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悦楽に溺れるように恍惚としていた老婆の眼は澱んでおり不気味だった。夏なのに、ゾクゾクと肌寒くなってきた。
イリアを囲むたくさんの蝋燭の灯りがユラユラと揺らめいていた。身の毛もよだつような不穏な空気が立ち込める中、それは発作のような勢いで語られた。
『お嬢ちゃん、あんたの伴侶は高貴な男だね。あんたは苦難の末に美しい貴族の若者と結ばれるだろう。そいつはオスベルを変える力を秘めているよ』
そう言うと、何かの霊が憑依しているような顔つきのまま老婆はシードを見据えたのだ。
『奴隷のシード。おまえは何と奇特な運命の持ち主だろうね。おまえは早死にするよ。だが、それは意味のある死でなければならないのだ。愛する者の為に命を賭けなさい』
『何を言ってるの。やだ、そんなの信じないわ』
イリアは拳を握って抗議していた。ちゃんと占ってよと抗議していると老婆の助手の女に叱られて部屋から追い出されてしまったのだ。あの日、背後から老婆は叫んでいた。
『シード、おまえは最愛の人の為に死ぬのだ! いいね。おまえは死ななければならないのだよ!』
イリアが望む言葉を言ってくれなかった。それどころか、シードに対して変な事を言い出した。あの日の口惜しさと哀しさを思い返しながら言い返していく。
「あんなのでたらめよ! 占いなんてインチキよ!」
「いや、おまえの父上を水辺に近付けるなと言った。事実、おまえの父は航行中に水死しただろう」
「やだやだ。そんなこと言わないでよーーーーーーー」
愛する者の為に命を賭けなさい。老婆の予言をシードは信じている。だから、今回、アロワの為に命を投げ出すつもりでいる。でも、そんなの嫌だ。
「あたしは解放しないわよ。あたしはあなたの持ち主なのよ。そんなの許可しないわよ!」
「そんなにムキになるなよ」
彼は、肩をすくめるようにして軽妙に笑っている。
「ほら、着いたぜ」
シードは先に馬から降りるとイリアを馬上から抱き降ろしてくれた。シードは滅多に弱音を吐かない。でも、今夜は、やるせないような表情を浮かべている。嫌な予感がする。ピリピリしたものがシードを燻しているように見える。
彼は、何を考えているのだろう。
「おかえりなさいませ。イリア様、どうでしたか?」
アレクが問いかけてきた。色々と聞きたそうな様子をしている。イリアはシードの事で頭がいっぱいで落ち着かない。もしかしたら、シードは体調が悪いのかもしれない。
「サナ、シードに食事を運んであげてちょうだい。シードは起きてから、まだ一度も食事をとっていないみたいなのよ。シードの好物の干し肉を使ったお粥を作れるかしら?」
「分かりました。それで、イリア様は何か召し上がられますか?」
「パンだけでいいわよ。でも、新鮮なブルベーリーと蜂蜜をたっぷり添えてちょうだいね」
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