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石榴宮初めての貴族のお客様は好奇と狂気の笑みを浮かべる
――処刑される前、アンナに裏切られ絶望感に打ちひしがれた石榴の花の季節。今はこうして優雅に庭園でティーカップを傾け、風に揺れる銀髪を目で追っている。
ふとそんな一節を思い出したのは、ティーカップを持ったナリッサがぼんやりイアンを見つめていたからだ。視線に気づいたイアンが、「皇女殿下?」とアイドルっぽく斜め十五度くらい小首をかしげた。
「銀髪は珍しくないでしょう? 最近は皇太子殿下が石榴宮によく出入りしていると、本宮の官吏の間で噂になっています」
「えっ……、あ、そうなのですか?」
ナリッサは緊張しているようだった。ゾエを紹介すると言ったことも忘れるくらいに。
「噂には聞いていましたが、皇女殿下の赤い髪色と緑色の瞳は石榴のようで美しいですね」
空色の小鳥が、図々しくテーブルのまわりを跳ね回っている。
……それにしても。
テーブルを囲むのはたった二人。一方、その二人のために庭園の隅に控えているのはイアンの護衛騎士とナリッサの専属騎士マリアンナ、侍女のポピー、執事のエンドー。それ以外にも広間に数人の侍女と侍従がいて、こんな状態で寛げるイアンはやっぱり貴族のお坊ちゃまだ。
広間の一角から発せられる能面ビームを、彼は嬉々として受け止めている。
「そういえば、ローズ様も皇女殿下と同じ赤い髪と緑眼をお持ちだったそうですね」
ピリッと尖った気配が走ったのはマリアンナの魔力のようだ。副官が羽音をさせ、「お~、怖」とでも言うようにマリアンナの足元を掠めて低く飛ぶ。
「ベルトラン卿はわたしの母のことをご存じなのですか?」
「当然です。帝都に住む者でローズ様の名を知らない人はいませんから。優れた治癒師だったとか。平民街では聖女と呼ぶ者もいたそうですね」
「治癒師であったことは間違いありませんが、そのように呼ぶ方がいたとは知りませんでした。わたしよりベルトラン卿の方が母に詳しいようです」
ナリッサの返しが悪女っぽい。ルビを入れるならこんな感じだ。
「わたしよりベルトラン卿の方が母に詳しいようです」
まあ、イアンがこの程度でひるむはずはなくむしろ喜んでそう……っていうか、ゾエの無表情が怖い。
「それほど詳しくはありません。わたしも噂で聞いた程度ですから。きっと、ナリッサ様と同じ美しい緑眼が聖女と呼ばれる理由のひとつでしょうね」
「緑眼?」
ナリッサは不思議そうに首をひねった。
銀色にしろ金色にしろ、オーラに関することにナリッサは詳しくないのかもしれない。イアンのように銀色のオーラを継ぐ人間でさえイブナリアの情報を閲覧するには許可が必要なくらいなのだから、皇宮に入ってから意図的に情報を遮断された可能性もある。
「本で得た知識ですが」
イアンはゾエに聞かせようとしているのか声のトーンをあげた。
「ナリッサ様のような緑眼はクラウス侯爵領に多く存在します。クラウス侯爵領は幻の亡国イブナリアがあった場所で、イブナリア王族も緑眼だったと言われています。そもそも聖女とは金色のオーラを持ち治癒魔法を使うイブナリア王族の女性をさす言葉。ローズ様のように緑眼の優れた治癒師が聖女と呼ばれるのは不思議ではありません」
ナリッサはイアンの意図を探るために頭をフル回転させているようだった。けれど、突然出てきた「イブナリア」や「金色のオーラ」という言葉に困惑している。
「皇女殿下」
意外にも口を挟んだのはマリアンナだった。ナリッサとイアンが同時に彼女を振り返る。
「家庭教師のゾエ様を紹介すると先ほどおっしゃられていましたが、彼女はイブナリアに詳しいとお聞きしております」
誰に聞いたの?
