キモチ味

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 昌はしばらく考えると、俺はお湯を注ぎ終え、コーヒーが抽出されるのを待つだけとなる。ポタポタと落ちる黒い雫を眺めながら、じっと返答を待った。 「じゃあ、ここに残された私もお母さんを出て行きたいと思わせたんだろうね」  昌は黒い雫を眺めながら、何とも思っていないような口調で言う。俺は昌を見て、それから「それは違うよ」と言った。でも昌は俺の口から出た言葉を否定するように、かぶりを振る。 「違くない。お母さんは私を置いて行ったんだよ」 「昌がそう思ってるだけだよ。すぐに迎えに来る」 「手紙が置いてあったの。お母さんからの、手紙。離婚届に書かれてた迷いのない字で書かれてた。ごめんねって」  昌はポケットからくしゃくしゃになった手紙を俺に渡すと、俺は皺を伸ばしながらその字を見る。たった一言「ごめんね」と濃くはっきり書かれた文字を見て、絶句した。 「捨てられたみたい。嫌われないように精一杯頑張ってたんだけどな。嫌われちゃった」  抽出し終えたコーヒーを見て、俺は止めていた手を動かす。ぎこちない手の動きは、コーヒーに伝わってしまい、黒い液体が波打った。それを昌のマグカップに注ごうと、食器棚を開けると、いつも置いてあったはずの彼女のマグカップが消えて無くなっていた。箸も、茶碗も、何もかも。彼女が使っていたもの全部が、綺麗さっぱり消えていた。  そこで改めて、彼女が出て行ったことを認識する。と同時に、俺は捨てられたということも。 「龍平さんは、これからどうするの?」 「どうするって?」 「私のこととか、この家のこととか、離婚届のこととか」  俺は昌のマグカップにコーヒーを注ぎながら聞こえないフリをする。昌が小さく溜息吐いて「聞こえないフリ」と言った。 「サイン、するの?」  食卓にマグカップを運び、椅子を引く。昌は俺の後をついてきて、椅子に座ると俺をまじまじと見た。俺は逃げるように閉まっているカーテンの方を見て、ぼーっとする。
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