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4 奴隷市場の少年
東の果てに鵬王国と呼ばれる大国があり、絹の製造法は鵬王国の一部の者しか知らない。
翡翠、真珠、珊瑚。お茶、米、干し柿、錫。これらも鵬王国の特産品である。鵬王国と通商できる者は一部の選ばれたナグルの商人だけ。オスベルに侵略されるまでは、ナグルは砂漠の交易の中継地点として大いに栄えていた。
オスベル人は、ナグルの商人の言い値で香辛料や絹といったものを購入するしかなかった。だから、オスベルの元老院議員達は、ナグルを攻撃して支配下に置こうと考えたのだ。
あの日、イリアは叔父と共に市場に来ていた。シードと出会ったのは偶然だった。
オスベルの王都の公共広場の一角では、毎週、奴隷の市が開かれる。農園奴隷、教師奴隷、家事奴隷。剣闘士。娼婦。細やかな用途に分けて売られており、辺りは熱気に溢れている。
ふと、イリアは強い悪臭に気付いて立ち止った。荷台に積まれている小さな檻で少年が蹲っていたのだが……。
(何なのよ、この子……。すごく汚いのね)
当時七歳のイリアは好奇心に駆られて仰ぎ見ていた。惨めな少年の髪は肩のあたりまで伸びている。その毛先は飴玉を溶かしたみたいにネバネバと不規則に絡まっている。
無数のハエが頭にたかっているというのに、膝を抱えて座り込み、ずっと顔を伏せたままピクリとも動かなかった。
「やだーー、もしかして死んでるの?」
試しに檻の隙間から甘い焼き菓子をポイと投げ込んでみると、たまたま彼の肩に当たった。鈍い動作で少年は顎をノロリと上げた。驚いたことに黒曜石のように黒い瞳が妙な方向を見ている。その時、奴隷商人の小間使いの老人に肩を叩かれた。
イリアは、ビクッとしたように振り向くと老人がニマーッと笑った。
「お嬢ちゃん、こんな奴に近寄るのは止めておく方がいいですぜ。南京虫を移されますぞ」
「南京虫って何なの?」
「噛まれると猛烈に痒い害虫なんですよ。ほれほれ、お嬢さん、こんな汚いガキを見なさんな」
奴隷商人の小間使いの老人は前歯が欠けていて頭もボサボサだ。そんなひどい有様の老人が鼻をつまみながら顔をしかめている。
「こいつは目が見えない上に口もきけないんですわ。顔だけは可愛いから競売にかけますが、二束三文で叩き売るしかないですな。貴族の中には、猟犬に奴隷の子供を追わせて遊ぶ人もおりますからな。いひひ」
媚びるように手を揉みながら語り続けている。
「お嬢ちゃんの叔父上は、経理を任せる賢い奴隷を欲しがっているそうですな。いいのがおりますぞ。ほれほれ、あっちの神経質そうな細身の男ですよ。もうじき競売が始まりますぞ」
名前を呼ばれた奴隷の競の台の上へと連れ出されていた。足取りが重たいのは鉄の足枷をつけられているからだ。老人が勧めている若い男は、他の奴隷よりも知的な雰囲気が漂っている。
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