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悪女が皇太子の妹じゃなくなった夜
眠っているノードの体から漂う魔力のかすかな波は、彼の鼓動と一致しているようだった。
空気を吸って吐く。シンクロするように周囲のマナがノードの中に流れ込み、魔力となって吐き出される。吐き出された魔力は錬成が解けてマナになり、拡散して世界のマナ循環の波に乗る。
ノードがはおったままの濃紺のローブの銀ボタンに、ツヤツヤの黒髪が絡まっていた。
ノードも散髪するの?
それとも魔法でチョキンって切るの?
シャンプーもトリートメントも魔法?
そういえば魔塔を白装束で歩き回ったとき、居住区に共同浴場みたいなのがあった。ってことは、ノードもあそこでお風呂に入ったりしてるのかな……
…………♡
妄想が暴走しそうになるのを、頭を振って押し止めた。こんなことしてたらすぐに夜は明けてしまう。
でも、もうちょっとくらい寝顔ながめてもいいよね。最近構ってくれないから近づけるときに推し成分を補給しないと。魔術師にマナが必要なように、あたしにはノードのフェロモンが必要なのだ。
「ノード、起きてますか?」
反応なし。
ベッドに横たわる魔塔主の黒髪が布団の上でゆるやかにカーブを描いている。そのひと房を手に取って匂いを嗅いだ。
……わかってる。ヘンタイじみた行為だってわかってるけど。
「そういうのは男性が女性の髪にするんですよ」
パッと顔をあげると、ノードの碧眼がじっとあたしを見ていた。瞼が閉じられていたときより距離を近く感じて、あたしは思わず床にペタンとお尻をついた。
「寝たふりしてたんですか?」
「寝てましたよ。不審者の気配を感じて目が覚めたんです」
ちょっと意地悪な笑顔だけど、あたしはうれしくて「えへ」とニヤける。ノードの手があたしの頭にのり、なでてくれるのかと思ったら「よいしょ」と頭を支えに体を起こした。まあいいけど。
「それで、ジゼル殿に黙って抜け出して来たんですか?」
ベッドの縁に腰かけたノードがポンと隣を叩き、あたしは彼の横に座る。階下に降りる床穴の傍に、魔力付与した白装束一式が置かれているのに目が留まった。あたしの視線に気づいたノードが「ああ」と声を漏らす。
「ユーリックが書斎に来たのでここに移動しました。いろいろ聞かれるのは面倒ですから」
「ユーリックが来たんですか? 昨日?」
「ついさっきです。サラさんに会えなくて残念そうでしたよ」
本当かなあ?
「何しに来たんですか? 魔獣の事件のことなんでしょうけど」
「まあ、そうです。ジゼル殿をしばらくナリッサ様の傍においてくれないかということでした。トッツィ卿からジゼル殿の活躍を聞いたようです。正式な依頼ではなく、あくまで個人的なお願いと言っていました」
「ジゼルが召喚獣ってことはバレてないんですよね。魔術は使ってないから大丈夫だろうってジゼルは言ってたけど」
「どうやら、ユーリックはわたしがジゼル殿に何らかの魔術をかけていると思っているようです。これのおかげで」
と、ノードは左耳のピアスに指で触れた。ジゼルとお揃いのダイヤのピアス。
「こちらとしては勘違いしてもらえて助かりました。それに、ユーリックにお願いされなくてもすでにジゼル殿もサラさんもナリッサ様のところでしたし」
ノードの手があたしの髪をかきあげ、右の耳たぶに触れた。
これはラブ展開♡
……と期待したけれど、彼はじっと自分の手元を見つめている。
「不思議ですね。わたしはこうしてサラさんのつけた〝妹〟に触れられるのに、元々はふたつしかなかったピアスがわたしの耳とジゼル殿の耳にもついているんです。わたしは四つのピアスに触れられる」
これまで気にかけていなかったけれど、触れた自分の耳たぶにはダイヤのピアスがあった。姿は金髪に青いカラコン、ヒラヒラのラブルーン衣装なのに、ピアスがそこにあるだけであたしはあたしなのだと実感する。
ノードがあたしの耳に触れたまま目を合わせた。
