1 属州バースの夜明け

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『イリア、おまえは金色の髪に青い目をしているね。肌も透けるように白い。おまえの母はバース人なのだよ。バース人は馬や羊と共に生きる民族なのだ。だから、おまえも家畜を上手に扱えるようになりなさい』  属州バースはオスベル帝国の北に位置している。バースの主要部族であるカスパール族の領土はオスベル本国と隣接していた。二十年前。バースにおける鉱山の所有権を巡る壮絶な争いが起こり両陣営が火花を散らししていた。 『ここは、我々、バース人のものだ! オスベル人は出て行け!』 『鉱山を発見したのはオスベルの技師だぞ。おまえ達には採掘する技術もないではないか』  バース人は高身長で肩幅が広くて馬の扱いや武具の扱いも巧みだった。二十の部族が暮らしているのだが、そのほとんどが金色の髪や、もしくは赤毛である。バースのカスパール族のワルシャは複数の部族の連合軍を束ねてオスベルとの戦いの指揮してきた。冬場、バース人は赤紫のチュニックにスボンの上に毛皮を纏う。夏になると、毛織の衣服などは邪魔だとばかりに脱ぎ捨てて雄叫びをあげて突進していく。  緻密な隊形を重んじるオスベル軍は、身動きがとりにくい森林での戦いを苦手としている。時には仲間割れをしながらも、オスベル軍を追い払おうと果敢に立ち向った結果、膠着状態が二年続いた。その間にバースの土地が荒れた。 『このままでは、バース人が飢え死にしてしまうぞ』 『ああ、そうだとも。次々と働き手の若い男が死んでいくからな』  最前線で闘うにいるカスパール族は言い知れぬ不安を感じていた。そんな矢先、オスベルの指揮官のプリニウスがワルシャに向けて進言したのである。オスベル側も戦費が嵩み疲弊していたのだ。 『よろしいですか。今、ここで我々と協定を結ぶべきですぞ。オスベルの傘下に入ったなら、和平地域での奴隷狩りも禁止する。これは悪い話ではないと思いますぞ』  ワルシャには息子が三人いたが十四歳の長男は戦禍の最中に亡くなっている。追い詰められたワルシャは腹の底かざわめくような焦燥感に包まれていた。バースの農業も商業も停滞して疲弊しており、誰もが追い詰められている。このままでは全滅すると感じて苦渋の決断を下したのだった。 『分かりました。我々カスパール族は、あなた方、オスベル帝国の配下に入ると誓います。その代わり、捕虜とその家族を無傷で帰していただきたい』  こうして、三年目を迎えた諍いに終止符が打たれたのである。これをきっかけに他の部族達も芋蔓式に投降していった。そして、バースの三分の二の土地がオスベルの属州となり徴税されるようになる。  建国五百年を誇るオスベル帝国は数々の他国を侵略して領土を拡大している。属州となった各地に闘技場や浴場や水道橋を建設したのだが、それらを造ったのは奴隷達なのだ。  
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