ユーリックには筒抜けなの?
それに、イブナリアの話題を盛り上げてどうするの?
クスッとイアンが笑った。
「ゾエ先生は専門家ですからね。皇女殿下。黙っていましたが、実はゾエ先生とは顔見知りなんです」
だよね~。
言うよね~。
楽しそうだよね~。
ナリッサとマリアンナは一瞬驚いたような顔をしたけれど、階段のところでの会話を思い出したのか顔を見合わせてうなずいた。その反応はイアンのお気に召さなかったようだ。
「あれ、もしかしてゾエ先生から聞いてましたか? 残念だなあ。驚かせようと思ってたのに」
イアン、ちょっと本性漏れてる。
「ニール研究所でベルトラン卿にお会いしたと、さきほどゾエから聞きました」
ゾエ、とナリッサは広間に向かって声をかけた。地味な色、地味なデザインの家庭教師スタイルは、キラキラした庭園では浮いている。
「ゾエ先生」
頭を下げたままのゾエに親しげに声をかけるイアン。ちょっと調子に乗り過ぎじゃない?
「ゾエ、楽にしていいのよ」とナリッサが言う。
「ゾエ先生にもぼくたちの話が聞こえてましたよね。内容に間違いはありませんでしたか?」
「いえ、特に」
「良かった。そういえば、ナリッサ様はローズ様の手伝いをされていたんですよね? ナリッサ様が直接治癒をされたことはあるんですか?」
イアンが誘導尋問しているのは明らかだった。ナリッサは慎重に言葉を選んでいる。
「資格証もないのに、治癒はできません」
「魔力測定はしていないんですか?」
「していません」
「それは変ですね。帝都では十二才で魔力測定を受けることになっていて、それは皇族も同じです。測る必要はないと陛下が判断されたんでしょうか」
「失礼ですが、公子様」
ゾエの冷えた口調に、誰もそれが平民が発した言葉とは思わなかったようだ。一拍の間をおいてイアンの護衛が鋭い視線をゾエに向け、主が片手をあげてそれを諌める。
「なんですか? ゾエ先生」
「この場でされる話ではないかと」
「どうしてですか?」
「先ほど公子様は、『測る必要はないと陛下が判断された』とおっしゃられました。そのような言い方は、皇帝陛下が皇女殿下を軽んじていると誤解を生じかねない表現です。根も葉もない噂に拍車をかけるような言い方はお控えいただければ」
こじつけ感満載だけど大勢いる場所でこの話題を続けられないというゾエの思惑はイアンに伝わったはずだ。騎士が剣に手をかけようとし、再度イアンに制される。
「ぼくも皇女殿下に嫌われたくはないからね」
イアンはそう言うと、周囲の人間を一人ずつ値踏みするようにぐるっと見回した。
「ナリッサ様、もしよろしかったら池の方を案内していただけませんか。ゾエ先生と三人で散歩しましょう。大勢いるところでは誤解を生みかねませんから。ね、ゾエ先生」
騎士が「公子様」と帯同の許可を求めたけれど、「すぐそこだから」とイアンは笑顔で言って立ち上がる。同じようなやりとりがナリッサとマリアンナの間でも交わされた。
「ゾエがいるから」
ナリッサのその言葉ではマリアンナの不安は解消されなかったらしく、彼女はチラッとスクルースに目配せした。スクルースは地面から飛び立つとためらいなくナリッサの肩に止まり、その大胆さにあたしもマリアンナも絶句する。ジゼルがいたら爆笑しそう……
ふいに頭に浮かんだ白猫の姿。思わずため息が漏れた。
ジゼルとノードは一緒にいるらしく、その気配は魔塔から少し離れたところにある。どこにお出かけしてるのか知らないけど、あたしだけ仲間外れなんて本当に薄情なやつら。
