2 退屈なお嬢様の日常

4/7
前へ
/98ページ
次へ
「あたし、二度とあんなふうに誰かにやられたくないわ。護身用の小さな剣でもいいから使えるようにしたいの」  その言葉にアレクが頷きながら同調してくれている。 「そうですね。シードに伝えておきますよ。お嬢様が嫁がれたなら、わたしはオスベルの王都に戻ることになっております。そうなると、お嬢様の身に何かあっても駆けつけることも出来ません。念の為に護身術を習っておいた方がいいかもしれませんね」  数ヶ月前にイリアは婚約を機にバースに引っ越してきたのだ。  ユリアウスのような名門貴族に嫁ぐには、様々な神事や儀式をやらなければならない。  アレクがイリアに言った。 「イリア様、結婚式に出席されるユリアウス様の御親戚への贈り物のリストを確かめていただけますか?」  「そんなの、あたしには分からない。あなたに任せるわ」  そんなことよりも気になるのはシードである。最近のシードはイリアから距離を置くようになっている。書類上は護衛を担う奴隷なのだが、イリアにとっては特別なオ幼馴染のような存在である。アレクも、それを知っている。 「ねぇ、最近、シードの帰りが遅いけど、どこに行ってるの?」 「ナグル人の踊り子がいる酒場に顔を出していますよ。ひょっとしたら、あいつは、生き別れになった家族を探しているのかもしれませんね」 「えっ、シードの家族って生きてるの?」 「わたしも詳しい事は知りません。あいつは過去を話したがりませんからね……」  アレクの睫毛は草食動物のように長くて密度も濃い。ほんの少しだけ目線を落としただけでも、まるで、この世の終わりを迎えたかのように物憂げに見える。  アレクは、どこか遠い場所を振り返るような哀しい声で呟いている。 「あいつも色々と複雑なのですよ……」  突然、オスベルの軍隊が踏み込み、彼等の祖国であるナグルという砂漠の王国を侵略したのである。それは、イリアのせいではないけれども申し訳なくなってきた。 (きっと、奴隷にされた事で色々と傷付いたのよね……)  時の砂が胸の中でザーツと音を立てて流れ落ちたような気がする。あれから、何年も過ぎたけれども、思い返すと眩暈に似た奇妙な感覚に陥ってしまう。     ☆  何か甘酸っぱいようなものが胸いっぱいに広がっていく。現実と夢の狭間にいるような感覚に身を浸しながら、私室の窓際でボーッとしていた。  そろそろ、鳥たちが塒に帰る時刻だ。茜色に染まった鱗雲が西野空に漂っている様子が見える。  サラサラと庭の木々が風に吹かれて流れている。イリアは寝椅子から身を起こすと、伸びやかに両手を上げて背伸びをした。昼食の後、寝椅子で休んでいるうちに本格的に寝入っていたらしい。 (もう、こんな時刻だわ。閉めないと蚊が入っちゃう。最近は暑いせいかボーッとなるのよ)
/98ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11人が本棚に入れています
本棚に追加