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1 別れと再会の始まり
この世界には2つとない、美しい青色だと騎士は思った。
「ランスロ、ランスロ、いつまで私を見つめているの。しっかりとボートを漕がなければ進まないじゃない。」
「申し訳ありません、青色の湖面を見ながらボートを漕いでいたのですが、グネビア様に視線を移した時、湖面の色が褪せてしまうほどあなた様の瞳の青色が美しくて、動けなくなってしまいました。」
「毎日鏡を見てもあまり気がつきませんでしたが、世界最強の騎士を金縛り状態にしてしまうほど、私の瞳には魅力があるのですね。」
「外見だけの美しさだけではありません。城下から悲しい子供の泣き声が聞こえただけで心を痛められる優しい方、子供のころから御一緒させていただいている私は、グネビア様の内面の美しさをよく知っています。その美しさも加わり、2重に御瞳を美しい青色に輝かせていると思います。」
「ありがとう。」
「さあ、今からはしっかりと漕ぎます。」
湖からは、遠く離れた高い山脈が雪をかぶり真っ白で、この平野を取り囲んでいるのが見えた。
王女と騎士はボートに乗りながら、日常のたわいもない話を続けていたが、互いに強く挽かれ合っている2人にとっては、幸せな時間だった。
体中が傷だらけで、相当の深手を数多く負っていた。
気を失いそうになるのを必死にこらえながら、騎士はよろよろとした足取りで宮殿の謁見の間を、玉座に向かって進んでいた。動くたびに彼の血が絨毯にこぼれ落ちていた。
奏上役の家臣が大きな声で告げた。
「ランスロ様、ナイト・グランドクロスがお戻りになられました。」
ファンファーレのラッパが鳴り響き、両側にいた多くの貴族や王の家臣達が盛大な拍手をした。ところが、瀕死の重傷を負っている騎士には、割れんばかりの拍手など全く聞こえなかった。
(早く、早く、前に進んでグネビア様のお顔を見なければ………)
騎士は、王女と出会った10年前のことを夢のように想い出していた。
彼の家は国の軍事を司る公爵家であり、10歳の時、騎士を育成するマスターでもある父に連れられ、初めて王に謁見し王女に出会った。
「我が息子、ランスロでございます。士官学校に入学しておりますが、既に剣技や軍略では誰もかないません。騎士になった時に国の宝剣を賜れば、その力を存分に発揮させることができるでしょう。」
王が驚いて言った。
「かって、世界最強の騎士と呼ばれた公爵に宝剣を与えようとしたが、使いこなせないといって辞退した。その宝剣をランスロは使いこなせるのか。公爵は自分の息子だといって、贔屓することはないことはよく知っている。」
「自分の息子だということを完全に度外視して、騎士のマスターとして申し上げます。全ての闇、魔、災いを切ることができる宝剣プライラスの真の力を引き出すことでしょう。」
幼い王女が強い口調で質問した。
「ランスロに聞く。騎士になり、我が国の宝剣を身に帯びた後に、人間を超えた最強の力を持つことなるでしょう。何もかも思いのままにできるはずです。あなたは、その宝剣をどのように振るうのか。」
幼い騎士は応えた。
「私は、国王様、王女様の臣下として、この国の剣になりましょう。臣民の幸せのためだけに、私は宝剣を振るいます。」
幼い王女は笑いながら言った。
「すばらしい。わたくしはランスロをおおいに気に入りました。この謁見が終わった後、わたくしの部屋に来てください。おいしい菓子があります。」
「はい、わかりました。」
騎士はようやく玉座の前にたどり着いてひざまづいた。そして最後の力を振り絞って、王に報告した。
「魔王軍をネビス山の裾野で全滅させました。」
玉座の横に座っていたグネビア王女の方に目を向けた。
目が合った王女が泣声で言った。
「ランスロ、そなたは多くの臣民を避難させるため、1人で魔王軍の前に立ちふさがったそうですね。王都に避難してきた何千人もの子供達がその勇姿を見たと、泣きながらそなたを讃えていました。」
「王女様、困難に遭っても決して逃げださず、責任を全うする姿を多くの子供達が見てくれたのですね。それに………」
呼吸が苦しくて、騎士の言葉はそこで止まった。
(あなたのお命を守るためにも、一歩も引けませんでした。)
次第に遠のく意識の中で、騎士は最後の夢を見た。
魔王軍との戦いに向かう前に、王女に会っていた。
「ランスロ、大丈夫ですか。魔王軍は我が軍の10倍の兵力だと聞いています。さらに、魔王ゲールが直々に率いているそうじゃないですか。」
「大丈夫だと言えば嘘をついたことになるでしょう。ただ、どれほど困難な状況であろうとも、騎士としての義務を果たします。」
「私の騎士よ、約束しなさい。必ず無事に戻って元気な姿を見せなさい。あなたはこの国、臣民のために命を投げ出すことを決意していますね。ですが、私はあなたが戦場で死ぬことを決して許しません。」
「………」
「このグネビアのために、どんな姿でもいいから戻って。」
「………」
「お願いだから。」
「わかりました。」
もう騎士の体中の感覚は無くなっていたが、王女に抱きしめられていることはわかった。
「ランスロ、しっかりして。」
騎士はささやくような小さな声で、王女に最後の別れを告げた。
「グネビア様、私はこれからどこに旅立つとしても、あなた様のお顔を永遠に忘れないでしょう。」
騎士がこの世で見た最後の視界には、王女の泣き顔が焼き付いていた。やがては騎士は、永遠に静かに目を閉じた。
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