3 特訓

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 一応、怪我はさせないように気を付けているようだ。  叱咤激励されながらも練習に打ち込む事が心地良かった。シードを独り占めにできるからだ。  その様子を離れた場所から眺めていた下働きの奴隷達が呆れたように語り合っている。 『あれじゃ、どっちが奴隷なのか分からないわ。イリア様は、ずっと怒鳴られているのに、とーっても楽しそうにしてるのよ』 『シードはイリア様のお気に入りなのよ』 『だけど、婚約者のユリアウス様に誤解されたら大変じゃないかしら……』  しかし、背後にいたサナは彼等に向けてひんやりと微笑んだ。 『あなた達が喋らなければいいだけのことよ』  すみませんと、女奴隷達は恐縮しながらコソコソと去ったのだ。  最初のうちは剣の使い方が分からずに困惑していたが、二週間に渡る特訓が続けた結果、上達している。シードが教えているのは剣術だけではなかった。植物を記した巻物を開きながら丹念に説明してくれた。 「いいか。形状をよく見ろよ。これは丁子の木だ。丁子は口臭を防ぎ歯の痛みに効くんだ。ここにも薬用ハーブが生えているぞ。屋敷の周辺には止血に効くヤロウや創傷治療に効くマシュマロウが生えている」  そして、切り傷の処置も教えてくれたのだ。 「シードって器用なのね。傷口まで縫えるのね」 「医者がいないところで怪我をする事もあるからな。それに、旅の間、ずっと、おっさんの衣服を繕ってきたんだぜ。華美な服を好む割に大雑把なんだよ。すぐに汚すし大変だったんだぜ。情けない顔で助けてくれぇーて言われて参ったぜ」 「目に浮かぶわ。叔父様って大きな子供みたいだものね……」 「おっさんと一緒に過ごした時間は貴重な思い出だ。何もかも、おまえのおかげだ。感謝している」  ドキッとなり顔を上げる。シードがそんなしおらしい事を言うなんておかしい。 「時間が過ぎるのは早いもんだな。チビだったおまえが二ヵ月後には結婚するんだもんな」  イリアの婚姻の日取りは街中に知れ渡っている。披露宴の料理の献立も決まっている。 「あ、あたしは……」  子供の頃から好きだったけれども、奴隷のシートとは結婚は出来ないのだ。 「おまえが結婚したら、オレは街から出る。アレクと王都に戻るよ」  まさかの言葉にショックを受けて顔を上げると、彼は真面目な顔になった。 「ユリアウス様は立派な人だよ。おまえの夫としては悪くない相手だと思うよ」  言いながら、シードは切なげにグッと唇を噛み締めている。 「イリア……」  不意に腕をつかまれてドキリと胸が揺れ動いた。シードの顔が近くになる。瞳の底へと吸い込まれそうな感覚になる。こんなのズルイ。ふとした瞬間に、こんなふうにシードはイリアの心を掻き乱してくる。神秘的な黒い瞳に自然に吸い寄せられていた。ザワザワと何かが騒ぎ出している。
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