共犯者と運命共同体

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 そこで、店員がコーヒーを運んできたので一旦話は中断された。その間に、話の内容を頭の中で整理した。店員が去っていくのを確認してから直哉は言った。 「つまり、君が僕に手を貸してくれる理由は憎きストーカーを殺してくれてからその感謝のしるしというわけですか」 「そういうことです。あなたは私をあの男から解放してくれたんです」 直哉は運ばれてきたコーヒーに一度口をつけてから言った。 「でも、納得できませんね。だって君はそのまま見て見ぬ振りをすることだってできたはずだ。もしくは、すぐに通報することだってできた。そうすれば全ては丸く収まるはずなんだ。なのに、どうして共犯までするリスクを選ぶんです?」 「通報なんてしませんよ。だって私はあの男に死んでほしかったんですから――大きな理由を挙げるのなら、私はあなたに対して少なからず申し訳ない気持ちがあるからです」 「申し訳ない気持ち?」 「そうです。男があの場所にいたのは、私の住んでいるアパートを盗み見ていたからなんですよ。それを出社途中のあなたが轢いてしまった。つまり、あの男の自業自得であり、その責任は少しくらい私にもあります。それであなたが殺人犯になってしまうのは、どうにも息苦しい気持ちになってしまうんです」  ようやく彼女の言いたいことは理解できた。彼女はあの男がこのまま法の手続きに沿って、整えられたお墓の中で永眠することが許せないのだ。今まで様々な恐怖を与え続けてきた相手に少しでも復讐をしたいのだ。そして、あの男の死んでしまったために一人の関係のない人間が有罪となるのが許容できないのだろう。    死体処理をどうすればいいか悩み続けていた直哉は、ずっと誰かに相談したい衝動に駆られていた。何度も麻衣に全てを打ち明けてしまおうともした。それでもしなかったのは、相談してしまったら罪の意識を共有することになってしまうからだ。そんなことは絶対あってはいけないし、直哉自身全く望んでいない。  それは今目の前にいる彼女に対してもやはり同じことだった。  ややあって、直哉は言った。 「やっぱり考え直した方がいいです。もう君はあの男のストーカーから解放されたんだ。自ら進んであの男の呪いに縛られる必要はないですよ。――君はまだ引き返せる。処理は僕一人でやります」  直哉がそういうと伝票を持って立ち上がった。彼女には申し訳ないけれど、やっぱり彼女の判断が正しいとは思えなかった。この問題は僕一人で解決するべきだ。 「ゴミ置き場の下に隠した血を消しておいたの、私なんです」と彼女は唐突に言った。「もう私も引き返せないところまで来てるんです。どうかお願いです。私にも手伝わせてください」  直哉は軽い立ち眩みを感じて、直哉はもう一度席に座り頭を抱えた。  なんていう事だ。あの血を誰かが消していたことは分かっていたけれど、それが彼女だったなんて。ものの一言で、直哉が彼女の為にできることが手を引かせることでなく、共に犯罪を成し遂げることに変わってしまった。 「じゃあ、僕もあなたに感謝しなくちゃいけないようですね。――もし、あの血消えていなかったらもう誰かが通報していたかもしれない」 「その可能性は高かったかもしれません。なにせ、運悪く今日は可燃ごみの日でしたから。それもあって、すぐに血を落とすことに決めたんです」  それで昼休みに向かった時にはもう血痕は残っていなかったのか。直哉は一抹の安堵感を覚える一方で、彼女も事件すでに両足を突っ込んでしまっていることに罪悪感を抱いた。
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