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食後、説明すると、アレクは顎の辺りに頬をさすり考え込みながら告げた。
「なるほど。アロワに関しては様子見をするしかありませんね……」
イリアの髪全体が埃っぽくなっている。鼻がムズムズしてクシャミが出てしまった。俯くような形で頭を振ると、唐突に、コトンと乾いた音が響いた。何かがイリアの髪から外れたようである。硬い床の上を見つめながら目を疑った。足元に転がっていたものは翡翠の髪飾りだったからだ。
(どうして! いつの間に……。ええーー、どういう事なのよ!)
母様の形見の品が、なぜここに! それは二羽の小鳥達が顔を寄せ合うような造形になっている。砂漠のオアシスの職人が作った一点物だった。呆然としたように見つめていると、アレクが懐かしそうに目を眇めて囁いた。
「お嬢様の母上の形見の品ですね」
シードを買う為にイリアが質屋に出したものだ。有名な女優がそれを購入していた。イリアの叔父は、アレクを女優のもとに遣わして買い戻そうと試みるが、お金を積んでも女優は売らないと突っぱねたので二度と取り戻せないと諦めていたのである。
「お嬢様が髪飾りを失って落ち込んでいる事を知っていたので、あいつは何度も女優と交渉したのですよ。最後は、女優が根負けしたようですね。女優は、昨年、亡くなる際にシードに渡すように遺言したのですよ。あいつは、お嬢様との別れの際に、これを渡すつもりだと言っておりました」
これをイリアに渡した。別れの時が来たという事を意味している。不吉な予感に見舞われていると背後に足音が響いたので振り返るとサナだった。
「お嬢様! 大変です。シードはスツラの館に向かうと書置きがありましたわ」
既に、シードは荷物をまとめてスツラのもとに向かっている。イリアはハッとしたように叫んだ。
「シードを引きとめるのよ! 今夜は行っては駄目よ!」
今夜、スツラは襲撃される。シードを巻き込みたくない。しかし、アレクによって引き止められて動けなくなっていた。しっかりと肘を掴まれている。
「いけません。イリアお嬢様! 明日の朝まで待って下さいませ! こんな時刻にいけません。皆、お嬢様を止めてくれ! 早く!」
使用人達は憎らしいほどに統率が取れている。三人がかりで寝室に閉じ込めて外側から鍵をかけてしまっている。珍しく、扉の向こうでアレクが語気を荒らげている。
「いいですか、お嬢様! 明日、わたしがスツラの屋敷に向かいます! 悪いようには致しません! スツラのような男は金次第で何とかなるものなのです」
「明日では遅いのよ! それでは間に合わないわ!」
夢中になって扉を拳を振り下ろして叩き続けながらも悔やんでいた。もっと早くにアレクに打ち明けるべきだった。イリアは戸口にもたれかかるとハラハラと後悔の涙をこぼした。
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