は、気が付いておりました。聞かれるまで黙っておこうと思って」  そう、ナガナヒコは言っていた。  そう言われて、トーキャネはますます泣いた。  トーキャネがあんまり泣いているんで、シャンルメはそこまで泣けなかった。  嬉しいとは言ってくれたけれど、いくら何でも泣きすぎだ。どうしたんだろう。と思った。 「お前は確か、まだ独り身だったよね」  そう言ったシャンルメは 「ジュウギョクもそうだけれど、お前もそうだ。何故か独り身だ。可愛い妻を持って、可愛い子供を育ててあげたらどうだろう。お前には、幸せな家庭を築いて欲しいんだ。お前の自慢の母も喜ぶよ」  微笑んで、そう続けた。  なんで、そんな事をおっしゃるんだ。  まるで、傷口に塩を塗られているようだ。  そう、トーキャネは思った。  シャンルメはそれからまず、シオジョウの元に行った。  シオジョウに、実は……と、子供を宿した事を言うと、彼女は目を丸くし、やがて目を吊り上げて 「お子が産まれるような事を平気でしようとは!あの父は何を考えているのか!」  と激怒した。 「いや……わたしが、彼の子が欲しいと望んだから」  そんな風に、シャンルメは言う。 「だとしても、少しは状況を考えるべきです!シャンルメ様は、今すぐにでも城に戻り……いえ、トヨウキツさんのお屋敷に向かうべきです!」  そう言うシオジョウに 「戦線に居て、それは難しいだろう。動いたところを狙われる恐れもあるし……大丈夫だよ。シオジョウ。そんなにショークを怒らないで」  などとシャンルメは言っていた。  シオジョウと2人の中、シャンルメは声を飛ばした。  戦場に偵察に向かっているショークに  大切な話がある。  とだけ、声を飛ばした。  偵察から戻って来た彼に 「2人きりになりたい」  と言った後、幕僚達のいない、隅の部屋に行った。  やがて…… 「でかしたぞ、シャンルメ!俺達の子だ!」  と言う声が、その部屋から聞こえてきて……  そんなに大声を出したら、幕僚達のいない部屋にこもった意味が無かろう。あの男め。と、トーキャネは思った。  そして、その馬鹿でかい声を出した事も含め、シャンルメが子を宿した事を、どうやらシオジョウにこっぴどく叱られた様子だったので、ざまを見ろと、心の中で思っておいた。  あの男は好かぬが、あの男の娘のシオジョウ様は、奥方としても軍師としても、なかなかの方だ。  そう思い……  ならば……お館様のお子も、あんな男の子供とは言えども、良きお子が産まれるのだろうかと、そのように少し思った。 明日から、俺が戦い、この戦場を収めてみせる。  一刻も早く、戦線を終わらせる。  そなたの手は煩わせぬ。  安静にしていろ。  この陣を、守ってくれていればいい。  そう言ってショークは、まだ膨らみは無い腹を撫でた。シャンルメは 「男の子か女の子か、ナガナヒコに聞けばきっと分かる。でも、どちらにしろ跡継ぎなのだし、楽しみにしておきたいと思うけれど、いいかな」  と言い、ショークはそれに同意した。 「実は懐妊が分かった時、トーキャネが物凄く泣いた。何であんなに泣くんだろう。と不思議に思った」  そう言ったシャンルメに 「当たり前だろう。あの小僧はそなたに惚れているぞ」  とショークは言った。 「惚れている女が、他の男の子供を宿したら、泣くのも無理はない」  その言葉にシャンルメはビックリして 「えっ……トーキャネが……?」  と言った。 「それに気付かぬとは、そなたは相当鈍いな」  ショークは驚いて言った。 「そなたは鈍いから、言葉にしないと伝わらぬ。だが、言葉にしたら、口先だけなどと言う。困った女だ」  そう言われてシャンルメは 「そんな……わたしはそんな事言ったかな……」  と拗ねたように言った。そして 「本当に貴方の言うように、トーキャネがわたしの事を好きなら、彼に酷い事をしている気がする」 「いや。報われぬ事を分かった上で想っているのだ。想わせてやれ。それだけで良かろう」 「そうかな……そうなのかな……」  そう小さく、シャンルメはつぶやいた。  翌日も、たびたび吐き気をもよおしてしまい、シャンルメは幕僚達に、ごめんと言い席を外し、トーキャネに背をさすられながら吐いた。  本当に彼が自分の事を好きでいてくれるのかは、良く分からないのだけど……こんな姿を見られたら、百年の恋も冷めるんじゃないかな、と思った。  そうして…… 「こんな姿はお前にしか見せられない。本当にありがとう。とても感謝している」  と、思わず言ってしまった。  