「サラさんは、わたしを恨まないんですか?」
「えっ?」
突然、意味不明。あたしがノードを恨むとしたら、ラブ展開なのかそうじゃないのか中途半端なこの生殺し状態。いや、恨むどころか常時ウェルカムなんだけど。
あたしの反応に、フッとノードは笑いの混じったため息を吐いた。
「わたしがあなたを殺したとは、考えないんですか?」
「ノードがあたしを?」
まあ、何度か心臓撃ち抜かれて昇天したけど。
「ジゼル殿の召喚術が行われなければあなたが死ぬことはなかったでしょうし、わたしの知らないあなたの世界で変わらぬ生活を送れたはずです。わたしがナリッサ様に召喚術を提案しなければ」
たしかにそうだけど、
「どうしてそんなこと言うんですか? あのときはあんなにあっさりあたしを燃やしたのに」
「あのとき召喚獣とともに魔法陣に現れたのは、わたしにとっては異世界の死体、それだけでした。あれがサラさんだと知っていても治癒魔法で治る怪我でなかったのは確かです」
考えないようにしてたのに。
今さらのようにあっちの世界に残して来たお父さんとお母さん、それから大学の友だちやバイト先のちょっといいなと思ってた社員さんのこととかが頭の中に押し寄せて来て、あたしの目からポロポロと涙がこぼれ落ちた。
考えても戻って来ないから、あたしの大好きな小説の世界にいられるんだから、振り返っても仕方ないって思ってたのに。
「ノードのバーカ」
「……そうですね。すいません」
ノードはあたしがさっきしたようにあたしの髪に口づける。たぶん、あたしは〝異世界の死体〟とは違うものに昇格したんだろう。気配に違和感を感じただけでガルシア領まで来てくれるくらいには。
……それって、かなりの昇格じゃない?
髪にキスしてくれたし。
「ノード、もしあたしがこの世界の令嬢だったら舞踏会でダンスに誘ってくれますか?」
面食らったノードは、突然プッと吹き出すとそのままククッと笑いはじめた。たしかにあたしの質問が唐突過ぎたかもしれないけど、そこまで笑わなくても。
ノードの指が、あたしの頬に残っていたらしい涙の跡を拭った。
「舞踏会で思い出しました。昼間、ベルトラン卿がユーリックのところを訪れたようです」
「イアンが?」
「サラさんは、本当に誰でも彼でも呼び捨てにしますね」
だって、小説では「イアン」って書いてあったんだから今さら「ベルトラン卿」なんて面倒くさい。
でも、ナリッサの一人称語りで「イアン」って書かれてたってことは、本編のナリッサはそれなりに彼に気を許してたってことだ。
「ゾエの呼び方が移ったんです」
あたしが言うと、「なるほど」と納得している。それより、イアンは宰相に確かめたいことがあると言って本宮に向かったけど、その後にユーリックに会ったということだろうか?
「イアンは何のためにユーリックに会いに行ったんですか?」
まさか自分が事件現場にいたとは言わないだろうけど、フィリスから伝わる可能性もないわけじゃない。治療院では名前を明かしていなかったとはいえ、銀髪に菫色の瞳を持った貴族の公子様となれば数は絞られるはず。
「告発と言っていいのか微妙なのですが。ナリッサ様のオーラを発現させようとして荒っぽい手に出ている者がいるのではないか、と。反オーラ派の動きが活発化しているので、皇帝派の動きとしてありえないことではないのですが、一歩間違えば死罪どころか家門が取り潰しになってもおかしくない重罪です。まあ、黒幕が誰であれ尻尾切りの準備はできているのかもしれません。ベルトラン卿曰く、彼についている護衛騎士の動きが怪しいようです」
あ、遅刻しそうな人だ。
「オクレール卿ですね。あの人、魔獣探知の腕輪つけてるんですよ。帝都でそんなの怪しいです」
まったく、とノードは苦笑している。
「サラさんの情報力には驚かされますね」
「幽霊でも役に立つんですよ。盗聴とか覗き見……じゃなくて、諜報活動。あと真夏の寝苦しい夜は冷房に!」
CMは適宜挟んでいこう!
