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第4話 旅は道連れ
「じゃあ行くよ」
「……」
旅立ちの朝、ステファノは軽く別れを告げた。
バンスは黙って弁当の包みを押し付けてきた。
「ありがとう。元気でね」
「――目が出ねえようなら帰ってこい。下働きで使ってやる」
「その時は頼むよ」
くるりと背を向けて、ステファノは歩き出した。その一歩が生まれ育った街との訣別だった。
呪タウンまでは馬車で1週間の道のりであった。ステファノにとって初めての長旅であり、馬車での旅もまた初めてだ。
町の中央広場で乗合馬車に乗り込む。他の客がキャビンに収まった後だ。ステファノの席は御者の横である。
「おう、あんちゃん。よろしくな」
御者のダールも店の顔馴染だ。ステファノが家を出ることも承知している。
「呪タウンまでよろしく」
ステファノはぺこりと頭を下げた。
旅の間、ダールの手伝いをする条件で運賃を半分に負けてもらった。馬の世話や馬車の手入れ、野営時の段取りなど、ダールも手伝いがあれば楽をできるのだ。
そんな事情でステファノの席は御者台なのだ。客扱いはしてもらえない。
御者台に上ると、ステファノは背負っていた背嚢を尻に敷いた。
「旅は初めてじゃねえのか?」
ダールが目を細める。
「馬車の旅は初めてだよ」
「それにしちゃ慣れたもんじゃねえか」
馬車は揺れる。30分も乗っていれば尻が悲鳴を上げるのだ。そのことに備えて、ステファノは背嚢の上に座ったのだ。
「荷馬車なら何回か乗せてもらったよ」
荷運びの手伝いをする代わりに、荷馬車に乗せて貰ったことがある。
「旅の練習になるかと思ってさ」
「また用意の良いこった」
ダールは半分呆れたようだ。
「家出の練習をする奴がいるとは恐れ入ったぜ」
「家は出るけど、家出じゃないよ」
背嚢の具合を確かめながらステファノは返事をした。
この街を捨てた訳ではないのだ。
「そうかい。とにかく長旅だ。よろしく頼むぜ」
「うん――いや、はい。手伝うことがあれば言ってください」
「おう、良い心掛けだ。遠慮はしねえぜ」
「出発しやあす!」
ぴしりと馬に鞭を当てると、馬車は音を立てて走り出した。
「今日は晴れが続きそうだ」
「よくわかりますね」
「ふん。山を見てみろ。天辺にちょこっと雲が掛かっちゃいるが、ここ1時間動いてねえ。こういう日は天気が崩れねえんだ」
「なるほど」
この辺りはステファノの生まれ故郷である。当然天気の読み方もある程度承知していたが、街から街を動き回っているダールは違った知識を持っているかもしれない。
いや、必ず持っている。
だからステファノは尋ねる手間を惜しまない。知恵という武器を磨くために。
自分にはこれしかないのだと。
「俺は馬と街道の様子から目が離せねえ。お客さんの様子見はあんちゃんに任せるぜ」
前方を見ながらダールが声を掛けてきた。
街道とはいっても土を固め、石を退けただけのものだ。下手な所を走れば、車輪が嵌ってしまったり、車軸を傷めてしまう。御者には細心の注意が必要なのだ。
「わかった。具合が悪くなる人がいないかどうか、気を配るよ」
尻の痛みと共に乗り物酔いも厄介だ。旅では体調を壊しやすいので、病人が出ることもある。
「察しが良くて何よりだ。気が付くことがあったら何でも言え」
「はい」
助手席に座りながらステファノは四方に気を配る。客席から聞こえてくる音はもちろんだが、前方の様子からも目を離さない。
ダールが窪みや石をどう避けているか、手綱をどう扱っているか。馬の足音、呼吸のリズム――。
「ダールさん。ちょっと良いですか」
「何だ?」
前方を見つめたままダールが聞き返す。
「馬の様子が変じゃありません?」
「何だと?」
身を乗り出すようにして、ダールは馬の様子を伺った。
「何もねえぞ。元気なもんだ。呼吸も乱れてねえ」
ダールの声は不審気だ。
「停めてください!」
「どうどう!」
ステファノの気迫に圧されて、思わず理由も聞かずにダールは馬車を停めた。
「お客さん、すいやせん! ちょっと馬の様子を見やす」
キャビンの仕切りを開け、客席に声を掛けると、ダールは御者台を降りた。
「何だってんだ全く」
ボヤきながらも馬の様子を見に行く。もしものことがあっては許されないのだ。
「ほうほうほう――。よしよし。おい、あんちゃん。馬の目の色もおかしくねえし、足も気にしてねえ。一体何が変だって――」
型通りに馬の体を調べていたダールが1頭の馬の足元に屈み込んだ。
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