言ってしまった後で、いや……もしも本当に彼が自分の事を好きなら、その発言は縛り付けてしまう発言だったんじゃないか、と少し反省をした。  もしも、報われないのに自分を想っていて、それでお嫁さんを貰わないのなら、そんな事はしないでもらわないと……と、どうするか考えた。 城を任せよう。そう思った。  ジュウギョクとミカライと共に、3人衆などと呼ばれる事もあるトーキャネなのに、彼は城を持たない。シャンルメの住む城の、城下町に住んでいる。  ジュウギョクもミカライも、城持ちだ。  彼もそろそろ、城を任せられる立場の人間だ。  城を持ったらさすがに、お嫁さんを考えるだろう。  そう考えた後に……いや、そう言えば、城を持っているジュウギョクも、まだ独身だ。などと気付く。  城を持たないか。そう言われたら、彼は何と言うんだろう。喜んでくれるだろうか。  傍にいない事を寂しく感じるわたしは、あまりにも身勝手な人間だ。  そんな風にシャンルメは思っていた。  何て事だ。とトーキャネは思った。  こんな姿はお前にしか見せられない。本当に感謝している。  その言葉を、もう一度反芻する。  彼女の愛する男の……自分にとってはにっくき男の、子供を宿して苦しむお館様が、おれを必要としてくれている。  その事が、何と嬉しいのか。  生まれる子供に罪は無い。  お館様に似ていたなら、なお嬉しい。  そうだ。きっと良きお子が産まれるんだ。  もう、あんな、にっくき男の子だなどと言う事は忘れよう。  そう思い、その日も真っ先にシャンルメの元に馳せ参じた。  するとシャンルメは、トーキャネに向かい 「お前はわたしの部下の中で、一番の出世頭と言える男だ。そろそろお前に、城を任せようかと思う」  と、そう言った。  隣に立つトスィーチヲは 「凄いじゃないか!!」  と言って、勝手に喜んだ。  トーキャネは 「何故ですか!」  などと言って泣き出した。  お館様のお傍にいるのがおれの幸せで、それ以上は何も望まないとあんなに言っているのに、城を任せるなどと言うのは、本当に酷い。  おれはお館様のお住いの城の城下町に住み、いつでもそこから馳せ参じられなければ、安心してお館様をお守り出来ない。  こんな姿はお前にしか見せられない。  そう言ってくださったじゃないか。  おれがお館様の背をさすらずに、誰がさするのか。  おれがお館様のお世話をしないで、誰がするのか。  おれがお館様のご相談に乗らずに、誰が乗るのか。  そう言って、わんわん泣くので、隣にいるトスィーチヲは少し呆れた。 「あのなあ、トーキャネ。これは普通ならば、本当に喜ぶ話だぞ。城を任せられると言うのは、本当に誉れ高い事なんだぞ」 「そんなもん、おれには嬉しくなど無いわ!」  そう言って泣くトーキャネを見つめていて、報われぬ事を分かった上で、想わせてやれ。と言う、ショークの言葉を思い出し 「分かった」  と、シャンルメは言ってしまった。 「わたしもお前が身の回りの世話をしてくれるのは、本当にありがたいんだよ。でも……それでは、お前にとって良くないのかな、と思ってしまったんだ」 「な、何が良く無いのですか!!」  と言いながら 「城下町に住んで良いのですな!城の目と鼻の先に、実は新たな屋敷を建てております!今よりもさらに、お館様のお傍に住みたいと!」  そう、嬉し気に言ったトーキャネに 「そうか。その屋敷が無駄になると思って泣いたのか?いいじゃないか。そんな屋敷、無駄になっても」  なんてトスィーチヲは言う。 「違うわ!!」  と言ったトーキャネに 「お前は訳のわからん男だなあ。まあ、そこが面白いんだけどな」  とトスィーチヲは笑った。  次の戦いでは、共に戦わせて欲しいと言っていたトーキャネは、シャンルメと共に、その陣を守る役目につき、そして、ジュウギョクも陣に残った。  ミカライには、初めてショークと戦線を共にさせた。あのような強いお方の戦いを、身近で見れるだけでも、俺には本当にありがたい。等と言って、戦線に向かって行った。  その戦線でショークは、城と1つ、2つ、3つと、落として行った。  特に技らしい技を使わず、闇の刃だけで、次々に城を落としている様子だった。  誰もが、何と言う事は無い戦だと思っていた。  いつもひょうひょうとしているナガナヒコが、その時は、とても青い顔をしていた。  青い顔で、シャンルメとシオジョウに、大切な話があると言い出した。 「実は……父から報告を受けまして……」 「うん。何の報告なんだ?」 「ヤシャケイ様が今、3つも城を落とされ苦戦されている。