例えスルーされようとも!
「そのオクレール卿ですが、今のところ具体的に何をしたわけでもなく、魔獣の件についても関わっているのかわかりません。彼の家門が魔獣取引業をしているうえに、裏で情報屋のようなことをやっているという噂も聞くので怪しいと言えば怪しいのですが、何より気になるのはオクレール男爵領はかなり世界樹信仰が根強い土地なんです。男爵自身も密かに世界樹を信仰していると言われていますし、それが皇帝派のベルトランについているというのがどうも……」
あたしはふとゾエの話を思い出した。
「聖女降臨の儀式とか?」
ノードの視線に警戒の色が浮かび、あたしは慌てて「ゾエが」と口にした。
そうだ、忘れかけてた!
ナリッサとゾエが待ちぼうけ食らってるんだった。
「ゾエがさっき言ってたんです」
「ゾエさんが?」
「それよりノード、今から石榴宮に一緒に来て下さい」
突然のあたしの慌てぶりに驚きつつ、執務室でのことをかいつまんで話すと、ノードはかなり興味を引かれた様子でベッドから立ち上がった。
石榴宮を出てからどれくらい経っただろう。時間感覚があいまいなあたしは、彼らが待ちくたびれて寝ていないことを祈っている。
「ジゼル殿のいる場所に行けばいいんですね」
ノードはあたしに確認すると、手をかざしてゲートを開いた。そして「どうぞ」とローブを広げてあたしを中へ入れる。ゲート酔いしないのはうれしいけど、
「いいんですか? ナリッサとゾエもいるのに」
「二人には見えないんだから、なんとでもなりますよ」
ノードとの距離感がよくわからない。素っ気なく放っておかれたと思ったら、こんなふうに簡単にあたしを引き寄せる。
「ノードはやっぱりズルいです」
耳元でクスッと彼の笑い声がする。
「遅い」
聞こえたのはジゼルの声だった。ノードはさりげなくあたしをローブから追い出し、「お待たせしました」とネグリジェ姿のナリッサに微笑みかける。
「ねえ、ジゼル。どれくらい待った?」
あたしは一応聞いてみる。
「十分も待ったぞ」
ジゼルの言葉が光の文字で浮かび上がったのを見て、ノードが「おや」とゾエの方を見た。
「ゾエさんには色々秘密を知られてしまったようですね」
魔塔主の笑みにゾエの顔が強張った。まあ、脅しにしか聞こえない。
「ガルシア公爵様から渡されたものというのはこれですか?」
説明もなく状況を理解しているノードのことを誰も不審がらないのは、きっと彼が魔塔主だからだ。ジゼルとテレパシーで通じてると思われてるのかもしれない。
待ち時間を持て余したのか木箱の蓋は開けられ、ナリッサの手には便箋があった。ナリッサの許可を得たのか、ゾエはノートを開いている。さすがにオーラ関連のものはマズイと思ったらしく、マナ滞留症状に関するノートだ。
「ねえ、ノード」
ナリッサが真顔で魔塔主を見上げた。
「ノードはわたしのオーラのことと両親のこと、どこまで知ってたの?」
ふむ、とノードは手紙の一通を取ってながめる。
「ナリッサ様がイブナリア王族の血を引くということについては正直なところまだ信じきれていません」
エッ、とゾエが小さく声を漏らした。以前ナリッサのオーラについて話したときにノードが納得したものと思っていたのだろう。あたしもそう思っていたけれど、三百年生きた魔塔主様は結論を急がないタイプらしい。
「でも、これを読んだらきっと信じられるわ」
「ええ、ですからそれを読ませてもらってからですね」
魔塔主のあっさりした受け答えに、ナリッサもゾエも拍子抜けした顔をしている。
「それくらい、わたしにとって緑眼持ちの治癒師というのはありふれた存在だということです」
