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「お前って何やっても飄々としててさ、誰の事も相手にしてないっていうか――俺はお前の特別になりたかったんだと思う。俺にだけ見せる笑顔や泣き顔、いろんな顔を見てみたいって思ったんだ。最近お前スマホ見てなんか笑ってる事が増えただろ? その顔させてるのが俺じゃない事が悔しくて、それで気づいたんだ。全部お前を好きだったからなんだって、お前の気を引きたかったからなんだって」  多分それは耕平からのメッセージを読んでいる時だ。戸惑いながらも嬉しくてくすぐったくて、自然と笑みが溢れた。  でも立木家への訪問(あの日)以来、今も送られてくる少なくはないメッセージをひとつも(ひら)けないでいる――。 「こんな風に食事に誘うのだって大湊にはストレスだって分かってた、けど――って気持ちばかりが先走って俺、謝ってもいなかったんだよな。悪かった。いい大人がガキみたいな事して気を引こうだなんて、お前の気持ちが一番大事だったのにな」  と自嘲気味に笑って、ゆっくりと身体を折り曲げしっかりと頭を下げた。仕事上での謝罪でもここまでしっかりしたのは見た事がなかったから、私への気持ちも謝罪も本当なのだろう。  だからと言って、今まで佐多にされた色々な事が私を好きだったからと言われてもそんな小学生のような思考に呆れるし、これからどれだけ優しくされたとしても私は一生『平坦』を求めてしまうだろう。佐多とでは私は変わる事はできないのだ。  ――『変わる』……その言葉に何かが分かったような気がした。  だが何が――? と考えていると、襖が勢いよく開けられ店員がビールを「どん」「どん」っとテーブルに置き、すぐに戻って行った。  似た光景に蘇るあの日の記憶。「よいご縁を!」  あの日、佐多は私への好意に無自覚のまま私と耕平との縁を結んでしまった。  いくら自覚していなかったからとはいえ、そのきっかけを自ら作ってしまったのだからこんな間抜けな話はないだろう。  そう考えると何だかおかしくて、笑いが込み上げてきた。 「ふはっ。あはははは!」  と大きな口を開け、声を上げて笑った。  おかしくて堪らない。佐多の事が、自分の事が。  突然笑い出した私に佐多は驚きすぎて言葉もないようだった。  それを見て私の中で確信に変わる。  なぁんだ、何を私は怖がっていたんだろう。  あの時集団で私をいじめていた奴らに()()()()必要以上に傷つけられて、まったくなんて間抜けな話だろう。私は私の道を行くならばどんな事もなかった事なんかにせず、あんな奴らに合わせてやる必要なんてなかったのだ。奴らは私が傷つく事に愉悦を感じていたはずだ。思惑通りに動いて傷ついてこんなに長い事引きずって、バカみたいだ。  私は笑う事で生理的に出てしまった涙を指で拭い、 「そんなの知るか、ばぁーか」  と佐多にとびっきりの笑顔で言ってやった。  「え?」「え?」と佐多は更に驚いて、目を白黒させていた。  私はこんな仕返しとも言えないようなささやかな反抗で、意外にもスッキリしていた。我ながら安いなと思うが悪い事ではないと思う。  私はその時、無表情ではなく本来の自分の顔で声でそう言う事ができ、奴らの呪縛から逃れられたのだ。  久しぶりに感じる解放感に、本当にバカで無駄な事をしていたと思った。心を殺す事は自分を守る事にもなるけど、それ以上に自分を傷つけていたのだと今なら分かる。  過去の暴力や嫌がらせで受けた心の傷はなくなる事はないが、その傷に振り回され自分を制限する事は違うのだと思う。そうする事はあいつらを喜ばせるだけなのだ。  だから私は傷は傷として受け入れ、私のままで人生を歩んでいきたい。  佐多の事は――気持ちは受け入れられないが謝罪は受け入れる事にした。よくよく考えると佐多からされた事なんて多少イライラする程度の事で、殴られたわけでもないし今も告白はされても凶行に及ぶ事はないと信じられる。私の過去が佐多の行いを必要以上に大きく捉えさせただけなのだ。友人同士だとしたなら軽口を叩いて笑いあえる程度の事だ。  だからと言って佐多のすべてを肯定し、その想いを受け入れようとは思わないが、これは佐多の為ではなく自分の為、そうして前へ進む為に受け入れる。  はっきりと付き合えない事を伝えると、佐多は少しだけくしゃりと顔を歪めたが、すぐに笑って「これからは同僚としてよろしく」と手を差し出したので私はその手を取り、しっかりと握った。 「勿論」  最初からこうであったならあるいは――と今となってはどうしようもない事を考えて、止めた。  もう私は間違えない。重要なのは道ではなく、私自身だったのだと気づいたのだから。
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