それをお助けすると言うのです」 「そうか。ナガナヒコの父上は、ヤシャケイと同盟者だったのか」 「そうです。でも、それだけなら、別に問題にはなりません。父の戦の下手さはご存知でしょう」 「ああ。確かに、貴方の父上は、けっして戦が得意な方では無い」 「ヤシャケイ様の危機をお助けしようと、各国の同盟者達が集まり、この陣をめがけて、突撃して来ているそうなのです。つまり同盟者達は、戦って叶わぬかも知れぬショーコーハバリでは無く、討てるであろうカズサヌテラスに向かって来ていると言う事です」  シオジョウはバッと立ち上がり 「いつです!その敵陣が、ここに到達するのは!」 「おそらく、あと2刻もあれば……」 「何故早くその話をしなかった!貴方もヤシャケイのために、シャンルメ様を……!」 「シオジョウ、落ち着いて。彼の言葉を聞かなければ、我々は危機にも気づかずに首を獲られていた筈だ。感謝こそすれど、責める相手ではないよ」 「ですが!シャンルメ様は、身重の身なのです!」 「そうです。だから、娘の姿に身を変えてください」  そのナガナヒコの提案に 「そうか!貴方が、父の元に駆け付けるふりをするのですね!そこに同行させると!」 「そうです。立ち向かってくる敵陣に、逆に向かって行くんです。わたしとカズサヌテラス様と、シオジョウ様の3人で。わたしの、大切な女性2人と言う事にでもしましょう」 「なるほど。それならばシャンルメ様にご無理をさせる事は無い。この陣を共に守っていた、ジュウギョクとトーキャネに、迫り来る敵と戦いながら、軍を引いて撤退をするように命じましょう」  そこまで聞いていたシャンルメは 「待ってくれ」  と言い出した。 「シオジョウは、ナガナヒコの大切な女性と言う事にして、逃げ出して欲しい。貴方が早く馬を走らせる事は難しいだろう。何としても逃げてもらわねばならない。でも、わたしはこの陣を任されている、部下達をまとめている人間だ。身重を理由に、ただ、自分だけ逃げ出す訳にはいかない」 「貴方とお子に、もしもの事があったら、どうするのです!」  そう、泣きながら怒るシオジョウに 「すまない。貴方の気持ちは嬉しい。でも、わたしはこの世界に平安をもたらし、天獣を呼ぶ者になるために生きて来た人間だ。ここで大切な部下達を見捨て、1人逃げ出す人間に、天獣が呼べるとは思えない。己の部下すら見捨てる人間が、人々を救えるだろうか」  シオジョウはシャンルメを見つめ 「……分かりました」  と言った。苦渋の決断だった。そして 「けれど、ご覚悟をしてください。貴方を守るために、その、大切な部下。トーキャネとジュウギョクが亡くなっても、構わぬと思ってください」  その言葉に、驚いてシャンルメは顔を上げる。 「それは……」 「ご覚悟をしてください。これは、それ程の危機なのです。彼らにも、わたしから伝えておきます」  言葉を無くして佇むシャンルメに、シオジョウは背を向けた。トーキャネとジュウギョクの元へと行く。  その危機を伝えられた彼らは 「シャンルメ様を守るために、命を投げ出す。それを誓ってください」  そう言われて、「もちろんだ」と口々に言い、深くうなずいていた。  シャンルメは赤い馬に乗り、駆けた。  それと並びあうように、ジュウギョクは黒い馬に乗っている。 「わたしが追手の者達を抑えておきます!そう、影の力で、追手を眠らせます!」 「ああ。ジュウギョク、頼む!」  ジュウギョクは大きな影を作り、追手達をその中に入れた。そして、光の矢を3度も討った。  多くの者が気を失い、馬もまた気を失い、落馬して倒れ伏して行く。もちろん、死してはいない。 「お館様、可哀相かも知れませぬが、眠っている者達に火をかけ、とどめを刺そうと思います」 「トーキャネ……お前にそんな事をさせたくは無い」 「なれど!目を覚ました追手は、お館様を追って来ます!行かせてください!」 「いいから。お前は足が不自由で、早く走れず馬にも乗れない。ジュウギョクにしっかり捕まっていろ」  そのまま、3人は馬で駆けた。ジュウギョクはトーキャネを腹に抱えるようにして、落とさぬよう、けれども懸命に馬を走らせた。 シャンルメとジュウギョクの馬は隣り合ったまま、懸命に駆けて行く。 「わたしはヤシャケイに和睦を申し入れる。ショークはサカイのため、いずれは討つと言っていたが、わたしは、ヤシャケイは全面対決をすべき相手では無いと思っている。この、多くの同盟国を持つ相手を、一時でも味方に付けたい。和睦をしたいのだ。