1 属州バースの夜明け

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「や、やめてくれ。本当に金髪の娘がオスベルの騎士階級なのかよ? も、もしかして愛人の娘なのか? あれはどう見ても生粋のバース人だぞ」 「おまえらみたいなバースの田舎者にも分かるように教えてやるよ。軍部の主計官に献金すればバース人の血を引いている国民も騎士階級になれるんだよ。オスベルってのはそういう訳のわかんねぇ国なんだよ。何でも金次第なのさ!」  シードはイラついた様に赤毛の顔を剣の柄で殴り飛ばすと男の前歯がポロンと転がったのだ。これはたまらんとばかりに、赤毛の男は失神している弟を肩に背負って逃げ出している。朝焼けの空にシードの声が響いた。 「二度と街に来るなよ。今度、おまえの顔を見たら串刺しにするからな!」  男達が去った後、シードが視線を後方に向けると表情を変えた。手折られた花のように儚げな様子で仰向けのままイリアが倒れていたからだ。悲しげに見つめたままシードが片膝をついた。まるで壊れ物に接するかのように静かに息を詰めている。  黒い睫毛の先を揺らし、涙のあとの残るイリアの頬を憩うように指先を落としている。 「可哀想に……。やっぱり、あいつを殺すべきだったな」  悔いるように唇を噛み締めていたが静かに立ち上がる。ヒューと短く指笛を吹くと、鹿毛のツヤツヤとした毛並みの馬が駆け寄ってきた。  彼は、華奢なイリアをフアリと馬の背に乗せると馬の手綱を握り馬を旋回させた。丘の中腹にあるイリアの邸宅へと進んでいる。馬の蹄の音がポクポクと響いている。近隣の館の厨房からは煮炊きの匂いが漂っている。朝日が街並みを照らしている。イリアの金色の髪に煌めきを与えている。    殴られて朦朧としているイリアは目に涙を浮かべて震えながら呟いている。 「シ、シード、助けに来てくれたのね……。ありがとう」 「連れ帰ってやる。いいから、おまえは寝ていろ」  彼の声を聞くと張り詰めていたものが溶けるようにして抜け落ちていく。フアフアとした夢の世界に落ちているかのようだ。  こうして、イリアは気を失ったまま、石造りの豪邸へと運ばれていったのだった。
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