「行きましょうか」
年上だからか、生まれながらの貴族だからか、リードするのはイアンだった。
ナリッサの隣にイアンが並び、その数歩後ろをゾエがついて歩いた。小鳥はナリッサの肩からイアンの指先へと移り、口笛で鳥の鳴きまねをする姿は腹黒イアンではなく小説の中の天然系弟キャラのイアン。
あたしはゾエの隣で二人プラス一羽の後ろ姿をながめながら、改めてイアンのオーラに違和感を覚えていた。
以前会ったときも感じたけれど、ユーリックのオーラとはどうも違う。なんだか不純物が混じってるような。でも、オーラが少なすぎてよくわからない。
「そうそう、そういえば、昨日平民街に聖女が現れたって話を聞いたんです」
池までのレンガ道の途中で、イアンの言葉にナリッサの足音が乱れた。ゾエはナリッサが昨日平民街に行ったことを知らないはずだけど、イアンが何を喋るか警戒している。
「ベルトラン卿は情報通なんですね」
「剣を持てないベルトランの武器は情報です」
「聖女ということは、緑眼の治癒師が平民街に現れたということですか?」
「トッツィ領から帝都観光に来た姉妹らしいです。治癒師は妹の方で、緑眼の美少女だったそうですよ。ところで、ナリッサ様の護衛の騎士はトッツィ男爵家の令嬢でしたね」
「……そうですね。それで、その姉妹はまだ帝都に?」
「あまり警戒しないでください、ナリッサ様。誰にもバラしたりしませんから」
「えっ……」
ゾエが思わず声を漏らし、彼女は能面の家庭教師には似つかわしくない慌てた様子で口を押えた。振り向いたイアンの顔はこの上なく満足そうで、ゾエは取り繕うことなく彼を睨みつける。
「ゾエ先生。これでも公爵家の跡取りなんですから、そんなあからさまに敵意を向けないで下さい」
ゾエはパッと頭を下げたけれど、謝罪の言葉はイアンではなくナリッサへのものだ。
「申し訳ありません、ナリッサ様。わたしが余計なことを」
「気にしなくていいわ、ゾエ。どうせわたしも嘘を吐くのは得意じゃないし、ベルトラン卿は誰にも言わないとおっしゃってる。それより、ベルトラン卿が何を望んでいるのか気になるのですが」
「脅すつもりなんてありませんから誤解しないで下さい。ぼくが望んでいるのは舞踏会で皇女殿下をエスコートさせていただくことです」
「それなら」とナリッサが言いかけたとき、イアンは遮るように言葉をかぶせた。
「それと、できれば治癒の現場にわたしも連れて行ってもらえないかと思って」
イアンの指先で鳥が首をかしげた。
「ナリッサ様が治癒するところをこの目で見てみたいんです。知ってますか? 銀色のオーラを受け継ぐ者は、普通は魔力を持たないんですよ」
ナリッサの驚きは声にならず、ヒュッと空気を吸う音が聞こえた。
「記録にないだけです」と、ゾエが言う。
「帝都での魔力測定は十二歳ですが、十二歳を超えてもオーラを発現されなかったのは記録を見る限り皇太子殿下が初めてです。実は、皇太子殿下も魔力測定を受けておられません」
「そうなんだ」とイアンは興味深そうに目を輝かせている。
池のほとりにたどり着き、三人は足を止めて水面に目をやった。ゆらりと近づいてきた魚影は、イアンが足を踏み出すとくるりと向きを変えて遠ざかっていく。ゾエは話を続けた。
「銀色のオーラを受け継いだ方々がもともと魔力を持たないのか、それともオーラの発現により魔力を失うのかは分かりません。オーラに関する研究は許可された資料の中でしかできませんから」