「じゃあ、わたしの父親のことは?」
「皇帝陛下ではなくガルシア公爵殿だと?」
ナリッサはノードの表情を見つめたまま小さくうなずいた。
「皇帝陛下ではないだろうと思っていました。グブリア皇家の血を引くにしては、ナリッサ様は魔力が強すぎましたから。魔力は遺伝とは無関係とされていますが、銀色のオーラを継ぐ者の魔力は生まれつきほとんどないというのがわたし個人の見解です。だから、陛下が自分の子だと勘違いしていると思ったんです。ローズ様が陛下に隠れて他の男性と通じたのだと」
「でも、ローズのは二股じゃないですよ」
あたしが思わず口を挟むと、
「言葉に配慮が足りず申し訳ありません、皇女殿下」
ノードはナリッサに向かって頭を下げる。
「ガルシア公爵殿とローズ様の噂は耳にしていました。ですから、公爵殿がお相手なのではという考えは頭にありました。ナリッサ様は銀色のオーラの一般的な発現時期を過ぎていますし、もしガルシア公爵殿が父親なら、このままオーラが発現しなかった場合どうするつもりなのか興味深く見守っていたのですが、まさかイブナリア王族の末裔だとは」
ノードは机に置かれたノートをペラペラとめくっている。「オーラ滞留ですか……」と、どこか嘲るような笑みを口の端に浮かべた。
「それで、このノートはわたしがお預かりしたらよろしいのですか?」
ナリッサが今さらのようにゾエの顔をうかがった。魔塔主がすべて見透かしているのが怖くなったのかもしれない。あたしが教えただけだからね。
ゾエはノードの手の中のノートをよだれを垂らさんばかりの眼差しで見つめている。
「ねえ、ノード。あたしの選択は間違ってると思う? このままこの記録を皇宮の中に隠していても意味がないと思うんだけど」
ノードは「そうですね」と肯定ではなく思案中の意味で口にする。彼が広げたページにはナリッサがさきほど読み上げた文章が書かれていた。
「おそらく、ガルシア公爵殿はナリッサ様からわたしの手にこのノートが渡ると予測していたのではないでしょうか」
えっ?
「そうかしら」とナリッサは懐疑的だ。
「少し前の、わたしが石榴宮に出入りしていることが知られていない時期でしたら状況は変わりますが、今現在、世界で一番金色のオーラに詳しい魔術師がナリッサ様の近くにいるのです」
あっ……そっか。
「……だから、わたしが魔塔主に頼るに違いないと」
「そういうことです。今の時点でこの手紙とノートをナリッサ様に渡したのは、彼なりにナリッサ様のことを考えてのことと思いますよ」
ふうん、とジゼルがつまらなそうな声を漏らした。
「ナリッサに皇帝のオーラを回復させようとしたわけじゃないのか」
「それは否定できません。ここに記されているようなオーラ滞留症状が再び起これば、ナリッサ様に治癒していただくしかありませんから」
「でも、わたしはオーラを発現していないわ」
「おそらく、陛下はイブナリア王族の血を引く治癒師を探しているでしょうね」
――ローズの血筋と思われる者を探した。
そうガルシア公爵は言っていた。この言葉を直接聞かされたゾエの表情がわずかに強ばっている。
「ノード。魔塔で研究したら魔力でオーラの滞留症状を治せるようになるかしら?」
「それはまだ分かりません。金色のオーラの場合は魔力による治癒が可能でしたが」
「そうなんだ!」
ナリッサの目が希望にキラキラ輝いてお姉さんには眩しい。
「でも、それは金色のオーラが魔力とオーラの両方の性質を持っているからです。銀色のオーラに魔力が作用するかどうかは分かりません。これまで皇族が魔術師に治癒を頼ったのは外傷のみで、それ以外は魔力のない医師か薬師。せいぜい治癒師です。彼らはマナの経路回復もできません」
