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契約の内容が違うことに憤ったルシルの父親が証文を燃やそうとして、もつれ合いになったのだ。
『うるせぇ、じじぃ。おまえなんぞ奴隷にしても値打ちはないんだよ。いいか、借金の証文には、おまえの娘を奴隷にすると書いてあるんだぜ。スツラ様の娼館で働かせてやるよ』
『やめろーーー。おまえら許さん』
ルシルの父親と徴税人はつかみ合いの喧嘩になる。その結果、父親の衣服に火か燃え移って亡くなったというのである。
「それで、ルシルはどうなったの?」
「火事の最中、父親が娘に逃げろと指示してそれに従いましたわ。スツラの子飼いの徴税人は火傷しながらも水瓶に顔を突っ込みましたので何とか生きております。しかし、ルシルを売り飛ばすと息巻いているようですね」
このままでは、ルシルは娼婦にさせられてしまう。
「あいつらより先にルシルを見つけなきゃ」
いてもたってもいられなくなったイリアは早々と着替えていた。
「ルシルを探しに出るわ。シードを呼んで」
いつもは、イリアの奴隷のシードがイリアの警護を担っているのだが……。
サナは困惑したように呟いた。
「あの、申し訳ありません。シードは焼き出された人達の荷物を運ぶ手伝いをしています。しばし、お待ち下さいませ。すぐに呼び戻して連れてきますわね」
「そんな猶予はないわ。あたし一人で行くわ。サナ、松明を用意してちょうだい!」
スツラの手下達よりも先にルシルを見つけて保護しなければならない。イリアは、深紅の高価な外套を羽織ると裏手の厩舎に向かった。愛馬の背に乗ろうとするが、困った事に押し上げてくれる人がいない。戸惑っていると、一人だけ屋敷に残っていた小柄な老人が駆けつけてきて、自ら地べたに四つん這いになる。さぁと言いたげにイリアを促がしたのだ。
「わしの背を踏み台にして乗ってくださいませ」
「ごめんなさいね」
老人の痩せた背を踏みしめて馬の背に跨ると、サナが松明をイリアに手渡した。見送りながらも不安そうに囁いている。
「お嬢様、火事のせいで西区の下町の周辺は混乱していますのよ。ルシルをお一人で探すなど無茶ですわ」
「平気よ。あたし、行き先に心当たりがあるのよ」
頑丈で従順で美しい馬の手綱をしっかりと握ると、倉庫前でクルンと旋回して裏門を出た。
「さぁ、ファミュール行くわよ!」
愛馬のフアミールを鼓舞して疾走しながら坂を下っていく。丘陵地帯には貴族や役人達の邸宅や官舎など整然と建ち並んている。この辺りの高級住宅街の道幅は広くて排水溝もあり、豪雨になっても水が溜まらないように設計されている。
シンと鎮まる夜道を進む。パコバコとに規則正しい蹄の音が響いているイリアは走りながら回想していた。。
幼い頃に、父がこんなふうに教えてくれた。
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