「魔塔で研究してるって噂もあるよ。でも、オーラ発現前に魔力があったら普通は分かるよね。だって、オーラの少ないぼくでも皇女殿下の魔力は感知できますから」
イアンの無邪気な笑みでナリッサは顔を強張らせる。確信を持った口ぶりに、ゾエにもわずかな動揺が見えた。
「だからこそ陛下はこんな森の中に皇女様を隠したんでしょうね。ぼくが今まで会ったことのある治癒師よりも魔力が強いし、こんな魔力を持っていたら皇家の血を引いているはずがないと主張する貴族も出てくる。それくらい皇女様の魔力は強い。ただし皇族としては、ですけど」
ナリッサの手が震えていた。ゾエは「失礼します」とその手を両手で包み込む。
「オーラが発現すればみな黙るはずです。ただ、オーラの発現と同時に魔力が消えてしまう可能性もあります」
申し訳なさそうにゾエが伝えたのは、きっとナリッサが治癒の力を失うのを悲しむと思ったから。
「ゾエ、……たぶんわたしは」
オーラを発現しない、と言いたかったのだろうけれど、ナリッサは言葉を飲みこんだ。「すいません」と、イアンは心にもない謝罪を口にする。
「皇女殿下を不安にさせるつもりはなかったのですが、きっと殿下の望む力が手に入ります。治癒の……」
イアンは不意に言葉をとめ、周囲に耳を澄ませた。その理由はあたしにもわかった。ゾエが袖をめくり、スクルースがイアンの手の甲から飛び立っていく。
ナリッサが門を見ていた。柵の向こうで門兵が対応している濃紺のローブの魔術師、その足元にいた白猫が門兵の制止を無視して駆け寄ってくる。
「ナリッサ、遊びに来てやったぞ」
あたしの前を素通りして、ジゼルはナリッサの足元にすり寄った。
うわー、超ムカつくんですけど、この白猫!
ひとこと言おうした瞬間、そばにあったはずの魔塔主の気配がパッと消えた。呆然とした顔の門兵と、光だけを残したゲート。庭園のどよめきがおさまる頃にはゲートの光も消えた。
「魔塔主様でしたね」ゾエが言う。
「ゲートですよね! ゾエ先生、ぼく初めて見ました!」
イアンはテンション上がりまくっておかしなことになっている。
「魔塔主は本宮に行く用事があるそうだ。あとで顔を出すと言っていた」
あー、そうですか。
あたしがプイッとそっぽを向くと、ハァとため息が聞こえてくる。
「例の〝ハズレ〟の重症患者について魔術師が対応にあたれるように掛け合いに行った。まったく、誰のせいでぼくが魔塔主にこき使われたと思ってるんだ?」
ジゼルを抱き上げたナリッサが『わたし?』と声を出さずに聞いたけど、ごめん、ナリッサじゃなくてあたしだ……。
「ナリッサは悪くない。悪いのは魔術師を使い惜しみする皇帝だ。与えられた力に使命が宿るとお前は言っていただろう? あれはぼくも同意見だ。魔術師がいるなら魔術を使えばいい。魔力はオーラのように衰えることはないが、使わなければ結局ないも同然。グブリア帝国というのはどうしてこうも宝を持ち腐れに……」
イアンがナリッサの腕の中のジゼルを見ていた。さっきゲートの光を目にした時と同じ、好奇と狂気が入り混じった表情は、ぜーーーったい小説の中では描かれていない。
「お前、もしかして聞こえているのか?」
ジゼルが不審げな目つきで問うと、弾けるようにイアンが笑いはじめた。
「なぜぼくの声が聞ける?」
たしかニールで会ったときはジゼルの声が聞けなかったはず。あのときとオーラの量は変わらず微々たるものだし、何か魔法具でも持っているとか?