ならば、彼のために立ち上がった同盟国の者達を、完膚なきまでに殺す事が、取るべき手だとは思わない」 「お館様はそうおっしゃるけれど、お館様の同盟者のあの男は、相手を完膚なきまでに殺す男ですぞ!あの男の戦いぶりを見ていたら、そもそも、和議など受け入れてくれる筈が無い!」 「だから、ここを突破出来たら、2人ででは無く、わたし1人で和議の申し入れに行くと、ショークと相談するつもりだ」  懸命に駆け、語り合いながら馬を走らせていた。 ジュウギョクは、何故この方はあんな同盟者をお持ちなのかと思った。そう思った後、しかし、その同盟者がいなければ、自分はこの方にはお仕え出来ていないのだ。と考え直した。  シャンルメは顔色が優れない。馬に酔ったのだろうか。慣れている筈だが、飛ばしすぎたか。とジュウギョクは思う。  だが、それを気にしていては、追手に追いつかれてしまう。 「トーキャネ殿!しかと俺の鎧に抱き着いておけ!」  そう言って、ジュウギョクは馬の上で背後を見て 「再び、影の、光の矢を討ちまする!」  いっきに大きな影を起こし、寝ている追手達、その背後に攻まる追手達に、光の矢を射た。  追手の全てが眠らせられた訳では無いが、多くの者を眠らせ、そして、その背後の向かって来た者達は、眠っている味方達に、盛大に転んで行った。  ジュウギョクのその技により、追手の目をくらませ、遠くまで駆けて来る事が出来たのだ。  その草原に着いた時、シャンルメは 「すまない」  と青い顔で言って、馬を降り、駆けた。  トーキャネがその後を追って行く。  その背を撫でて、嘔吐させている。  やはり酔われたのか、とジュウギョクは思った。 その後トーキャネに、驚く事を聞かされた。 「お館様は、身ごもられておられる。万が一、お子が流れたらと思うと……」  そう言って、トーキャネは泣いた。 「身ごもられた事がお分かりになった時、お喜びになって泣かれていたのだ。それを見ておれは、みっともなく泣いてしまった。あんな男の、子供を宿した事をお喜びになっている事が、とても悔しかった。なれど、お館様とお子の無事をおれは心から願っている。お子を失ったら、どれだけお悲しみになるだろう」  トーキャネはそう言って泣くが、ジュウギョクの胸に湧いたのは怒りだった。  何故、戦い続けるような人生に導いておきながら、子供を宿らせるような事をするのか。  その事が腹立たしく、悔しくてならなかった。  何故、自分だけが安全な道で逃げるのか。  軍師として、わたしを必要としてくれているからだ。  そうは思っても、シオジョウにはやるせなく腹立たしかった。  あのような無茶な逃避行をさせなくても、安全に彼女を逃がせる策を浮かばなかった、自分が悔しい。  ナガナヒコはシオジョウを連れ、父の元に行き、周りのヤシャケイの同盟者達に 「結婚を考えている娘でして」  などと、シオジョウを紹介した。 「何やら、機嫌の悪そうな娘さんだなあ」  と言った言葉に 「突然ここに逃げ出して来て、大変だったのですよ」  そうナガナヒコは説明をしていた。  機嫌が悪くて当然だ。とシオジョウは思った。  2人になると 「わたしは悔しい。自分だけが安全に逃げ出して。そもそも、貴方にはシャンルメ様についていてもらいたかった。貴方がいれば、お子が無事なのか分かるし、お子に何かあった時も、すぐに治療が出来る」 「そうは言っても仕方が無いでしょう。この戦が終われば、すぐにでも無事を確認に行きますよ」 「シャンルメ様にもしもの事があったら……身重の身だと言うのに……」  シオジョウは珍しく、とても動揺していた。 「軍師としてのわたしを必要としてくれているから、特別に逃がしてくれたのは分かる。でも、あの方がいなければ、わたしの軍師としての生涯など、なんだと言うのだと……あの方がいなければ、わたしなどこの世に必要ないでは無いと思える」 「そんな事は無いですよ。軍師だから云々ではなく、カズサヌテラス様は貴方に、生きていて欲しかったのだと思いますよ。それに、何より共に馬を駆けて逃げていたら、早く走らせられない、貴方が足をひっぱったでしょう。貴方だけわたしと共にこちらに来たのは、良策ですよ。そんなにお気にする事は無い」  そして、ナガナヒコは 「貴方は……その……女性と結婚したまま、一生涯何もなく、生涯を終える気なのかな。わたしはそれが、少し気になっていて」  勇気を出して、そう聞いた。 「何も、と言いますと?」 「カズサヌテラス様には愛し合う男性がいる。ならば、貴方にも男性がいてもいい筈だ。