山頂までの道のりは果てしなく長い

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山頂までの道のりは果てしなく長い

 昔から俺は何かをした結果に得られる、達成感というものを感じたことが一度も無かった。だから突然の告白になるのだが、今日から俺は山に登ろうと思う。苦労して登って、山頂からの景色を見れば、恐らく達成感を得られるだろうから。  しかし俺にはまだ登山の経験が一度も無い。だからまずはどの山に挑戦するべきか、そこをしっかり考えてから登ることにしようと思う。  そう言えば、かつて祖父母の趣味が登山だったと聞いたことがある。昔は祖父母の家に行く度、玄関のところには山頂で撮った写真が壁を埋め尽くさんばかりに飾ってあったのだが、しかしある時からその写真は一枚も飾られなくなった。もしかしたらそれは祖父母の二人ともが身体に、障害を抱えてしまって登山に行けなくなったから、なのでは無いかと俺は思っている。  そんな祖父母が初めて登った山というのが日本一高い山なのだと言う。それもその当時で既に六十代を迎えており、年齢的にも若くない時分に。登山の経験も無く、だ。そしてどうやら日本一高い頂からの景色を見たことがきっかけで、祖父母は登山にハマったのだとか。  六十代だった祖父母に可能だったのだ。それなら二十歳を過ぎて数年しか経たない俺にも十分登ることは可能なのではないか? そう思った。しかし一つだけ考慮しなければいけないことがある。祖父母は普段から畑仕事を行ない、祖父に関しては毎日数キロの散歩が当たり前な生活を送っていたのである。そんじょそこらの高齢者よりも体力的に申し分無いのだ。その一方、俺はまだ二十代とはいえ、引き篭もりの生活をするようになって早数年。朝、昼、晩の食事の時間に三度、家の階段を昇り降りする程度しか普段は身体を動かさないのである。プラスアルファで、あとは同じ階の数メートル先にあるトイレに行く時か。それを思えば、祖父母と遜色ないくらいに……いや、それよりも体力が無いことが予想される。結論、日本一高い山に登るのは現状では難しいだろう。  それならば、ということで、それよりも少しだけ低い頂を目指すことにした。登頂するのに必要な道具を一つ一つ買い揃え、装備品がすべて揃って準備完了。そして登り始める。しかしいざ登り始めたはいいものの、そう簡単に頂からの景色を拝むことは出来なかった。すぐにバテた。俺にこの山は少しだけ、ハードルが高かったのかもしれない。やはりもう少し低い山から挑戦すべきだろう。  決意を新たにし、今度はもう一つ小さい山へと登ることにした。  今度は前に登った山よりも徐々に山頂へと近づいている実感があり、知らぬ間に、前の山で断念した時よりも標高の高い位置までどうやら来ていたようなのである。この調子で行けば、頂からの景色を見ることも叶うかもしれない……! いつの日か、そう思った。しかしそれはまたしても叶わぬ夢だった。  その後も標高を下げては挑戦を繰り返し、時には斜面が緩やかな山に挑戦したりと、試行錯誤を繰り返しながら……それでも、頂からの景色を見ることは叶わなかった。  しかし、だからと言って、諦めるという選択肢は既に俺の中には残されていなかった。何せ俺にはここまで登った数々の山……登頂するまでには至らなかったとはいえ、そこで得た経験というものがある。それを糧にすればいずれ、登ることも叶うだろう……ひょっとしたら今なら、日本一高い山に登ることも叶うかもしれない。  そうして繰り返していくうちに、気付けば自分の部屋に居た。  西日が差す机の上には、クリップで一つ一つ束にして纏められた紙の山が堆く積まれている。手には最高品質の万年筆を握り、四百字原稿用紙に向かう彼の少し離れた位置にはスマホが置かれ、そこには新設されたばかりの公募サイトが表示されていた。 「今度こそは!」  諦めるという考えは、彼の中には無かった。
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