4 奴隷市場の少年

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 買い手達は目を凝らして前のめりになって奴隷の経歴と健康状態を確認している。台の脇にある立て看板が説明書の役目を果たしているのである。 『アレク・ヨシヤ。二十七歳。ナグル王立学院講師。医術や算術などの高度な教養を持つ。性格は内気で寡黙。オスベル語は堪能。勤勉。胃腸は弱いが健康には特に問題なし』  一番高い値をつけた客が競り落とせるようになっている。早速、叔父のナントがアレクという異国人の奴隷の品定めを始めている。  医師や計理士や教師など高度な仕事をこなす奴隷は、貴重な財産とみなされて大切に扱われる。もちろん、平凡な家事奴隷や小間使いでも主人との相性が良ければ大切にしてもらえる。のちに遺産をもらえる場合もある。  だが、ああいう、頭の悪いみすぼらしい少年はどうなるのだろう。 「あなたは可哀想ね……」  泣きたくなるような哀しさが疼いてきた。なぜか、スッと衝動的に少年の方へと手を伸ばしたくなる。頑張って、少年に触れようと試みるが届かなかった。キリキリと焦れていた。もどかしくて胸の中が甘酸っぱいもので詰まり呼吸が苦しくなる。 「助けてあげたいわ。どうすればいいのかしら」  すると、少年はピクンとしたように顔を上げた。一瞬だけ、イリアと視線が交差したような気がしたが、イリアが見つめ返すと少年は茫洋と目玉を他所に向けた。 「あのね、叔父様は黒い髪の賢いナグルの少年が欲しいと言っていたのよ」  イリアの父はオスベルの軍部に兵站を扱っているが、貴族向けに高価な品を仕入れる旅を続けている叔父は話し相手となる少年の従者を探している。 「叔父様は女好きで陽気で親切なのよ。美味しいものを食べさせてくれるわ。残念ね。あなたが言葉を話せて目も見えたら良かったのにね」  何の返答もなかった。救う術はなさそうだ。イリアは金色の巻き毛を揺らすようにして踵を返して叔父のいる方に進もうとする。競の台の周囲には大人達が群がっている。 (叔父様、目立ってるわ)  いつもの事だが、縦縞の奇妙な異国風の衣装を身につけ、派手な扇子を手にしている。ああやって風流人を気取っているのだ。そんな叔父は競に夢中だ。  近寄ろうとして進んでいると、混み合う通路の真ん中で誰かの肩がドンッとぶつかり、幼いイリアは転びそうになった。銀の腕輪がイリアの手元から忽然と消えていた。小柄な赤毛の男に盗まれたのだがイリアは全く気付いていなかった。ニヤリと笑う赤毛でソバカスのある男は、涼しい顔のまま人混みに紛れようとしている。  だか、イリアの後方で赤毛の男の悲鳴が響き渡った。 「ぐーーーーっ」  悲鳴に引き込まれるようにしてイリアが振り向くと、赤毛の若い男が檻の中の少年に捕らえられている衝撃的な光景が目に入った。 (どういうことよ?)
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