15 新しい朝

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 漁業と葡萄作り以外の産業がなかったこの島の生活も豊かになっている。移住する人も増えてきた。シードは地価が上がる前に沿岸船の荒地を買い、そこに倉庫を設置して他国の商船から保管料を貰っていた。だから、こうして安定的な収益を得ている。 「そう言えば、初めて野宿した日も夜空がとても綺麗だったわよね」  ジャスミンの花の芳しい香りが漂う庭の葉陰で小鳥達が休息している。夏の星座の合間を彩るようにして幾つもの流れ星が落ちていく。  ナグルでは、赤い満月の夜に愛し合うと女の子が生まれると言われている。イリアの鼓動はトクトクと高鳴り、その頬は昂揚している。静かに見つめているだけで甘い感傷が胸に走っていくのが分かる。 「あたし、あなたに出会えて良かったわ。今、すこく幸せよ」 「それは、こっちの台詞だよ。あの日、おまえに一目惚れしたんだよ。おまえは小さな頃から可愛かったな。雑踏の中でも輝いていたよ。オレ、おまえと一緒にいたいと思った。頑張って泥棒を捕まえたんだぜ。どうしても、おまえの気を引きたかったんだよ」 「えー、そんなの、初めて聞いたわ」 「そりゃそうさ。今、初めて言ったんだからな」  初めてキスする恋人同士のように初々しい言葉を囁き合っている。 「オレは、初めて見た時から運命を感じていた。おまえがオレを幸せな方向に導いたんだ」  頬を寄せたまま微笑み合う。遠い昔に占い師が告げた言葉の意味が、今ならばちゃんと分かる。 『シード、おまえは最愛の人の為に死ぬのだ! いいね。おまえは死ななければならないのだよ!』  奴隷のシードは火事で死んだ事になっている。イリアだけを愛してくれる素晴らしい夫となったのは元王族の高貴な男なのだ。今、彼は、ナグル人の商人とし自由に暮らしている。  幸せに満ちた月光が胸の隅々へと広がっている。まるで、二人の為だけに世界が存在しているかのようだった。                          了
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