彼女はむしろ、それを祝福し、喜んでくれる女性だと思いますよ。なのに、貴方はどうして、あの……むしろ貴方よりも、女性に見えるような、夫に操だてしているのですか?」 「余計なお世話です。そんな事は貴方には関係ない」 「彼女の事が好きなのですか?その……男性にも衆道家がいるように、女性が好きな女性も、いるとは聞くけれど……」 「貴方は馬鹿ですか!」  そうシオジョウは怒った。 「どうして恋愛感情が無ければ、そういう関係にならなければ、そこにお慕いする気持ちや愛情が、無いと思うのです!冗談じゃない!わたしはあの方と、生涯を共にする!初めてお会いした時から、ずっとずっと心に誓っているのです!」  その言葉に、ナガナヒコは 「敵わないなあ」  と言って笑った。 「とてもじゃないけど、貴方達2人には敵いそうもないや。シオジョウ様、わたしは貴方を、陰ながら応援して行く事にします。それしかなさそうだ」  こんな女性に会ったのは、初めてだ。  諦めるしか無いのだろうな。  そう思いながらも、ナガナヒコは何やら、気持ちが晴れやかな思いがした。  とにかく彼女の大切な人が……シャンルメが無事である事を、彼女と共に祈るのだった。  追手はもう来なかった。  ショーコーハバリが陣を率いている場所の、ほど近くまで逃げ込んで来たからだ。  やはり、同盟者達は、倒せるだろうカズサヌテラスを狙っていたのだ。  あの男まで敵に回す覚悟は、無かったのだろう。  そんな風にトーキャネは思った。  思いながら、ホッと息をついた。  しばし青い顔をして、しゃがみこんでいたシャンルメは、ジュウギョクとトーキャネの元にやって来て、 「トーキャネ」  と言って少ししゃがみ、その肩を抱いた。  ビックリして、トーキャネは真っ赤になった。  やがてその身を離し、今度は 「ジュウギョク」  と言って、その若者を抱きしめた。  ジュウギョクも驚き、目を見開く。  2人から少し離れ、2人を見ながら、シャンルメは言った。 「シオジョウに言われただろう。わたしを守るために命を落とす覚悟をしろと。わたしも言われたんだ。2人を失う覚悟を持てと」  そう言って、シャンルメは泣いた。 「その覚悟を持つ事がつらく、2人を失ったらと思うと、胸が潰れる思いだった。わたしと兵士達を懸命に守り、その上で、2人が無事でいてくれた事が嬉しい。本当に嬉しい。2人はわたしの大切な存在だ」 「そ……そんな……今回おれは、何のお役にも立てなかった……」 「お前は役に立とうとした。それを、わたしが止めただけだよ。お前には常に、いつも感謝している。トーキャネとジュウギョク、そしてミカライ。この3人はわたしにとって、失う事の出来ない存在だ」  そう微笑むシャンルメに、ジュウギョクは 「ああ。3人は良く、3人衆などと言われています。ミカライ殿にも戻り次第、日頃の感謝を伝えられると良かろうと思います」  と言った。  そう言っていると、そのミカライと、そしてショークがその場に駆け付けて来た。 「カズサヌテ……」  ミカライの声を遮るように 「シャンルメ!!無事か……!」  とショークが声をあげた。  そして、3人衆がその場にいるのを気にもしないように、シャンルメを強く抱きしめた。  抱きしめられたシャンルメは、涙ぐみながらも 「そんなに強く抱きしめたら、お腹の子が……」  そう小さく言い、 「ああ、すまんすまん」  と、ショークは体を離した。  ミカライに対しても、改めて礼を言う時に、シャンルメはトーキャネとジュウギョクとは違って、彼に抱き着きはしなかった。  それでもミカライは、とても嬉しそうだった。  少し悪い気がするな、と思いながらも……その反面、良かったなどと、トーキャネは思った。  そして、和睦をしたいと言い出したシャンルメは、少しショークと言い合いになっていた。  城を4つも落とせた。良い頃合いだ。  一時、和睦をすると言う提案には反対では無いが、彼女が自ら、その話し合いに向かうと言う事が、心配なのだろうとトーキャネは思った。  自分も心配だ。だが仕方が無い。 和睦をすると言う事は、この男に任せられる事では無い。お館様がせねばならぬ事だろう。  そんな風に思った。  講和が結ばれる。  この戦を終える。その話し合いに赴く。  そうカズサヌテラスから文が届き、ヤシャケイは分かったと返事をした。  あの男が、ショーコーハバリが同席するのならば、講和には応じなかっただろう。  少し具合が優れない。みっともない姿をもしお見せしてしまったら、どうかお許しを願いたい。  