「お母さんはできたのよ」
「そのようですね」
ノードはナリッサに微笑みかける。ナリッサが金色のオーラを継いでいることを、もう疑ってはいないようだった。
「わたしとしてもこのノートを預けていただけるならありがたいです。オーラや魔力に関してはまだほとんど解き明かされていませんから。ただ、手紙はナリッサ様がお持ちください。まだお読みになっていないのでしょう?」
ナリッサは素直にうなずく。
「お母さんから、十四才になったら会わせたい治癒師たちがいるって言われていたの。その時には帝都を離れて旅しながら暮らすことになるだろうって。わたし十四才になってしまったわ」
「そうですね」と、ノードは感慨深げな顔で口にした。
「わたし、ケイルおじさんに会ってみたい」
「治癒師協会に確認してみましょう。ですが、今帝都に金のオーラを持つ治癒師が来るのは危険です。会うとしたら帝都外ですね。すぐには無理でしょうが」
ありがとう、とほほ笑んだナリッサの顔はちょっと寂しそうだった。
皇帝の子でないと明らかになったナリッサの、血が繋がっていると思われる唯一の人物が手紙の差出人であるケイルだ。それはおそらくフィリスを訪ねたと思われる緑眼の治癒師。
「この隠し棚からは魔力が漏れないようにしておきます。その鍵を貸していただけますか?」
ナリッサは首にかけていたペンダントをノードに渡し、彼はその鍵を鍵穴にさすと小さな声で詠唱する。渦を巻いた光の文字が鍵に吸い込まれ、さっきまで感じていたマナ石のわずかな魔力を感じることができなくなった。
「ゾエさんとジゼル殿以外には秘密にして下さい。この部屋にはあまり人を入れないほうがいいかもしれませんね」
「やっぱりオーラのことは皇太子殿下にも言わない方がいいのかしら。もしかしたら気づいているんじゃないかと思うんだけど」
ナリッサの問いに、「今は黙っておいたほうがよろしいかと」とノードは即答する。
「でも、陛下からすでに聞いている可能性もあるわ」
「それはありません。もしそうだとすれば、イブナリア王族の扱いについて皇太子殿下は皇帝陛下と対立する意思を示したことになります。でも、今のところ皇太子殿下からそのような剣呑な空気は感じられません。ザワついてるのは周囲の貴族だけです」
「なら、どうして態度が変わられたの?」
その疑問をまだナリッサは引きずっているようだった。
「先日ユーリック殿下が言われたままだと思いますよ。ナリッサ様を貴族の謀略に巻き込まないよう遠ざけてきたけれど、それがあなたを傷つけていると知って頻繁に会いに行かれるようになった。ナリッサ様に〝お兄様〟と呼ばれて照れた顔はなかなか見ものでした」
「わたし、覚えてないわ。それに、皇太子殿下はもうわたしのお兄様ではないの。血が繋がっていないんだから」
ああ、もう、まどろっこしい。
兄妹じゃないってわかってもユーリックに構ってほしいのよね?
その事実を知ったユーリックがどうするか気になって仕方ないのよね?
あたしが両手のこぶしを握りしめてイジイジしてたら、憑依しそうな気配を感じたのかノードがローブの陰でガシッとあたしの腕を掴んだ。その手から「く・れ・ぐ・れ・も」という圧が伝わってくる。
スキンシップはもっと優しくしてほしいな。
「ナリッサ様は皇太子殿下を見返したいと言っていたではありませんか。皇族でなくともイブナリア王族の血を継いでいると分かった今、ナリッサ様の影響力は皇太子殿下の比ではありません。オーラを発現すればナリッサ様の願いは叶ったも同然ですよ」
優しく言ってるけど、「グダグダ言ってんじゃねえよ」って聞こえるのはあたしだけ?
