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 そうして、僕は彼女を殺した。  何時でも、僕の世界は平坦なモノクロオムだ。  光を跳ね返す処は白く、光を吸い込む処は黒い。大凡、灰色のこの部屋の中も窓辺は白く、部屋の奥は黒い。そして彼女の手は白く、彼女の髪は黒い。其れだけだ。  ……否、  彼女の唇だけが、赤かった。  僕の世界では唯一、其処だけが色彩を持って居た。伸びやかに語り、軽やかに謳い、秘めやかに囁くその唇だけが、この世界で唯一許された色だったのに。  そうして今、彼女の胸から溢れる血も唇と同じに紅かった。  暗く沈んだ床に、純白のドレスの裾が円く広がっていた。崩れ落ちた彼女の躰の周りにも長い、ながい黒髪が畝っている。なだらかに隆起した胸から、まるで朝靄に浮かび上がる曼珠沙華の如く鮮やかな紅色が咲く。  そう、高く空に開く花火に似た。ほろりほろりとあふれ出る血があの花びらみたようで。  ほうら、また、新しい花が咲く。  あかく あかくうつくしい ほろほろと……  黒い絹糸のような髪と髪の間を埋めるように「赤」が広がってゆく。  そしてまだ、彼女の唇も紅かった。  鈴が震えるような声で歌っていた頃より更に、豊かに鮮やかに、あかかった。  嗚呼、  何処かで、烏がひとつ哭いた。
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