1 属州バースの夜明け

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 オスベルは、元老院議員を筆頭に、貴族、騎士、自由民、属州民、解放奴隷、奴隷という階級に分かれており、例え、バース民族の子孫であろうとも、財力があれば騎士身分になれる。 (オスベルの国の初期は本物の騎士だったんたけど……。現在、騎士階級にいる人の半数以上が商人だわ)    イリアの父方の祖父はバース人の奴隷である。そして、解放奴隷になった後、オスベル人の妻を娶り、商人として軍部に兵站を納めてきたのである。  イリアの父と叔父はオスベルの裕福な商人の子息として暮らしていた。  父は国への献金によって爵位を得ている。しかし、バース人の血を受け継ぎ、なおかつ、生粋のバース人である妻を娶った父は社交界から阻害されてきた。  牛乳を飲むことさえもオスベル人は野蛮だと思っている。ちなみに、バース人の血を引いているイリアは乳牛を飲んでも体調を壊す事などない。そんなイリアが、バースに来たのは必然だったのかもしれない。  こんなふうにして自らの生い立ちについて考えながらも憤っていた。 (それにしても、スツラは相変わらず酷いことをやっているわね)  徴税官のスツラは三十七歳。オスベルの王都には妻と子を残してバースで徴税官として赴任している。元々、スツラの曽祖父は奴隷商人をしており、儲けた金で爵位を買い取り騎士階級となっているのだ。  はっきり言うと、イリアもスツラも成金の息子だ。ただし、スツラの一族は、長い間、政界と深く関わっているので、新参者のイリアの父ことを見下していたようでうる。 (あの男は、バース人に税を課して儲けることしか考えてない守銭奴だわ)  街外れの荒れ地に入ると馬が疲れてきた。小路の脇にバース人の墓地が点在している。死者の世界嫌うオスベル人は墓を生活圏や神殿から完全に離れたところに作るのだが、バース人はなるべく集落の近くに墓を作ろうとする。二つの民族の死生観は大きく違っていると言えるだろう。  篝火を目印にして進むと石造りの神殿が見えてきた。ここは昔からある宗教施設なのだ。男子禁制の場所なので亭主の暴力から逃れる女性を匿ってきた。  生理痛か酷い時には神殿の巫女が処方する薬草が効くと教えてくれたのがルシルだった。友人という間柄ではないのだが、イリアは彼女と一緒に、ここに来た事がある。 「ねぇ、ルシルは来ているかしら?」   神殿の門番である老婆は海老のように腰を曲げたままの体勢で答えた。 「ああ、あの娘なら、先刻、泣きながら来ましたよ。父親が死んだと言うとりましたな」 「やっぱり……、ここにいたのね」  門の脇にいた老婆に馬を預けて銅貨を手渡すと、ボサボササ髪の老婆が頭を垂れてニンマリと笑った。 「へいへい。お嬢様、おまかせくださいな。餌と水をたーんと与えておきますよ」
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