……じゃないのはナリッサの目つきでわかった。やっぱり今のって皮肉だよね。
「殿下」
ノードは一転真面目な顔になり、ナリッサとゾエがビクッと肩を縮める。
「現在のグブリア帝国でナリッサ様の素性を明かすことはかなり危険が伴います。オーラを隠すのは銀色のオーラと違ってそれほど難しいことではありません。その証拠に金色のオーラは滅びたと思われています」
「明るい場所ではオーラの色が判別できないと公爵様が」
ゾエが言うと、ノードがうなずいて肯定する。
「金色のオーラの発現は治癒にあたっている時がほとんどです。他者を救おうとする強い想いが発現を誘発するのだと言われていました。銀色のオーラのように夜中襲われて突発的にオーラを発現するようなことはありません」
ケケケッとジゼルが笑った。
「それなら昼間の事件が金色のオーラを発現させようとしたやつの仕業というのは見当はずれということか」
「いえ。金色のオーラの発現要因を知っている者はほぼ皆無でしょうから、その可能性は捨てられません。イブナリア研究者のゾエさんはご存じでしたか?」
いえ、とゾエは首を振る。
「やはり、イアンは面白い」
自分に視線が集まったことに気づき、ジゼルは「アッ」と明後日の方を向いた。さすが、あたしの本質を受け継いだうっかりさん。
「ジゼル殿、ベルトラン卿は知っていたのですか?」
ノードが詰め寄る。
「ハッキリとは分からん。オーラの発現事由がどうのと言っていたから、おそらく発現要因が銀色のオーラと同じではないかもしれない、くらいは考えてるんじゃないか?」
「ベルトラン卿とずいぶん仲良くなられたようですね」
嫌味っぽく口にしたノードの視線が、さりげなくあたしにも向けられる。
「変人で腹黒だけど悪いやつじゃないですよ」
イケメンだし。
「変人で腹黒が悪いやつじゃないというのは矛盾してませんか?」
うっかりあたしに返事をしたノードを見て、ジゼルがケラケラと笑いだした。うっかりコンビがうっかりトリオに増員。
ナリッサとゾエはポカンと口を開け、笑い転げる猫と挙動不審の魔塔主を交互に見ている。
「すいません、口が過ぎました。以前ジゼル殿から聞いていたベルトラン卿の評価とはずいぶん印象が違ったもので」
「ではそろそろ」と、ローズの遺品を脇に抱えて逃げるように口にするノード。あなたのせいですよ、みたいな目で見られてもあたしのせいじゃないもん。
プイッとそっぽを向いたあたしの視界の隅に青と黒の光の渦が見え、あたしは思わずローブを掴んだ。何やってんだ、って感じのジゼルの顔が光の渦に飲まれる。
「何やってるんですか」
ゲートの中で平衡感覚を失ったあたしの肩をノードが抱きとめ、ローブに包まれたあたしはようやく自分の足で立った。
「推し成分を充電しないと足りないんです」
「わたしに分かる言葉で言ってください」
「分からなくていいです。もう充電できましたから」
意味が分からないという顔で肩をすくめ、ノードはあたしの頭をなでる。まだあたしたちの周りでは青と黒の光がぐるぐるしている。
「ノードから見たら、あたしはナリッサと同じくらいの子どもですか?」
ノードの「ふむ」を、あたしは今までで一番間近で見ている。
「ある意味ではナリッサ様よりも子どもですね」
「えっ」
「サラさんは本当に不思議な人です」
ノードがもう一度あたしの頭をなで、周囲を覆っていた光の渦が消えた。そこは本の溢れる書斎ではなく、真っ暗な森の中。近くにジゼルの気配を感じた。
「おやすみなさい、サラさん」
枕元で親が子どもにするみたいに、ノードはあたしの額にキスするとあっという間に光の中に消えてしまった。
あたしは手のひらで額を押さえ、今の出来事を頭の中でリフレインする。このまま夜が明けちゃうんじゃないかと思っていたけれど、キスシーンを五回反芻したところで「捨てて行かれたのか」と頭上からジゼルの声がした。
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