ネコになったぼく

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弟のヒロが、ソファーの上からぼくの目の前にジャンプしてきた。 「とう!」 広告を丸めた棒をぼくに向かって振り上げてきた。 「ちょっと、やめろよ!」 「ハルダイオウ、かくごしろ!」 こうなると止めたってムダ。ヒロはヒーローものが好きな五歳児だ。 嫌がったって気にしない。振り下ろされた棒は、ぼくの腕にパシっと当たる。 「いたっ!」 当たった所がひりひりする。 日曜日の朝、特撮アニメをみると、必ず、ぼくを悪役にみたてて闘おうとする。 悪役ばっかりなんて、なんだか変。お兄ちゃんだからって、遠慮してばっかりってどうなの。 よし!今日からは悪役じゃなくってヒーローになってやる。 「ヒロ大魔王かくごー!」 ぼくはヒロの持っていた棒を奪って、軽く頭をぽかりと叩いた。 「……」 ヒロは叩かれて立ちすくんだあと、口をへの字にして泣いた。 あーあ、もう。めんどくさい。 いっつもヒーロー役のときは元気いいのに、悪役になったとたん泣くなんて。 最後はお母さんが 「もう、お兄ちゃんなんだから」って言うんだ。 やってらんない。 すると、足元にフワッとした毛ざわり。いつの間か飼い猫のジュジュが足元にいた。にゃん!と鳴く。 撫でてって言ってるみたいだったから、ぼくはしゃがんで撫でた。 撫でているうちに、気持ちがよくなったジュジュは床に寝ころんでゴロゴロのどを鳴らし、手足を伸ばして大きく伸びをした。 いいな、ジュジュは。 学校にいかなくったっていいし、散歩だって好きな時に行けるし、ヒロと仲良くしなさいとか、お兄ちゃんらしくしなさい、なんて言われない。 ジュジュになりたいな。 ふわふわな毛を撫でていると、眠くなってきた。 寝て起きたら、なんだかいつもの景色とは違った。 毛がある? もしかして、今日からぼく――、 「にゃにゃー(ネコー)?」 隣を見ると、ぼくが寝てる。一緒に寝てしまったらしい。 寝顔に顔を近づけた。 まつ毛みじかっ!鼻もちっさ……。でも、意外にかわいいじゃん。 ふふんとしっぽをゆらした。 机の位置が高い。天井だって高い。 あ、ヒロのやつ、いっぱいお菓子もらってる。 ズルい。 前足に力を入れ、ジャンプする。 ひょいっと軽々とテーブルの上にのぼれた。 ひゃっほー。なんて体が軽いんだろ。 食べているヒロの手を見るとなんだか、噛みつきたくなってきた。 キランと目を光らせた途端に、床に降ろされた。 「駄目でしょ」 お母さんだ。 ちぇ、仕方ないな。 そうだ、お散歩行こうっと。 猫用の小さな出入口から外へと出た。 「にゃー!(大きい)」 何もかも大きい。 人間では小学校四年生だけど、こんなに大きく感じたことなかった。 猫から見ると、なんでも大きいんだ。 きょろきょろと見渡して、塀の隙間から道路に出た。 どこ行こっかな。 道の端を走った。 速い!手と足を使って走るなんて変な感じだけど、軽い。 ぴゅんぴゅんと風を切って走った。 楽しい! ハルトの時は、クラスの中でも遅い方。運動神経なし。 速く走る子の気持ちってこんなのなのかな。 どこまででもいけそう。 走っていると高い塀が立ちふさがった。 行き止まりだ。 前の道は左右に分かれている。 曲がろうかと思ったけれど、高い塀がぼくを呼んでいる気がした。 走ってきた勢いを利用して、思いっきりジャンプする。 わずか十センチほどの幅の塀の上に着地した。 気持ちいい! もう、このまま猫でいいかも。 塀の上から眺める街は、違って見えた。 と、その時。塀の向こうの庭にスズメがいた。 ぴょんぴょんと移動して、地面をつついている。 なんだかおしりがむずむずする。追いかけたくないけど、追いかけたくてたまらなくなってきた。 「にゃー(まて)」と、庭に下りた。 スズメはぼくに気付いて飛び立ち、代わりにしわがれた声がした。 「また、証拠にもなくやってきたな。どこの猫だ。ほれ、しっし」 ほうきでおしりを押され、塀の向こうに追いやられてしまった。 「にゃにゃー(ほうきでおしりを押さないでよ)」 ぺろぺろと叩かれたおしりとしっぽをなめた。 けれど、落ち着く前に、ヒロぐらいの子どもがと目が合った。 「おい! ネコだ!」 「ほんとだ! かわいい」 「つかまえようぜ」 え、えっ!  ニヤッと笑う子どもたちに捕まったら何をされるのかわからない。ぞっとして、逃げようとするところをしっぽを捕まえられた。 「ふぎゃー!(イタいっ)!」 爪を出し、猫パンチを繰り出す。 当たる前に、掴んだ手がひっこめられた。 その隙に、塀の上に避難して、さっさと逃げた。 たしかこっちに公園があったはず。 しばらく走ると、家の近くの公園についた。 休日ということもあって、たくさんの子どもや人がいた。 どこか人気のないところを探し、植木の間に身を隠した。
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