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「都合が悪いといつもそう。そうやって逃げる」
俺は昌を見ずに、灰色のカーテンをじっと眺めた。
昌はコーヒーを飲むと、「ん゛っ」という声を上げる。思わず俺は振り向いて昌を見ると、俺を見て驚いたような表情をしていた。
「どうかした?」
俺が眉をぴくっと動かすと、昌がマグカップを俺の前に動かし、目で飲むよう指示する。俺はマグカップの取っ手に手を伸ばすと、コーヒーを啜った。そして顔を歪める。
「マズっ……」
今までに飲んだことがない味わいだった。苦くて、酸っぱくて、舌が取れてしまったかのような変な味。材料とか加熱時間とかお湯の温度とか、全部同じなのに全く味が違う。これほどマズいコーヒーを飲んだのは初めてだ。
「私が挽いたからかな?」
「それは違う」
俺はコーヒーを眺めながら、しばらく黙り込む。
「多分これは……俺の気持ちが伝わったんじゃないかな」
俺はすぐに「ごめん」と謝った。昌は首を横に振って、それからマグカップに手を伸ばすと、またコーヒーを啜る。
「飲むの?」
「せっかく作ってくれたから」
「偉いね」
「普通だよ。それに、飲まなかったら龍平さんが私を置いて出て行きそうな気がして」
昌はちらっと俺を見て、それからコーヒーに視線を戻す。
「今の私の家族は、龍平さんだけだから。血、繋がってないけどね」
あっという間に半分消えたコーヒーを眺めながら、ぽつりと昌が呟く。俺は視線をどこへ向けていいのか分からず、辺りをキョロキョロと見渡した。彼女が持って行ったのだろう、置物などが消えていて、すっかり質素になってしまったリビングは、同じ場所なのに全く違う場所のような気がしてならなかった。
「知ってる。聞こえないフリするん──」
「一人にしないよ」
結局、視線は定まらず、俺は灰色のカーテンを眺めながら言うと、横目で昌がこちらを見たのが分かる。
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