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部屋の扉をコンコンと小さく叩き続けるが反応がなかった。何度か叩くと、ようやく、イリアの声とノックに気付いてくれたのだ。きっと、シードは疲れて眠っていたのだろう。ドアの隙間から鼻先だけをノッソリと出している。彼は、小さな手提げランプを掲げながら言う。
「こんな時刻にどうした?」
「部屋の中に入れて。ここじゃ話せないわ。秘密の話があるの」
「秘密の話って何だよ?」
「実は、今回の事件の首謀者を知っているのよ」
「……どういうことなんだ。おまえの話を聞くよ。部屋に入れ」
シードは腕組みしたまま扉にもたれるようにして立っている。ヒソヒソとした声でルシルのことを語り終えると納得したように頷いた。
「そういう事たったのか。顔や腕に青い染料を塗っていたがギリ族には見えなかったんだよ。同じバース人でもギリ族は副葬品に関してはそこまでこだわらない。どこか妙だと思っていたんだ」
「シード、その痣、どうしたの?」
ハッとなり、菜種油のランブの明かりをかざして確認する。顔が腫れ上がっている。襟元に乾いた血がこびり付いている。今夜は遅く帰宅したせいで風呂にも入れなかったようだ。しかも、着替える気力さえないらしい。
「ああ、これはスツラの仕業だよ。昨日、オレがアロワを助けてくれと懇願すると残酷な笑みを浮かべやがったんだ。思いっきり顔や腹を蹴り上げてきたぜ。何度もしつこく蹴られて、さすがに意識が朦朧となったよ」
蹴られている最中にギリ族に扮した男達が入ってきたというのである。その時、剣を手にした五人の男がスツラめがけて襲いかかってきた。奴等はスツラの邸宅を荒しまわっていた。
「何しろ、咄嗟のことだったんで、オレは剣を握り締めて蛮族に立ち向かっていたんだ」
スツラの警護をしていた奴等は全滅した。
追い詰められたスツラも庭の木の根に足をとられ尻餅をついた。
「どの男も強かったが、その中に、やけに若くて華奢な少年がスツラを斬りかかろうと迫っていたんだよ」
もう少しで殺される寸前だったのだが、そこにシードが割り込み、反射的にスツラを救ってしまったというのである。
スツラを殺し損ねた若者は怒り狂っていたという。
「近くで見ると、そいつは子供みたいに若かったんだが、そいつの剣の腕は確かだった」
相手は小柄だが、シードも怯みそうになるほどの剣の使い手だったというのである。
「そいつは必死だった。首長の魂の入った剣はどこにあるのかと鬼気迫る声で叫んでいた。オレは、単なる物取りや暴徒じゃないと気付いた」
シードは、その夜のことを辿りながら眉を寄せている。若者は肩に深手を負いながらも副葬品を取り戻そうとしていた。すると、そこに軍の兵隊が来る気配がした。
「いいから、早く逃げろ」
シードが言うと、若者は頷いて闇の向こうへと立ち去ったという。
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