2 退屈なお嬢様の日常

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 綺麗な刺繍を施されている上履きを履く。自らの手で頑丈な鎧戸を閉じる。輝石と刺繍で彩られたショールを纏った。そろそろ馬の手入れを終える頃だ。シードの元へと向かおうと思い階段を降りていく。  館の裏手へと続いている渡り廊下で立ち止まった。裏庭の向こうを見渡す。厩舎の作業を終えたシードに近付いていく。 「シード、アレクから聞いたかしら? あたし、剣を習いたいのよ。今夜はどう?」 「悪いな。今夜は忙しい。行くところがある」  彼は、素っ気無く背を向けると、そのまま馬を連れて裏門から出ようとした。彼が、から下げている革袋の財布の中味が膨らんでいる。 「こんな時間にどこに行くの!」 「公衆浴場だよ」 「うちには奴隷用のお風呂があるのよ。それに、お風呂に行くのにたくさんお金は必要ないわ! 盗まれてしまうわよ」 「風呂に入る前に酒場に支払いに行くんだよ。期日が迫っている」 「支払いって何のこと? お酒なんて飲まないくせに、そんなのおかしいわよ!」 「ほっといてくれ。おまえには関係ないことだ」  乱暴に切り落とすように言い捨てると馬に跨り出て行ったのだが、この時、ザワッとしたものがイリアの胸を揺さぶった。 (シードの様子がおかしいわ! 何なのよ!)  イリアは小走りで裏門へと向かっていた。イリアの邸宅の門番は、二重顎の大柄で陽気な男である。大切な倉庫の用心棒も兼ねているので、夕刻に目覚めて明け方まで起きている。門番は、急に現れたイリアを見て不思議そうに尋ねた。 「おやおや、お嬢様、どうかなさいましたか?」 「なぜ、シードは酒場にお金を納めているのか、あなたは知ってる?」  すると、門番は鼻先を触りながら下衆びた笑みを滲ませた。 「へへっ、内緒ですぜ。あいつは、奴隷の少女を買い取ろうとして酒場の女将に申し出ているんですぜ。どこにも売らないでくれってね」  動揺を悟られたくないので表情を引き締めながら言う。 「どんな娘なの?」 「アロワっていう名前の気の強そうなナグル人ですぜ。どえらい美人ですわ。惚れちまったんじゃないですかね。黒髪で鼻が高くて見るからに気の強そうな小娘ですぜ」    早速、サナに探らせたところ、その翌朝、イリアの着替えを手伝いながら語ってくれた。        「低所得の労働者向けの酒場で客に酌をしているナグル人の奴隷ですわ。大人びていますが十六歳になったばかりのようです。アロワの持ち主の女将はアロワを娼婦にしようとしています。生娘は高く売れますものね。最初の客の品定めをしているようですね。その娘をシードは解放しようと奮闘しています」  シードは同郷の奴隷を買い戻したがっている。そういえば、五年前、馴染みの小売業者の男から聞いた話によって心が騒いだ事があった。
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