6 不吉な予感

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 そんな事をする必要はない。 スツラはもうすぐ死ぬのだ。ああ、今すぐに打ち明けしまいたい。でも、そんなことは言ってはいけない。イリアは重たい気分のまま視線を落として唇を結ぶと沈黙が続いた。ふと、集会場の脇の通りを進んでいた時に異変に気付いたのだ。 「あれは何かしら!」  イリアは違和感を覚えて指さす。複数の松明の灯が山の中を移動している。安全な迂回路もあるというのに崖崩れの多い北側を降りているのは、なぜだろう。 「妙だな。こんな時間に誰が来るんだ?」  「商人達かしらね?」 「普通の商人達は、こんな時刻に山道を歩かないぜ。まっ、オレ達には関係ないことだけどな」  シートーは軽く咳払いしてから仕切りなおすように言う。 「真面目な話をするよ。おまえ達と出会えて良かったと思っている。今まで本当にありがとう」  囁きながら左手でポンポンと軽やかにイリアのつむじを叩くと、クシャッと柔らかく笑ったのである。 「あの時、奴隷市場で運命が変わった。おまえの巻き毛と、零れ落ちそうな大きな瞳に興味が沸いたのさ。檻の中で盲目で聾唖のフリをしていたのに泥棒を捕まえちまったよ。色々と懐かしいな」  その後、優しい声音がイリアの鼓膜に響いた。 「金色の巣の中で暮らせたなら鳥も幸せだろうな……」 「えっ? どうしたの?」 「何でもない。ほんの戯言だよ」  熱い吐息がイリアのうなじの後れ毛を揺らしている。つむじに口付けされたような気がして、それを意識した途端に耳から頬にかけて赤味が走る。 (あなた、あたしの首筋にキスしたの? どうして?)  確認したいけれども振り向く勇気がなかった。彼は、そのまま独り言のように呟いている。 「オレは、若いうちに死ぬ運命だと言われている……」  イリアはピクッと怯えたように肩を揺らした。イリアは、そんな事など記憶の底に押し込めていたのである。 「シード! あ、あんなの信じちゃ駄目よ!」  子供の頃に、オスベルの下町の占い師の老婆に自分達の運命を尋ねたことがあったのだ。あの時、イリアは十二歳になろうとしていた。当時、まだ健在だった父が、イリアの婚相手を元老院議員の息子の中から選ぼうとしていた。イリアはシードを連れてこっそり家を出た。救いを求めるように占い師の元へと駆け込んだ。 『お願い! おばぁさん、あたしの未来の旦那様を教えてちょうだいよ!』  あの日、イリアは金貨を握り締めて訴えたのである。  秘密の儀式は下水施設に面した石造りの地下空間で行なわれる。占い師の老婆は茶色の鶏を握り締めたまま呪文を唱えたのだ。  老婆が鶏の細い首を力任せに握ると甲高い悲鳴が響いた。鶏の首を豪胆に切り落とすと、それを高く掲げた老婆が血を存分に顔や首筋に浴びながら笑っていた。
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