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あの不憫な少年の仕業のようだ。彼か、檻の隙間から両腕を突き出して赤毛の男の首を紐で締め上げている。子供とは思えない凄まじい形相である。手にしている細い紐は少年の腰に結ばれていた紐のようだ。少年の前合わせの簡素な衣服がはだけて、貧相な胸板や下半身の下着が露になっている。
「お、おおおお、おい、小僧、何、やってんだ!」
世話係の老人が慌てたように近寄ると、少年が瞳を鋭く細めて言い放った。
「うるせぇー。糞じじぃ、おまえも手伝えよ! 赤毛野郎が、間抜けな金髪のチビの腕輪を盗んだんだよ!」
「はぁ、なんじゃとぉ? おまえ、話せるのか」
イリアも老人も面食らい少年を凝視している。この少年には障害などない。少年の眼光は猛禽類のように鋭く声にも張りがあった。
「じじぃーー、ボーッとしてんじゃねぇぞ! こいつの巾着の中に腕輪があるんだよ。さっさと確かめろよ!」
すると、そこにワッと数人の男達が集まってきた。赤毛を押さえつけた。確かめたところ、本当に巾着袋の中にイリアの腕輪か入っていた。どうやら、イリア以外の被害者がいるらしいのだ。銀細工の指輪や腕輪などが出てきたのである。そんなことよりも、老人は少年の豹変振りにたまげている。
「おまえは騙しておったのか? ナグル人だていうのにオスベル語を流暢に話せるとは驚いたぞ。これなら、おまえを高く売れるぞ」
少年は瞳を眇めて口惜しげに舌打ちする。気難しい表情で白状した。
「喋れないフリをすることに疲れちまったぜ。おい、そこの間抜けなチビ。若草色の絹のショールをかけている鳥の巣頭のおまえだ! いいから早くこっちに来いよ!」
「ん? あたしのこと?」
イリアは鳩のように目を丸くしていた。金色の巻き毛を丁寧に結い上げている状態を鳥の巣と言っているらしい。トコトコと進み、檻の前に立つと少年が横柄な声で言い放った。
「おまえ、オレを買うように叔父様に言え。クズクズするな。命令だ!」
失礼な言い方をされたというのに、なぜか腹が立たなかった。この男の子は何だか凄い。幼いイリア力強さに見惚ていた。
(すごーい。夜空みたいに綺麗な瞳だわ……。この子は強くてカッいいわ)
その時、市場を警護する役人に引き渡された赤毛の泥棒が忌々しそうに振り返った。
「何てガキだ! 余計なことしやがって!」
「うっせぇ、おまえが間抜けなんだよ! 失せろ。ばーか! おまえの母ちゃんでーべーそ」
それを聞いた聴衆がドッと笑う。そんな騒ぎの輪の中に叔父のナントが割って入った。騒ぎの中心にいる生意気な奴隷の少年の姿を楽しげに眺めまわしている。
「男前じゃないか。名前を教えてくれよ」
「シードだ」
「利口な奴だな。愚者のフリをしてたんだな。売値が安けりゃ、いずれ、自分を買い戻すのも簡単になるもんな」
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