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街の喧噪から外れた一角に一軒の建物が佇んでいる。
「篠ノ井診療所」と記されたその建物は、温かみのある木目調の外壁に包まれて落ち着きのある雰囲気を醸し出している。
蝉の鳴き声が響く夏のある日、診療所の一室で院長の篠ノ井勇作は看護師の飯野鈴と共に一人の患者を待っていた。
「飯野さん、十三時から予約していた堤さんはいらしているかな?」
「ええ、今は待合室の方でお待ちです。こちら、問診票になります」
篠ノ井はバインダーに挟まれた一枚の紙を受け取る。さらりと目を通し、「何か気になることなどございましたら、記入してください」という欄に目を止めた。
「夢を見たことがありません……か。最近は特に多いな。この患者もかい?」
「おそらく『DSS』だと思われます」
Dreamless Sleep Syndrome――通称『DSS』。別名を睡眠時夢無症候群と言う。DSSはその名前が示している通り、世間一般的には夢を見ることができない病気だと言われている。
DSSの症状には今までに一度も夢を見たことがないというものが含まれる。夢を覚えていないのではなく、夢を見たことがないらしい。
「どうしてDSSなんて症状が出来上がるんだろうね。どうゆうバグなんだろうかね。それとも――」
「先生、それ以上は……」
篠ノ井の話を遮るように飯野が割って入った。
「失言だった。とりあえず堤さんを通してくれ」
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