隔たり

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その日は何故か早く起きた 鳥のさえずりとカーテンの隙間から溢れる朝日 薄く目を開けると、あの人はネクタイを締めていた あ、あれ いつかの誕生日に私があげたやつ やっぱりスーツ姿 かっこいいな 「おはよ。」 「あっ、起きてたんだ。お、おはよ。」 「どうしたの?そんなに驚いて。」 「いや、支度の時に起きるなんて珍しいなって。」 「なんか、ね。目が覚めちゃって。」 「そ、そっか。」 流れる沈黙 いつもと違う朝 ネクタイを結び終わったあの人に上着を渡す 「私に、何か話したいの?」 「きゅ、急になんだよ。」 焦るあの人 上着を羽織り、踵を返すあの人の背中を見つめる 「私に、何か話したいんでしょ?」 ため息が聞こえる そして、深呼吸 振り向きざまに私を見つめるあの人の目は 今までで一番真剣だった 「好きな人ができた。だから、別れて欲しい。」 「…そう。」 「帰ったら言おうと思ってた。朝だと話せないと思ってたから。」 「………。」 「別に不倫してたとかじゃない。証拠も見せる。昔好きだった人から突然連絡が来て、お前とのことを相談するうちにそういう話になって… でも、お前とちゃんと別れてから、それからちゃんとお付き合いしたいって…そう、思ったから。」 「………そう。」 「勿論、簡単な話じゃないのはわかってる。お前の意思だってあるだろうし、これがうまくいく保証も、一時の気の迷いじゃないって保証もない。それでも、俺はし…」 「仕事、遅れちゃうよ。」 「あ…ほんとだね。…ごめん。」 急いで身支度をするあの人 革靴を履き、私を見つめる 「また帰ったら、ゆっくり話そう。」 「うん。」 「いってくる。」 「うん。」 「今日は、早く帰るから。」 「わかった。」 「じゃあ、いってきます。」 「いってらっしゃい。」 あの人がドアを閉めるまで 「待って!」 抱きしめて キスをする それが朝の  おまじない 「いつも、ありがとう。」 「………いってきます。」 私は手を振り続ける あの人がドアを閉めるまで 暗く取り残された玄関で 階段を降りるあの人の足音が消えるまで 私は手を振り続ける 今日から私は あなたの妻じゃない いや あなたの中では いつから私は そんな 当然のことが ………
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