1 属州バースの夜明け

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 石の階段を進むと本殿に辿り着いていた。木造の粗末な祭壇には花や果物の他に願いを込めた呪物を奉納しているのである。例えば、怪我した腕を治したいと思うならば、木や石で腕を作るのだ。それを祭壇に置いてから不眠不休で祈る事によって御利益が生まれるとされている。  みんな何か悩みを抱えており必死なのだ。徹夜で祈る信者達は疲れたような顔をしている。貧しい彼女達は同じような灰色の服装をしており、ブツブツと祈っている者もいれば、シクシクと泣く者もいるのだが、慌てた様子で、イリアは、一人一人を覗き込み丁寧に探し回っていく。 「ルシル! どこなの! あたしはイリアよ。あなたを助けたいのよ!」  すると、ビクッとしたようにルシルが振り向いた。 「イリア様、なぜ、ここに?」  ルシルはイリアよりも五歳ほど年上だ。細面で青白い肌をしている。イリアに比べると金色の髪がパサついているのは、イリアのように髪の手入れにいそしむ余裕がないからだ。  ルシルも執念深いスツラの怖ろしさや荒々しさを熟知している。だからこそ怖くてたまらないようである。  神殿の片隅で震えている様子に心を痛めながら、凛とした声で語りかけていく。 「先刻、火事のことを聞いたわよ。スツラの様な高利貸しは属州法で禁止されているのよ。卑劣な騙まし討ちをしたスツラに借金を返す必要はないわ」    徴税官と高利貸し。これが、スツラの生業だ。これまで、ずっとスツラはバースの人達から必要以上に搾取してきた。天秤や枡を細工したりしていたのである。そして、税を払えない人に貸すお金の利子を高く設定する。  いよいよ、借金が返せなくなったなら、自分が経営する店で奴隷として酷使する。この繰り返しだ。  歴代の総督達は賄賂を受け取っていたのて、このようなスツラの悪行を放置してきた。しかし、二年前に赴任した清廉潔白な総督は、新たな法律を制定してスツラを牽制している。 【過剰に不正に税を請求した者は身分に関わらず、厳正な処罰の対象とする】  そのお触れが出てからも、スツラはバース人の無知に付け込んで徴収してきたのだ。 「騙されたと気付くべきでした。しかし、父はオスベルの文字が読めません」 「今回の事を訴訟すればいいのよ。ねぇ、そうしましょうよ」  正直なところ、ルシルの父親の馬が急死した事も怪しい。あれは、スツラの手下が細工をした可能性が高いのだ。 「でも、街の代書人達はスツラを恐れていますわ。こちらが依頼しても訴訟の書状を書いてもらえるとは思えませんわ」 「それなら、あたしに相談してくれたら良かったのよ」 「お嬢様にそこまで甘えていいのかどうか……」
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