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2 退屈なお嬢様の日常
シード、待ってよ。あたしを置いてどこにも行かないで……。
『お願い、シード……』
いつもそう。シードは追いすがるイリアを置いて遠いどこかへ旅立とうとする。
嫌よ。お願い。待ってよ……。一緒について行くんだってば。両手を広げて抱きつこうとすると、たちまち泡のように消え失せていくものだから、イリアは悲壮な顔つきで腕を伸ばしていたのだ、
「シード!」
水に沈んでいるかのように感じられて呼吸できない。苦しい。駄目よと叫びながら苦しげにもがいていると、いきなり、白い光に全身を射抜かれてハッとなる。
「お嬢様、お目覚めですか?」
ピクッと痙攣するように唐突に目を開いていた。しばく、ボーッとしていたが、ようやく、ここが自分の部屋だと気付いたのだ。もう心配ない。心からホッとしていた。
腸の羽のような絹の美しい絹の衣服で横たわっていたのである。
気絶している間に侍女のサナが着替えさせてくれていた。枕元からこちらを覗きこむサナは優しい目をしている。
「大変な目に遭われましたね。頬を冷やしましたけれど痣になっておりますわ」
「そうなのよ。赤毛の男にいきなり殴られたのよ……。うっ、いたた」
弾かれたように半身を起こすと額に痛みが走った。
「ええっと、ルシルはどうなったのかしらね……」
「スツラの書類には不備があったと指摘してユリアウス様が保護しております。ルシルに関しては心配ありませんよ。ところで、お嬢様、今すぐに食堂に行かれますか? それともここで召し上がりますか?」
いつもなら、朝食を済ませている。昨夜は色々あった。疲れているので、もう少し眠りたい気持ちもある。しかし、空腹でたまらない。だから、階下のテラスで食べると答えていた。
敷地には本館と家令のアレクが商談などに使っている別館があり、その建物とは別に倉庫が塀際にある。渡り廊下には壁などはない。太陽の光と風がよく通る。
イリアは大理石の丸い柱が連なる廊下から庭へと出ていった。瑞々しい葡萄の葉が繁る棚の下にある肘掛椅子とテーブルがある。そこに静かに腰を下ろしていく。
石積みの高い壁に囲まれた庭に燦々と日の光が降り注いでいる。ライオンを模った噴水から絶え間なく涼やかな水音が絶え間なく響いている。初夏の庭の花壇の花を愛でながら待っていると、優しいサナの声かフワリと耳元をくすぐった。
「どうぞ。お飲み物でございます」
サナが銀製のお盆から飲み物を差し出している。ハチミツと檸檬と水を混ぜたものである。森に囲まれたバースは養蜂が盛んで、オスベルの王都に向けて大量にハチミツが輸出されている。イリアは、眠気覚ましに酸っぱい飲み物を飲んでいたのだが……。
「あっ……」
寝不足と疲れのせいで頭がボーとしていた。
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