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ランスロが公爵の城に帰った後、2人で夕食を食べていた時に母親のエリザベスがグネビアに言った。
「今日はほんとうにびっくりしたわ、グネビアがランスロ様を連れて来るなんて。」
「ほんとうに奇跡的な出会いだったの。知らないうちに森の奥に迷い込んで、シルバーウルフの群れに囲まれ命が危ないと思った瞬間に、ランスロ様が私の前に現れ救っていただいたわ。」
「そう、まるで神話のようね。王女様の命に危険が迫ったぎりぎりの場面で、勇敢な強い騎士が現れて王女様を救うのよ。」
「………」
「グネビア、今日はよく泣くのね。とても心配だわ。悲しいことがあるのなら、私に話して。」
グネビアは母親に全て話したいと思ったが、母親をひどく苦しめてしまうことを恐れ、心の中で慎重に選んで話し始めた。
「母様、私がこの世の中で一番大切だと思う人がいて、その人が必ず死んでしまう未来を私は知っている。その人は、自分の命よりも名誉を守ることを選ぶ立派な人よ。」
それを聞いて母親は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに優しく微笑んでグネビアの顔を見つめて言った。
「グネビア、一番大切な人を守るために最強の魔法があるわ。」
「なんですか。」
「祈ることです。あなたの一番大切な人が死なないで名誉を守ることができるよう、心の底から祈りるの、その人への愛が強ければ必ずそうなるから。」
「ありがとう。母様。」
魔王ゲールの城は、人間界とは次元の異なる暗闇空間にあった。
魔王は、10年前に戻り平民と交換転移したグネビアを、参謀のラモンに命じて監視していた。グネビアが森で迷っているとの報告を受けて、シルバーウルフの群れを放って始末してしまうよう命令したのだった。
「魔王様、シルバーウルフがグネビアに襲いかかった時、既にランスロが一緒にいてグネビアを守り、群れの半分を切り捨ててしまいました。まだ幼いのに、恐るべき力です。」
「よりによって、グネビアはランスロの父が治める公爵領の平民の娘と交換転移したのか。絆を断ち切るどころか、これでは、以前のような強い絆になってしまうじゃないか。」
「魔王様不思議ですね、時間をさかのぼり、王女グネビアを交換転移させる魔法を発動させた砂時計を調べてみましょうか。」
「そうだな、砂時計をここに持ってきてくれ。」
魔王は家来に命じて砂時計を持ってこさせた。
「私はランスロが放った宝剣プライラスの光を受けて、消滅してしまう寸前のところ、なんとか1個の細胞だけ空間転移して逃げることができた。」
ラモンが聞いた。
「なんで、空間転移先がこの砂時計になったのでしょう。」
「わからない。だけど細胞1個だけの私の魔力だけで、魔法を発動することができた。複雑な古代の魔法術式が刻まれていて、完全に理解していたわけではないが。」
「魔王様、どうでしょうか。得体のしれない砂時計など壊してしまいましょうか。」
「ラモン、それはダメだぞ。そんなことは考えたくもないが、10年後にまたランスロに破れた時、再び時をさかのぼって私が復活するのにつかえるじゃないか。」
その時、砂時計が生き物のように宙に舞った。そしてしゃべった。
「魔王ゲールよ。それはできないぞ。」
空間に大きな姿が投影されていた。魔王は大変驚いた。
「大魔法使いクレスト!!!」
かつて、暗黒空間にある魔王ゲールの城を完全に封印しつづけた大魔法使いだった。その封印は500年にも及んだが、その大魔法使いが老衰でこの世を去った後は解けてしまった。そのため、魔王軍が人間界に侵攻できるようになったのだった。
「私はこの世を去る時、人間界のことを考えてこの砂時計を作ったのじゃ。宝剣プライスラスの光が放たれた後、魔王の細胞が1つでも残っていたら引きつけて時をさかのぼり、やり直すためにな。だが、やり直せるのは1回だけじゃ。私は人間の力を信じている。1回あれば必ず、人間はおまえを完全に消滅させるじゃろう。」
大魔法使いの残留思念はそこで消えた。魔王は激怒した。
「クレストのやつ、死んでからも私を苦しめるのか。ラモン、砂時計など壊して捨ててしまえ。」
「わかりました、魔王様。」
ラモンはその場に控えていた家来に指示し、砂時計を持っていかせた後、魔王に意見を伝えた。
「魔王様。私は秘策を思いつきましたが。」
「なんだ。言ってみろ。」
それから、魔王ゲールと参謀のラモンは密談を始めた。
王女マギーは大変怒っていた。
「なによ、ランスロ。お父様の臣下の息子のくせに、大勢の前で私に恥をかかせて。それと、お父様もお父様よ、私がいらいらするのもしかたがないじゃないの。」
グネビアと交換転移した元平民の娘だったが、彼女が平民だった頃の記憶は消えているようだった。さきほどまで侍女達にあたりちらしていたが、それを見かねた王がマギーに厳しく注意して、侍女達を王女の部屋から下がらせた後だった。
「マギー様、マギー様。」なにかが窓の外で王女マギーを呼んだ。
「なに。」
王女は窓に近づいて引き戸を開けた。すると、虹色の美しい蝶がひらひらと中に入ってきた。蝶は王女の目の前に留まり、話し始めた。
「王女マギー、あなたは王女として正しいことを言われた。『平民は、穀物を作らせたり、戦争で殺し合いをさせる道具』ですよね、王族はそれくらいのことを考えなければ、この世を治めていくことはできません。」
自分の言ったことを初めて肯定されたうれしさで、王女は、なぜ蝶がそんなことを話すのか怪しんだりしなかった。
「美しい蝶が、世の中の真理をわかっているのね。」
「それにしても、あのランスロはなんて無礼なやつでしょう。『あなたは私の王女ではなく、私はあなたの臣下ではない。』なんて、主人である王女様に宣言するとは、本来であれば処刑されてもおかしくありません。」
「ありがとう。」
「王女マギー、良いことをお教えしましょう。これから、ランスロが大嫌いであることを宣言し、悪口を言い続けるのです。いかに公爵の息子であろうとも、国王は一人娘の王女の意向を無視して、ランスロを重用することができなくなります。」
「そうよね。」
「国王様がお亡くなりになれば、あなた様がこの国の女王様になられます。そうしたら、ランスロの父の公爵位を剥奪し、追放してしまえばいいのです。きっと、ランスロの一家は路頭に迷うでしょうね。」
「蝶よ、宮殿の庭園に住むことを許します。さまざまな花が咲くので、いつまでも留まりなさい。」
「王女マギー、ありがとうございます。」
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