そう言ったカズサヌテラスを、一目見たヤシャケイは、正直心底驚いた。  まず、とても若い。幼い程だ。子供に見える。いや、しいて言うなら、少女に、美少女に見える。  こんなに美貌だと言う噂は、聞いていなかった。と思い……いや、自分は興味の無い噂は、耳には入らぬからだろうな、と考え直した。  この美貌が、噂にならない訳が無い。 しかし、男が美貌だなどと、興味が無くて、覚えていなかったのだろう。自分はそういう人間だ。  ヤシャケイはそう思った。  ヤシャケイは、ジッとカズサヌテラスを見つめ 「和睦を申し入れたい。それは分かる。奪った4つの城のうちの1つを返すと言うのも妥当だ。だが、気になる。何故、この俺と戦おうとしたのだ」  と言った。 「正直に申し上げます。わたし達には……わたしカズサヌテラスとショーコーハバリには、ジョードガンサンギャと言う、宿敵がおります」 「うむ。戦っておるそうだな」 「この敵はとてつもなく勢力が大きい。それと戦おうと思うと、領土を広げる以外の手はございません」 「なるほど。それで俺の領土を奪おうと思って、兵を挙げたのだな」 「そうです。しかし戦って……貴方の兵の力以上に、貴方の同盟者の方々の攻撃が、わたしには痛かった。こんなに早く同盟者の方々が助けに、それも沢山押し寄せる。貴方の、人望の深さを見ました」  褒められてヤシャケイは、良い気分になった。  女では無い……筈なのだが、こんなに美貌の女性に褒められると、さすがに気分が良いと思った。 「敵対するよりも味方に付けたい方だと、そのように彼を説得するのに、少し骨が折れました。骨が折れましたが……わたしは、自分の判断は正しいと思っております。貴方は戦うべき方では無いと思うのです。けれど、領土を広げるために兵を挙げたこの戦い。さすがに奪った城の全てを、お返しする事は出来ません。それはお許し願いたい」 「ふむ。それは仕方が無いだろう。そなたも俺と奴とに挟まれて、苦労をしておるなあ」  とヤシャケイは笑って言い 「領土はそのままくれてやる。だが、出来れば奴の領土では無く、そなたの領土にして欲しいな。そもそもイナオーバリの方が、エチクインには近い」 「分かりました。それも彼と相談してみますが、恐らく納得してくれると思います」  やがてヤシャケイは 「実はな、そなたの事は少し気にかけていた。その、俺の大切な嫡男が亡くなった時に、文と品をくれただろう。悲しみが深く、お悔やみの品をくれる者も多く、礼を言うと言う、短い文と簡素な謝礼を返しただけで終わらせてしまったがな……あれは実は、嬉しかったのだ」 「大切なご嫡男を亡くされて、お悲しみの事と思ったのです。そのように気に留めていただけたなんて、わたしも嬉しく思います」  そう、カズサヌテラスは微笑んで言ったが、具合が悪いと言っていただけあり、青い顔をしている。 「そなた、本当に顔色が悪いな。大丈夫か。医者を呼んでくるか?」  そう言われ 「少し体調が優れなく……ご心配をおかけして申し訳ない。戦の最中に、突然体調を崩して」 「そうか。それは大変だったな。本当につらい時は、いつでも言ってくれ」  本当ならその相手をすぐにでも帰してあげるのが、思いやりだったかも知れぬが、この美少女……いや、本当は少年である筈……と、話を出来る機会は、もうそうそう無いような気がして、ヤシャケイは話を少し続けたかった。そこで 「実はな、そなたの宿敵であるジョードガンサンギャ。その教えが、俺は好きでは無い」  などと言い出した。 「御仏の前に全ての者は平等。平等では無いわ」  そう、吐き捨てるように言った。 「俺は自分を由緒正しき、尊い者だと思っている。そうして、そう思っているからこそ、貧しい者困っている者達に、救いの手を差し伸べるのだ。もしも、俺が彼らと平等だと言うのなら、俺は彼らを助けたりせんぞ。平等だと言う事が、必ずしも良いなどと言うのは間違いだ。人にはそれぞれ、役割と言う物がある。俺はずっと、そう思って生きている」 「なるほど。そのような考え方もあるのですね。とても興味深い。勉強になります。そのようなお考えがあるのだとは驚きました。されど、貴方は素晴らしい方だと、わたしも思います」  そう言われて、ヤシャケイはますます機嫌が良くなった。機嫌が良いまま 「しかし……1つ疑問がある。そなたは何故、あんな男と、同盟を組んでおるのだ?」  最も、気になっていた事を聞いた。 「あの男は、自分の役割を分かっていない男だ」  そう言われ、カズサヌテラスは 「役割……と申しますと?」  と首を傾げた。 