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オスベルの奴隷というのは自由時間に副業をこなす者が多いのだ。そこが、他国の奴隷とは違うところである。家事奴隷の娘が自ら娼婦になってお金を儲けて、自分の主人に金を払えば解放奴隷として自由を得ることも出来る。とはいうものの、シードの場合は何の為にお金を稼いでいるのだろう。
イリアとしてはシードの力になりたかったのだが……。
「そんなにムキになって稼いで何に使うのよ? 貸してあげるわよ。安心してよ。スツラみたいに利息をつけたりしないから」
「うっせぇ。おまえの施しなんていらねえよ。オレを誰だと思ってやがる。ガキの頃から自分で稼いできたんだぞ」
彼は、丸い天板のテーブルの上に置かれていた塩漬けのオリーブの実を口に放り込む。イリアに背を向けて素っ気なく立ち去ってしまっている。イリアはその態度に焦れるようにして頬を膨らませていた。
(お金を何に使うのよ。あたしの質問に答えてないわよーーー)
不満げに眉をしかめていると、家令のアレクが回廊の日影から静かに呼びかけてきた。
「イリア様、そろそろ室内に戻りませんか? 夏の太陽を侮ってはいけませんよ。肌が荒れてしまいますよ。ずっと外にいて暑くないのですか?」
はしばみ色の瞳に栗色の髪。中性的な物腰で年齢不詳のアレクはイリアの叔父のナントと同年代なのに青年のように見える。彼はナグル出身の解放奴隷だ。
イリアの父の死んでからというもの、イリアの叔父のナントはイリアの世話と国内の商いを家令のアレクに任せてきたのである。
アレクは静かな面持ちでそっと覗き込むようにして呟いている。
「浮かない顔をしておられますね。まだ傷口は痛みますか? 鎮痛薬ならありますよ」
「あのね、先刻、シードに無茶をするなって怒られたのよ」
「その通りですよ。ルシルの事はサナが探しに行けば済む話でした」
「……でも、サナは馬には乗れないのよ。スツラ達よりも先に動きたかったのよ」
「我々もスツラの卑劣さは心得ています。ルシルの為とはいえ、無理は禁物です。お嬢様が街角で傷物になっていたかもしれないのですよ。サナも責任を感じて落ち込んでいましたよ。シードも、悲壮な顔つきで屋敷に戻って来たのですよ」
「ごめんなさい……」
屋敷の者達に心配をかけた事が申し訳なくて落ち込んでいた。
「あたしも今回の事で懲りたわ。ここは野蛮な属州だもんね。いつ、どんな暴動が起こっても不思議じゃないわね。身を守れるようになりたいの。ねぇ、アレク、あたしにも剣術を教えてくれる様にシードに言ってくれない?」
「はぁ、お嬢様が剣術でございますか……」
腕を組みながら神妙な顔つきで黙り込んでいる。実は、去年、イリアが同じ事をシードに依頼したが、その時は必要ないと断られてしまっている。
けれども、今朝の出来事がイリアの心を突き動かしている。
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