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「まさか、そんなことを企んでいたとは……。あいつは、よほど僕のことが目障りなのですね。アロワは日頃からオスベル人に敵意を剥き出しにしています。殺人の動機がありますね。だから、スツラはアロワに目を付けたのですね」
肘掛椅子にもたれて脚を組むユリアウスは落ちついている。この人は賢い。真面目だ。でも、イリアは好きになれない。もちろん、行政官としてはおおいに尊敬しているのだが・……。異性として惹かれることはない。
「殺人教唆の罪でスツラを告訴することは出来ませんか?」
「さすがにそれは無理ですよ。まだ僕の身に何も起こっていませんからね。アロワの妄想として片付けられる可能性が高いと思いますよ」
彼は、顔を曇らせながら語り出している。
「そう、あれは一年前の事でした。スツラは酔った勢いでマルク軍団長の秘書奴隷を殺してしまったことがあるのです。しかし、正当防衛ということでスツラは無罪になりました。あれを機に調子に乗っているのです」
王都での裁判の陪審員は元老院議員達が担っている。彼等は賄賂に弱い。事件の証言する者もスツラ陣営に買収される。
「もちろん、どんなに賄賂を積まれても、被害者が貴族なら正義が遂行されるかもしれないがアロワはナグルの奴隷ですからね」
「救う術はないのですか?」
「そうですね。スツラの機嫌を取り許しを請うというのが一般的なやり方です。あるいは、弱みを握って交渉するしかありませんね。何か駆け引きの材料はありますか?」
「えっ?」
「属州は微妙なバランスで成り立っています。我々は、スツラのような徴税人に支えられています。総督も絶対的な権力者ではない。経済界からの支援が滞ると、行政機関や軍部に支障をきたします」
ハシバミ色の切れ長の瞳の奥にある感情が読み取れなくてイリアはイラつきを覚えいた。話が回りくどくて長くて着地点が分からない。焦れるイリアの表情を察したのか、彼は頭をかいた。
「申し訳ないですね。要するに協力したいが無理だと言いたいのですよ」
あからさまに落胆するイリアに彼は淡々と告げている。
「スツラの機嫌を取るなんてやめた方がいいと思いますよ。琥珀の交易の権利が欲しいと君に言うかもしれませんからね。莫大な利益を生む交易の権利をスツラに譲ることに賛成できないな。スツラ一族の勢力が今以上に増すことを阻止したいからね」
長々と話しておきながら、それはないだろう。うなだれていると、彼は事も無げに言った。
「アロワが望むように、シードと共に逃がしてあげるといいのですよ。執念深いスツラも、さすがに砂漠の果てまで探しには行かないでしょう。ナグルの総督とは懇意にしているので、僕が旅券の便宜をはかってあげますよ」
ズキンと胸が揺れる。そんな事をしたらシードに会えなくなってしまう……。
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