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新しい教室。新しい机と椅子。空っぽのロッカー。そして、このクラスにはゆたやんもミカンもおらんねんな。そう思うとなんか急に不安になって来た。でも、「よし!」と言って両手でペチペチほっぺを叩く。いかんいかんもう2年生なんや、しっかりせな。わいはそう思って自分の席を探した。机に名前の書いた紙が置いてある。一番後ろの真ん中やった。
キンコンカンコンとチャイムが鳴って、すぐに男の先生がやって来た。短髪の眼鏡をかけた先生や。お父ちゃんぐらいかな。運動会の時とか音学会の時とか大きな声で皆んなに声かけていたの覚えてるわ。
「1組の皆んなおはよう! さあ、席について。皆んな自分の席わかるか? 分からん人は先生に聞いてな」
みんんながザワザワしながら自分の席を探して着いた。それを見て先生は汚れひとつない綺麗な黒板に「河路 幸ノ助」と大きく名前を書いた。
「先生の名前は『かわじ こうのすけ』です。これから1年、みんなと楽しく勉強していきたいから。よろしく。去年までは4年生のクラスを担当してました」
あ、じゃあ。お姉ちゃんの学年の先生やったんや。
「それから、こっちおいで」
と先生が言うと、横にでかい力強そうな男の子が入って来た。教室がざわざわする。
「今日から、みんなと一緒に勉強する事になった畠山健吾君や」
先生は黒板に、これまた大きな文字で『畠山健吾』と書いた。
「あいさつできるか?」
彼は大きく深呼吸を一つして
「畠本健吾じゃけん。よろしゅうお願いします。あ、えっと、向こうでは野球をやってました」
といってペコリと頭を下げた。教室がシーンと静かになる。
「よし。じゃ、あの後ろの席、あそこに座ってくれるか」
そう言って、わいの横の席を指差した。
「みんな、畠山君はまだこの学校のことよく知らないから、いろいろ教えてあげるんやで」
彼がドスドスやってくる。デカい。これまたミカンとは別のデカさ。そして力強そう。超分かりやすい一言で言えば、そう見た目は「ジャイアン」や。そのジャイアンがドスっと椅子に座って、こっちを見た。
「畠本健吾じゃけん。よろしゅう」
じゃ、じゃけん? なんや。なんや。怖!
それが、わいの第一印象やった。
「じゃけん?」
「お、おう」
なんか怖くて緊張する。今まではここに ゆたやんがいて、なんでもふざけたこと話せてたのに。彼はなんか得体が知れん。どない話しかければええんやろ。そんなこと考えていたら、すぐに始業式に行く事になった。背の順に並んで体育館へ移動する。かれはデカいから後ろの方。わいはちょっと小さいから真ん中より前の方。ここで彼と別れたんやけど、気になって気になって仕方なかった。始業式では校長先生がなんか言ってたけど、何を言ってるのか全く頭に入ってこんかった。
教室に戻っても、いろんなプリントが配られたり、明日からの連絡事項を聞いていたら、あっという間に帰る時間になってしまってなんの話もできんかった。彼となんかしゃべりたいけど、なんか怖いしなー。なんて言えばええやろ。
そんな時、彼はプリントのあまりを返して戻って来たかえり、ドスっと椅子に座ってこっちを見た。
「畠本健吾じゃけん。よろしゅう」
な? またあいさつしてきた。
「じゃけん?」
「おう」
「……」
あ、なんかデジャブってる。
「あのー、名前? けんごじゃけんくん?」
「あー?」
「けんごじゃけんくん」
「あほか! じゃけんって名前ちゃうわ。わし、畠山や、畠山健吾。よろしゅう」
「そう。じゃ、健ちゃんでええ?」
「け、健ちゃん?」
「名前。呼び方」
「わ、わし、ちゃん付けで呼ばれたん初めてや」
「呼びやすいから健ちゃんで」
「お、おう。ええで」
「われ、なんて呼べばええ?」
「みんな わいのこと『なっちゃん』って呼ぶで。じっちゃんとかは夏生って呼ぶけど」
「なっちゃん。なんか可愛い呼びかたやのう」
「あかん?」
「いや、じゃ、われは『なっちゃん』で、……ええんかいの?」
「うん。ええで健ちゃん」
そう健ちゃんに返事した時、始めて健ちゃんの顔がちょっとゆるんだ気がした。
「健ちゃん、じゃけんってどう言う意味?」
「えっ?」
「じゃけん。わい、初めて聞いた」
「意味なんてない、たぶん」
「かわってんなー。健ちゃん、自分のこと『わし』って言うし」
「あほか。な、なっちゃんだって、自分のこと『わい』っていいよるやん。そがいな奴、いままでおらんかったわ」
「あー。わいは、じっちゃんが、自分のこと『わい』って言うから、『わい』も『わい』のこと『わい』って言ってるんや」
「おー、そうか。わしは父ちゃんが『わし』じゃけんのう、ほいじゃけぇ、『わし』も『わし』じゃ」
「ハ、ハハ」
って変な笑いが二人の間に起きた。なんか、よー意味わからんけど、ちょっと気が楽になった。ハハ。
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