6人が本棚に入れています
本棚に追加
その日の帰り道。わいは健ちゃんの帰るルートから一緒に帰ってみる事にした。わいの住んでる団地とは違う方向で、途中に割とデカい公園を通る。
わいはずーっと頭のなかで迷っとった。どうやったら健ちゃんを笑わせられるんか。もういっそのことドーベルマンをやってみるか。……いや、いや、ないない。ここはマー君の掛布でいこう。受けんかっても野球好きやから何か通ずるやろ。
「なっちゃんの家ってこっち?」
「ちゃう」
「じゃ、なに? 何かブツブツ呟きながら後ろついて来て気持ち悪いわ」
「聞いてくれる?」
健ちゃんが立ち止まる。
「なんか真剣やのう。まあ、聞くだけ聞いたるわ、ゆうてみぃ。なんや?」
わいは覚悟を決めた。深呼吸をしてバットを持った(ふりをした)。そして、全身全霊を掛布に注ぎ込む。ふらふらを誇張してバットを振り。
「掛布からの…ランディバース!……そして岡田」
「……」
あっかーーん! 完全にスベッた。健ちゃんの目が痛い。
「バカにしとん? わしカープファンやで」
ガーーン! 終わった。
え、そうなん? 野球ファンってみんな阪神ファンとちゃうんか。
ええい、もうやけくそや!!
「ヤーー! めん、どう、めん、どう、ドーベルマン!!」
わいは渾身力を込めて両手を耳に犬の格好をした。
健ちゃんはフッと鼻で笑うと「あほやな、なっちゃん」と呟いて歩いていった。
ダメージデカすぎる。わいは燃え尽きた灰のように真っ白になった。
あー、わい、おでこに「ギャグセンスなし!」の烙印が……
風が吹く。
悲しみを乗せ、ただ風だけがふきすさぶ。
ハハ、ハハハハハハ。
でも、わい頑張った。良くやったでなっちゃん。
しばらくして健ちゃんがまた立ち止まってこっちを見た。
「あほやな、なっちゃん。でも、あほやけど怖おうないな。ハハハ」
「へ?」
「ハハハなっちゃんは怖ないわ」
「へへへ」
「ハハハ」
健ちゃんが笑った。
「笑わんとってくれるかいのう?」
「なにが?」
「わし、実は怖かってん。関西弁。なんか早口やし。怒られてるような感じするし。怖かったんや」
「うそやん。だって、わいは健ちゃんの方が怖かったで。じゃけんじゃけんって言うし。われって言われたし」
「え、ふつうじゃろそれが」
「なんでやねん」
「ハハハ」
健ちゃんがまた笑ってくれた。
「ほいじゃけ、学校行くのにお守り持って来ててんけど」
そう言って、健ちゃんは手提げ袋から野球のボールを取り出した。
「これ、わしの宝もん。なっちゃんには見しちゃるわ」
手渡されたボールは真っ白い綺麗な皮に赤い糸のステッチ。皮の匂いがする綺麗なボールやった。わい、この時は詳しく知らんかったけど、これは硬式球って言って小学生では使わんボールらしい。
「引っ越す時に前いた野球部のみんなにもらったんじゃ」
ボールにはマジックでいろんなメッセージが書いてあった。なんか重いなこのボール。わいも、1年生の時に転校していった『かっちゃん』っていう友達に、雪だるまあげたん思い出した。あれは溶けてもうたけど。でも、そんな思いがあるんやろな。このボールにも。
「野球部入るん?」
「怖いから迷ってた。だってみんな阪神ファンじゃろ。わしカープファンやで。バレたら刺されるんちゃうか」
「まさか」
「……でもやっぱ入りたい。野球部のみんなもなっちゃんみたいに怖なかったらええんじゃけえのう」
「大丈夫や」
「そや、なっちゃんも野球やろうぜ。な、一緒に入ってくれたら、わしも怖ないわ」
「いや、やらん」
だって速い球怖いもん。デットボール痛そうやし。ごめんな。
「……」
即答されると思ってなかったのか、健ちゃんはポカンとしとった。
「ま、それはそれこれはこれ、友達になろう。これから1年間よろしく」
わいが健ちゃんにボールを返すと、
「おう、今日から友達や。よろしゅう頼むわ」って健ちゃんは笑っとった。
ま、そんなこんなで、何ととか健ちゃんを笑かして友達になる事ができたんや。
あ、そうそう。後日、健ちゃんのイラストスペースには赤ヘルとバットが描かれとった。そして、先生にも「それ行けカープ 〜若き鯉たち〜」っていう歌リクエストして困らせとった。
Fin
最初のコメントを投稿しよう!