3 特訓

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3 特訓

 この日も、イリアは冷たい飲み物を手にしたまま物思いに耽っていた。  円形の噴水の水音と共に庭を囲む木々にとまっている小鳥たちのさえずりが続いている。小さな向日葵の花か太陽の光を吸い込むようにして咲き誇っている。湖の底から空を見上げている魚ような感覚のまま木漏れ日の下の椅子で寛いでいると、アレクが背後から近寄ってきた。 「お嬢様、こないだの件ですが、シードが承諾しましたよ」 「こないだの件って……?」 「えっ、もしかして、剣の練習を頼んだ事を忘れたのですか?」  月末という事もありアレクは大きな帳簿を抱えている。午後、軍の兵舎に向かい主計官と商談する事になっているのだ。 「ああ、あの事ね……」 「シードも最初は渋っていましたが、時間給を払うと言うと納得しましたよ。剣以外の護身術も教えてくれます。午後、行なうと言っています」  その言葉通り、午後、木陰で熱心に本を読んでいると、シードの影が伸びてきた。笑みを浮かべて振り向くと、シードは木製の模造刀を肩に乗せたまま、無造作に渡してきた。剣の大きさと形は本物より少し小さい。これは剣闘士の訓練にも使われている。 「ほらよ。持てよ。特訓してやる」  すると、イリアが絹張りの豪奢な寝椅子に横たわったままの状態で呟いた。 「ごめんなさいね。先刻、昼食を食べたばかりなのよ。もう少しだけ休みたいの」 「うるっせぇな。おまえ、剣術を習いたくないのかよ!」 「だってぇ、サナを呼ばなくちゃ着替えられないわよ。ええっと、サナはどこかしらね。ごめんなさい。あの子、休憩しているみたいね」 「着替えなくていい。そのまま、こっちに来いよ。綺麗な服を着ていても剣を使えるように指導してやる」  乱暴にイリアの手を握ると強引に裏庭の方向へと連れ出した。ここは荷物を下ろす場所だ。オスベルの埠頭の倉庫から荷物が属州に届くのは十日に一度。今この空間は広々している。これなら、イリアが無様に転んだとしても大怪我にはならないだろう。 「おまえ、ちゃんと剣を握っているのかよ」  イリアは剣の柄を強く握りしめて不器用な体勢のまま向き合うと剣先をパンツと弾かれてしまい、落としていた。慌てて剣を拾い上げると、間髪入れずに顎先に剣先がヒュッと迫ってきた。 「おい、気を抜くなよ」  歯を喰いしばって頑張り続けていくうちに息が切れてきた。休む間がない。オタオタしていると右肩を打たれ、怒鳴られる。 「真剣にやれ。本物の剣なら死に至るような傷を負うぞ。死にたいのかよ!」 「待ってよ! 少しは休憩をさせてよ。ああー! やめて、やめて! やめてっ! きゃーー」  尻餅をつきながら情けない悲鳴をあげるとサナが慌てて飛び込んできた。 「イ、イリア様! 今の悲鳴は何でございますか!」 「サナ、気にするな。オレに木刀で肩を打たれただけだよ」
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