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箱を覗き込みながら、アレクとルシルが少年を抱かかえて長椅子に横たわらせた。
「化膿しています。先に炎症を抑える薬を飲ませますよ。ルシル、手伝ってくれるね」
若者の衣服に赤黒い血がこびりついており、鼻をつくような悪臭が漂っている。
ルシルが戸棚から薬を取り出した。彼女は丁寧に乳鉢で砕いている。書斎の奥の部屋にはアレク専用の大型の金庫が置いてある。この部屋は清掃をする奴隷さえも入ることが許されていない。
つまり、匿うには丁度いい空間なのだ。
アレクの脇からルシルが不安げに語った。
「ずっと熱が下がらないのですわ。斬られた箇所の出血が止まりません。奇妙な膿がジワジワと出ています」
医術の心得のあるアレクは、意識朦朧の状態になっているトナの衣服を小刀でビリリっと切り裂いて剥ぎ取っていく。トナの裸体をうつ伏せの姿勢に変えると、丁寧に水を含ませた海綿で頬の汚れを拭った。
「大きな怪我は三箇所のようですね。斜めから斬られた肩の傷が最も深い。まだ子供じゃないですか……。今回の騒ぎの先導者だったとは……」
彼は、十五歳。銀色の髪。透き通る肌とは対照的な傷の裂け目の痛々しさにイリアは目を逸らす。膿を描き出して消毒して縫合し終えると額に汗を滲ませながらアレクが言った。
「痛み止めの薬も飲ませましたので、これで楽になったと思いますよ」
少し痛みが落ち着いたのか気絶したように寝入っている。ルシルも崩れるように座り込み、ゲッソリとやつれた顔で語り出している。
「こんな筈ではなかったのです。シードのせいでスツラの暗殺に失敗したと聞いた時は、一瞬、お嬢様が裏切ったのだと思いましたわ」
「いいえ。あたしは裏切ったりしていないわ。信じてよ……」
必死になっているイリアに淡く微笑み返している。
「ええ、分っております。シードは途中からトナに同情していたそうですものね。皮肉なものですわね。シードに秘密にしていたせいで裏目に出たのですね。トナの仲間の幾人かは深手を負いながらも壁の外に逃げました。まさか、あそこまでの騒ぎになるとは。今回の暴動で無関係な市民も負傷しました」
ルシルは後悔せずにいられないのか強く下唇を噛み締めている。
「悔やんでも悔やみ切れません。何もかも、わたしのせいなのです……」
ルシルが切々と告白している。
「トナの願いはただひとつ。先祖の魂を取り戻したい一心で乗り込んだのです。わたしは、そんなトナの心を利用してしまいました。わたしが軽率でした」
「そうね。関係ない倉庫への略奪行為や放火はやり過ぎだったと思うわよ」
ルシルは魂が抜けたようにうなだれている。血にまみれた手を綺麗に洗い終えたアレクが不思議そうにルシルに尋ねた。
「ところで、なぜ、今回の襲撃に鉱山の奴隷達を加えたのですか?」
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