共犯者と運命共同体

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 しかしとにかく応急処置をしなくてはならない。直哉は応急処置の基本どおりに男性の呼吸を見てから、胸骨圧迫、人工呼吸、もう一度胸骨圧迫を行って男性に声をかけた。しかし、直哉の震えた声は早朝の静けさの中に少しこだましてから消えていった。  誰がどう見ても、男性は即死だった。それでも、直哉は息を切らせながら必死に応急処置を続けた。応急処置の前に救急車を呼ばなくてはならないことはもちろん知っている。それでも通報しなかったのは少し前から直哉自身、もう彼が死んでしまっていることに気付いていたからだ。その証拠にもう脈も動いていなかったし、首も含めて身体のあらゆる部位が見たこともない方向に曲がってしまっている。  とうとう動かす手を止めて呆然と立ち尽くした。自分の中で何かが音を立てて崩れていく。直哉はまだ自分がしたことを受け止めきれずにいた。  これからどうすればいいのだろう。今は仕事に向かっている途中だった。このままではようやく日々のサイクルに慣れ始めた仕事も、家で帰りを待つ彼女も全て失ってしまう。彼女のお腹の中には、もう一つの小さな命が宿ったばかりだというのに。  迷った末に直哉は決意した。周りを見渡して、誰か目撃者がいないか確かめる。不幸中の幸いではあるが事故が起こったのは見通し悪いT字路で周辺に住宅は少なかった。近くに一軒あるのだがその家は平屋ながらも、白い塀に囲まれていたためこちら側の様子は見えないはず。数十メートル先にはアパートが建っていて何階からでもこちらの状況は丸見えのはずだが、距離が離れているため衝撃音は聞こえないと思う。今現在も誰かが騒ぎを聞きつけてやってくることもなかった。  もう一つ幸いなことに、直哉の車はボンネットが少しへこんでいる程度でその他に外傷はなく、男の血が少し付着している程度だった。どうやら、地面に強く頭をぶつけたのが致命傷になったらしい。
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