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途方に暮れたように朝焼けの空を仰ぎ見ていた。
一時間ほど歩き続けた結果、ようやく市街地に戻っていたのである。浴場施設の裏手の小路を進みながらもフラフラしている。溜まった疲れが足元に痺れを及ぼしているのか、石畳の隙間に躓いて転びそうになっていた。
イリアは舗道にしゃがみ込んだままフーッと溜め息をこぼしていると、背後から二人組の男がヌッと現れた。不穏なものを感じて心臓が跳ね上がった。髭面の男達は明け方まで飲んでおり酔っ払っている。
「ようよう、ねーちゃん、おまえ、こんなところで何をしてるんだよ? おめぇは物乞いの女なのか?」
「いいえ! 違います!」
二人とも山羊革の粗末なスボンを履いていた。彼等の胴着には親方の印が入っている。彼等は、鞍や鞄や靴などの修理などを請け負って暮らしている革職人なのだ。
(酒臭いったらありゃしない! もう何なのよ)
バース人の母を持ちながらオスベルの特権階級に属しているイリアは、どこにいても目立つ存在である。それなのに、イリアのことを知らないというのは余所者の証拠だ。
「兄貴、若くて綺麗な娘だぜ。酒場の年増女なんかよりいいや。ひひっ」
何とも卑しい顔つきで見つめられてしまい恐怖を抱いてゾクッとなる。イリアは慌てて逃げ出そうと後ずさろうとしたのだが手遅れだった。
赤毛の男に腕を捕まれてしまい、そいつの汗臭い肩に担がれてしまっている。どうやら、市場の裏手の薄暗い裏通りへと運ばれているらしい。この路地の奥は革を処理する場所である。
革は糞尿によってなめされる。だから臭いがこんなにもきついのだ。職人以外の市民は滅多に近寄ろうとはしない。裏手の粗末な小屋へと連れ込まれそうになりながらも、イリアは毅然とした態度で叫んだ。
「やめなさいよ。あたしは総督の甥のユリアウスの婚約者なのよ! こんなことをしてタダで済まないわよ!」
「ははっ。おもしれぇな! おまえがユリアウス様の婚約者だって言い張るのなら、オレ様は、今は亡き砂漠の大国のナグルの王族だぞ。ほらほら、オレ様を崇めろってんだ。がははっ!」
すると、調子に乗ったのか栗毛の若造も謳う様に戯言を口にした。
「それじゃ、オレはオスベルの元老院ってことにしとこうかな~ オスベルの安寧をもたらしたまえとか言っちゃおうかな」
二人ともかなり酔っているが、それでも、彼等の足取りはしっかりしていた。
獣を屠る小屋の扉には錠がかかっている。赤毛の男は舌打ちをしている。
「まぁ、外でもいいか。どこでやっても一緒だよな」
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