キモチ味

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「……悲しいことがあったとき、怒ってるとき、そういう負の感情がある時は何かをしていないと心が保てないから」  今日初めて口を開くと、昌はちらっと俺を見て、それから「ふーん」と言った。 「何となく分かるかも」 「そう?」 「うん。負の感情がある時は、何かして別のことを考えていたい。じゃないと、心が押し潰されて死んでいく」  俺は手を止めると、しばらく考えてからミルを昌の前に動かす。昌はきょとんとした顔でこちらを見ると、俺は目でミルを示した。 「挽いてみる?」 「……素人でもできるの?」 「素人とか関係ないよ」  昌はミルに手を伸ばすと、くるくると回し始める。俺はその姿を眺めながら「うん、上手」と言った。昌は少し微笑んで、それから全神経を手に注ぐ。  ミルから微かにコーヒーの良い匂いが漂い始め、俺たちの心をリラックスさせた。コーヒー豆の匂いはリラックス効果があると、前にテレビでやっていた。今の俺たちにとって、コーヒー豆の匂いは絶大な力を及ぼすと思う。 「良い匂い。そう言えば、龍平さんがコーヒー淹れてるとこ、こうやってまじまじ見るの初めてかも」 「確かに、そうかもね」 「お母さんにもこうやって淹れてあげたんでしょ? それでお母さん、龍平さんのこと好きになって結婚したって言ってた」 「……離婚届と結婚指輪置いて、出て行っちゃったけどね」  昌は俺を見て、それから口をもごもごと動かす。それから小さく「だね」と相槌を打った。  粉砕したコーヒー豆を、セットしたペーパーフィルターにムラなく入れると、お湯を上から優しく注ぐ。コーヒーを美味しくするには、蒸らすのが肝心だと俺の師匠が言っていた。彼女と出会う前、俺がまだお店を持つ前に修行していた店にいた時だ。20秒ほど蒸らした後、やっとお湯を注ぎ始める。小さな「の」の字を描くように優しくだ。 「昌は……俺のこと軽蔑した?」 「軽蔑?」 「彼女を出て行きたいと思わせたのは、俺だから」
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