キモチ味

5/6

5人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
「都合が悪いといつもそう。そうやって逃げる」  俺は昌を見ずに、灰色のカーテンをじっと眺めた。  昌はコーヒーを飲むと、「ん゛っ」という声を上げる。思わず俺は振り向いて昌を見ると、俺を見て驚いたような表情をしていた。 「どうかした?」  俺が眉をぴくっと動かすと、昌がマグカップを俺の前に動かし、目で飲むよう指示する。俺はマグカップの取っ手に手を伸ばすと、コーヒーを啜った。そして顔を歪める。 「マズっ……」  今までに飲んだことがない味わいだった。苦くて、酸っぱくて、舌が取れてしまったかのような変な味。材料とか加熱時間とかお湯の温度とか、全部同じなのに全く味が違う。これほどマズいコーヒーを飲んだのは初めてだ。 「私が挽いたからかな?」 「それは違う」  俺はコーヒーを眺めながら、しばらく黙り込む。 「多分これは……俺の気持ちが伝わったんじゃないかな」  俺はすぐに「ごめん」と謝った。昌は首を横に振って、それからマグカップに手を伸ばすと、またコーヒーを啜る。 「飲むの?」 「せっかく作ってくれたから」 「偉いね」 「普通だよ。それに、飲まなかったら龍平さんが私を置いて出て行きそうな気がして」  昌はちらっと俺を見て、それからコーヒーに視線を戻す。 「今の私の家族は、龍平さんだけだから。血、繋がってないけどね」  あっという間に半分消えたコーヒーを眺めながら、ぽつりと昌が呟く。俺は視線をどこへ向けていいのか分からず、辺りをキョロキョロと見渡した。彼女が持って行ったのだろう、置物などが消えていて、すっかり質素になってしまったリビングは、同じ場所なのに全く違う場所のような気がしてならなかった。 「知ってる。聞こえないフリするん──」 「一人にしないよ」  結局、視線は定まらず、俺は灰色のカーテンを眺めながら言うと、横目で昌がこちらを見たのが分かる。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加