ゾエは突然笑いはじめたイアンに困惑し、ナリッサの顔色は蒼白になっている。
「ゾエ先生、その猫はガルシア公爵閣下から預かったと言ってましたよね」
正解の返答を探すゾエの代わりに、「魔塔主様のペットよ」とナリッサが答えた。
「なんだ、ガルシアの猫だったら面白かったのに。魔塔主様なら、それはそれで」
「おい」
ジゼルが牽制するようにがんばって低い声を出したけれど、男の子の声だから迫力はイマイチ。
「言っておくが、ぼくの契約者は死んだ。魔塔主のそばにいるのは魔塔の林が狩場にちょうどいいからだ。あいつと契約してるわけじゃない」
パサッと羽音がしてジゼルが頭上を仰ぐ。飛んで行ったのは空色ではなく茶色いスズメみたいな鳥だった。
「まあ、いいや。あまり猫ちゃんを刺激して噛みつかれたりしたら怖いからね。それに、今日は舞踏会の返事を聞かせてもらうためにここに来たんだし」
ですよね、とダメ押しっぽいスイートスマイルをイアンはナリッサに向ける。ナリッサは警戒心を隠すつもりはないようだった。そりゃそうだ。
「すいません、ベルトラン卿。少し考えさせてもらってもいいですか?」
「皇女殿下、ぼくは殿下を傷つけるつもりはありませんし、むしろ殿下のために動こうと思ってるんですよ」
詐欺師が言いそうなセリフだな。
「皇家というのは色々秘密が多いものです。ナリッサ様がオーラについてご存知ないのも、それを隠そうとする意思が働いているから。ぼくは自分の持っている情報をあなたに教えて差し上げたい。そうすればきっと誰が味方で誰が敵か見分けられるようになりますから」
ナリッサの瞳が揺れたのは、先日マリアンナが同じような言葉を口にしたからだろう。これまでならゾエが割って入ったかもしれないけれど、彼女は完全に傍観者になっていた。イアンと猫が会話したその時から。
イアンはナリッサの反応に満足げに微笑み、さらに言葉を重ねる。
「父からの指示でローズ様の事故について調べているんですが、ガルシア公爵様がローズ様を邸宅に招いていたという話を耳にしました。平民街でこのお二人がどのように噂されていたか、皇女様はご存知ですか?」
ビクッと、ナリッサの肩が動いた。それは、イアンにとっては意外な反応だったようだ。彼が思案顔になったのは、誰がナリッサの耳に入れたか考えているのだろう。
「皇女殿下、ぼくが調べたことをもっとお聞きになりたくはありませんか?」
「やめておけ」とジゼルが言う。
「知るべきことを知ってからでないと、ぼくが敵か味方かわからないでしょう?」
キャラ的にはすでに敵だぞ?
「舞踏会のエスコートと、治癒現場の見学。そんなに難しい要求をしてるわけじゃないと思うんですが」
「ナリッサ様、今お決めにならなくても」
ゾエが口を出すと、「今」とイアンが即座に返す。
「ベルトラン卿、皇女殿下を恐喝してる自覚はあるのですか?」
「ゾエ先生、少し落ち着いてください。先生らしくもない。ナリッサ様には猫がいて、剣の腕が立つあなたがいる。この状況で身の危険を感じるべきはむしろぼくの方じゃないでしょうか?」
「屁理屈よ」
「それしかぼくの武器はありませんから。それに、ぼくはお願いをしているだけですし、ぼくの提案が殿下の不利益になることはありません。だって、皇女様も知りたいはず。そうでしょう?」
うつむいていたナリッサが、意を決したように顔をあげた。それを見たイアンの顔に勝利の笑みが浮かび、あたしの中でプツンと糸が切れた。
「皇女殿下、わたしに舞踏会でエスコートさせていただく栄誉を」
今さらのように恭しく頭を下げ、イアンがナリッサに手を差し伸べる。ナリッサがその手を取ろうとし、あたしは衝動のまま彼女の細い手首を掴ん……だ?
「ハァ」
耳元でため息が聞こえた。この聞き慣れたため息はジゼル。
目の前に白っぽい銀髪の頭があった。久しぶりに感じる重力。肌に感じる圧迫感はたぶん気圧。
「まったく、突っ走るとあとが大変だぞ」
「わかってる」
あたしの口から出るのはナリッサの声。
「好きにしろ」
ジゼルはあたしの腕から飛び降り、白猫の行方を追ったあたしの視界に菫色のシフォンドレスが揺れていた。
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