「あのような卑しき生まれの者が、天下を狙おうなどと、頭がおかしいとしか思えない」  そう言ったヤシャケイに 「彼が天下を狙っているのが、分かるのですね」  とカズサヌテラスは微笑みを浮かべた。 「分かる。だから、本当にいかれた男だと思っていた。どうあっても、奴だけは好きにはなれん」  そのヤシャケイの言葉に 「彼は夢に生きているのです」  そうシャンルメは微笑んだ。 「大きな夢に生きている。そして、その夢へと進む生涯に、わたしを隣に置いてくれる事に感謝している。彼の夢への道筋に、少しでも役に立てるのなら、それはわたしにとっては、大きな喜びです」  その微笑みに、ヤシャケイは心底驚いた。  そして、このカズサヌテラスと言う者は、お世辞や嘘を言うような者では無い。と思った。  あの男と共に生きる事が喜びなのが真実であるように、自分を素晴らしい者と言ってくれたのも本心からであろう。そんな風に思ったのだ。 「分かった。俺には理解の出来ぬ話だが……奴の事はともかくとして、俺はそなたを気に入った。奴との同盟をやめろ等とは言わぬ。こたびの和睦、こたびの同盟は、奴抜きで考えて欲しい。俺とそなたとの同盟。そう思ってくれ。これからどのようにその結びつきを強くするのか、俺なりに考えて文にして送る。そなたはもう帰って休んでくれ。具合が優れないのに長々と引き留めて悪かったな」  少年どころか少女にしか見えぬ、幼い新たな同盟者を帰して、ヤシャケイは思った。  もしも、もしも万が一、あの子供が父親を亡くした時に、本当に文の1つでもやり、手を差し伸べてやっていたのなら、あのような愚かな男の片棒を、担がせなくてもすんだのだろうか。  それとも、それでもあの子供は、あの愚かな男の、夢とやらに生きる道を選んだのだろうか。  しばしそう考えた後、しかしそのような事は、考えてもせんなき事だな、と微かに笑った。  そのうち、そのカズサヌテラスが、病のために何処かに身を隠したと言う噂が、耳に入った。  大丈夫だろうか。  具合が優れないと言っていた。  そして、本当に青い顔をしていた。  心配したが、その居城としていた城を守るために、隣国からショーコーハバリが自らイナオーバリに来ていると聞き、それならば国防は心配あるまい、と思った。ナヤーマ城が鉄壁の城であるために、その城の守りを息子に任せ、カズサヌテラスの城を守る。  それ程に、あの幼き同盟者を大切に思っているのだろう。あれだけ思われたなら、大切にするのも当然かも知れぬ。  しかし……病はどうなのか。良くなると良いが。  また、あの若者に会いたいものだ。  そんな風にヤシャケイは思っていた。  あとがき 今回の4話は、ちょっとゴチャゴチャしてますね。  戦闘シーンがが3回もあって、旅のシーンが2回もある。もうちょっと、ゴチャゴチャとしていないで、スッキリとまとめたかったです。少し反省。  でも、旅のシーンも戦闘シーンも、楽しんでいただけたら、と思っています。 旅のシーンが多いと言いましたが……  今回の旅のシーンは「出雲」と「京」です。  出雲は普通に出雲大社に行って、縁を結んでもらった訳なのですが…… 「神在月と言う考え方は正しいけれど、神無月と言う考え方はおかしい」  と言うのは、実はちょっと言いたかった事。  その考え方はおかしい。神様を分かっていない。  と、実は思っていたもので。  今回、シャンルメに言わせられて、少しスッキリしました(笑)  ずっと人生の最後に「日本神話」の物語を描きたいと思っていたのですが、この「戦乱の聖王 悲願の天獣」と言う作品を描く事が「神様の物語」を描く事にも、繋がっていたらなあ、と思っています。  そして、もう一か所旅で行った、京。  ずうっと「早く出したいなあ」と思っていたイチキタユが出てきました。  ショークに向かって「ヤクザのジジイ」とか「くそジジイ」とか言う人は、彼女だけ。  ショークってとても悪い男だし、随分な年なのに、女性達から愛されすぎている人物。  ヒロイン達に、愛されすぎている男性ですよね。  その男性に対して 「こんのくそジジイ!」  とか言う女性を出したかった。  これから、どんな風に登場させて、活躍させようかなあ、なんて思っています。  今回の京都で、シャンルメはちょっと……じゃなく、怖い思いをしてしまいましたが……  そう言うシーンがある事自体、お怒りになる方も、いらっしゃると思う。  だから、申し訳なく思っています。  でも、怖い思いをしていない女性に対し、マーセリは自分の過去を話さないだろう。  