1 属州バースの夜明け

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 知り合って数ヶ月足らずのルシルが遠慮するのも無理はない。何しろ、ルシルにしてみれば、イリアもオスベルの人間なのだ。それでも、励ますようにしてルシルの背中を押し出していく。 「総督のところに行きましょうよ! さぁ、勇気を出すのよ!」 「いいえ。危険ですわ! スツラの部下がどこかで待ち伏せしていますわよ!」 「それなら、総督の甥のユリアウスの屋敷に向かいましょう。ユリアウスの家は知っているわね?」 「ええ、もちろん、存じておりますわ。あんな素晴らしい方がイリア様の婚約者だなんて羨ましい限りですわ」  どう答えたらいいのか迷っていた。この時、イリアは少し息を詰めるように黙り込み、顔を強張らせていたのである。  ユリアウス・スキピオ・カストル。彼は、今年で二十二歳になるオスベルの名門家系の青年貴族である。気の毒なことに生まれつき脚が悪くて杖をついている。しかし、誰よりも頭脳明晰だ。  女のように綺麗な肌をしており整った顔立ちをしているけれども、オスベルの貴族の娘は病弱なユリアウスを夫として選ぼうとはしない。彼女達は筋肉質で逞しい男を好む傾向があるからなのだ。  ユリアウスの父親は色々と妥協した結果、成金娘のイリアを息子の妻に選んだのだろう。 (彼への愛など少しもないわ……。だけど、ユリアウスのことは信頼できる)  とにかく、スツラの政敵であるユリアウスならば、気の毒なルシルを何とかしてくれるに違いない。 「あたしのドレスを身につけて外套の頭巾で顔を覆うといいわ。あたしは、あなたの服を着て帰るわね。あたしの馬に乗って逃げるのよ! あたしの名前を出せば、ユリアウスは保護してくれる」 「ありがとうございます」  ルシルはイリアに励まされて頬ほ高揚させた。絶望から帰還したようだ。馬に乗って颯爽と立ち去るルシルを見送った。  イリアはルシルの粗末な衣服を身につけていたので汗のニオイが鼻についた。早く帰って着替えたい。 (あたし、いつまでもここにいる訳にもいかないわね)  そこからは徒歩で森の小道を抜けることにしたのである。   ちなみに、属州に道路や砦を作るのはオスベルの正規軍の仕事だ。『すべての道はオスベルに通じる』という格言がある。時には、山を強引に切り開いて真っ直ぐで幅の広い道を作ることもある。  ただし、街中の道に関しては、すでにそこにある建物のせいで入り組んだ作りになっている地域もある。  辛抱強く歩いているうちに市内に辿り着いた。ルシルの粗末な靴を履いたせいで脚が痛くなってしまっている。  丘の上には豪邸が並んでいる。見慣れた景色にホッとなる。前方に公衆浴場の建物の入り口を示す看板が掲げられている。 (久しぶりに、こんなに歩いたから脚が疲れちゃった。いたたっ。ああ、もう嫌になっちゃう)
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