そう思った事から、あのような展開になりました。  マーセリとシャンルメの心の交流は、わたしにとっては、物凄く大切な、描きたいところなので……  うん。ずうっと「同じ男性を好きな同士」が、仲が良い作品を作っていたのですが、ただ「仲が良い」と言う次元を超越している。 「わたしは貴方が憎い」  と言うなんて、その上で 「貴方が大好きよ」  と言うだなんて。  凄い世界じゃないかなと、自分では思っていて。  その2人の交流を描くために、シャンルメにはどうしても、怖い思いをさせてしまって……  シャンルメにも、マーセリにも、申し訳ないなあと思いながらも……やはりこの作品って、大きなテーマが「女性」なんですよね。  だから、おのずと、そういうシーンが、ある作品になって行くんだと思います。  ご不快な思いをさせて、申し訳ありません。  けれど、わたしはその怒りを、出来れば「現実」に向けて欲しい。物語では無く 「現実に怒って欲しい」  と、わたしは思っています。  物語に怒るのでは無く……  現実に、女性達が酷い目に遭う事がある。  その事に対して、心から怒って欲しい。  そのように思い、わたしは物語を描いています。  さてさて。「女性」がテーマと言えば、今回なんと、シャンルメが妊娠しました。  主人公が妊娠。本当に大人向けな作品。  異世界ファンタジーにしては、異質な展開ですね。  またまた「ネタバレするな」なんですけど  シャンルメが妊娠のために何処か(と言ってるけど、読んでいる人はトヨウキツのお屋敷だと分かっていると思う)に籠って、シャンルメの城キョス城を、何と隣国から、ショークが守りに来た。  そこに、色々とあってですね…… 「何!?あの男がイナオーバリを守っているのか!すると、今イナオーバリに攻め入れば、間違いなく一騎打ちが出来るのだな!!」  と考えた、ハルスサが攻め込んで来ます。  わあ。来た~。ハルスサ来た~。  シャンルメは身重。ショークどう戦うか。  そんなのが、次回5話のストーリーになります。  5話からの物語は、発表するのに少し時間がかかるかも知れません。4話までは間髪入れずに発表出来たけれど、これからは難しいです。  5話は、わりとそれなりに、早めに発表できるかも知れないですが、6話以降は、結構かかる予感。  ちなみに5話は「6月」には、投稿しようと思っています。6話は「9月」を目指しています。遅くとも年内には発表したいです。うまく行きますように。  でも、それ以降は結構、時間がかかるんじゃないかな、と思います。 ところで、ですね。唐突に宣伝しますが  翡翠と言う人間、hisui.aと言う名前でインスタグラムをやっております。  毎日ロリータファッション着ているだけ。と言う、しょうもないインスタグラムですが、興味が湧いた方には、見てもらいたいなあ。  時々ですが、絵も発表しています。  作品を発表する時に、表紙の絵以外の絵も、インスタで少し、発表しようかなと思っています。  まあ、この小説の読者さん、多分、半分はインスタの方々だから、宣伝する意味ないかもだけど。  ホームページもやっていました。  容量がパンクして、途中からブログ更新できなくなって、ホームページ一度、終了しました。  そのホームページの中で、機動戦士ガンダムの物語とかを発表していたんですが、エブリスタでも一応、二次創作も発表して構わないそうなので。  これはまあ、発表しても大丈夫かな、と言う作品を、6話までの発表が終わったら。7話を発表する前に、時間がすっごく空いちゃいそうなので。  その空いた時間に、ガンダムの物語行きます。 「宿業の星」と言う作品になります。  小説では無く、シナリオの形になっています。  ちなみにこの物語の中で、シャンルメに当たるようなヒロインは誰かと言うと  キシリアです。  原作では、ただの悪役のキシリア。  とっても魅力的なヒロインになっています。  そして……1話から物語をなぞって描き、ラストが全然違うと言うタイプの二次創作なので  ここの文章を読んでいて 「で、キシリアって誰やねん」  みたいだった人でも、安心して読めます。  そちらもお読みいただけたら、とっても嬉しいです。  また、シャンルメ達の活躍も、絶対にラストまでしっかり描いて行くつもりなので……  気長にお付き合いいただけたら、本当に嬉しいです。どうか、よろしくお願いいたします。
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