隙間

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隙間

 気になりだしたのはいつからだろう。  戸棚の扉が微妙に開いているとき?  クローゼットの扉?  並べた本棚の隙間かも。  とにかく中途半端に空いた隙間が気になる。  不思議なことに全開にしたときは全く気にならない。気配すらないのだ。  ただ、隙間があるとなにかの気配を感じる気がする。  まただ。  いつの間にか微妙に開いた扉。  閉めても閉めてもいつの間にか開いている気がする。  慎重に慎重に気を使っているはずなのに、開く隙間。  クローゼットの扉は立て付けが悪いのだろうか。管理会社に文句をいわないと。  いや、クローゼットだけではない。玄関と居間を区切る扉も、居間から寝室に入る扉もいつの間にか微妙に開く。  ほんの二、三センチほどの隙間。  トイレの扉は鍵をかけるからか隙間が開くことはないけれど、それ以外の扉は、それどころか毎日ぴっちりと閉めるはずのカーテンさえ隙間が開く。  けれども全開にしてもなにもない。  カーテンレールも扉も調べたけれど、異常が見当たらないのだ。  そして、なにかの気配がする。  なんとなく、監視されているような、じっと見られている気配だ。  家の中のどこに居ても、いつのまにか隙間があって、そこから視線を感じる。そんな気がするのだ。    終わらないレポートに苦戦しながら、資料を指でなぞる。  憲法は必修科目だ。落とすわけにはいかない。  あまり興味を持てない判例と教科書に指定された本を交互に確認しながら必要な情報を纏めていく。  試験には教科書と自分の書いたレポートのみが持ち込み可能だ。念入りに準備しなくては。  キーボードを叩きながら、同時に手書きのメモも作っていく。  かなり集中できていた、と思う。  しかし、急になにかに見られている気がした。    隙間。  いつの間にか部屋の扉が開いていた。  入るときにしっかりと閉めたはずなのに、開いている。  立て付けが悪いのだろうと始めの頃は思っていたが、こうも続くと気味が悪い。  だが今のところは実害がないのだ。  無視しよう。  扉を閉めずに資料に視線を戻す。  見られている。  いつもよりもはっきりと視線を感じる。  思わず、扉の方を見る。  目。  目が合った。  それはほんの一瞬だった。けれども確かに何者かと目が合った。  その瞳からは一切の敵意を感じない。害意がない。かと言って好意があるようにも感じられなかった。  ただ、純粋な好奇心。  まるでこちらを観察しているようだった。  おそるおそる扉に近づき、勢いよく開く。  けれども扉の向こうには誰も居ない。  きっと疲れているのだ。  疲労が見せた幻覚だ。早く休もう。  必死に自分に言い聞かせ、扉を閉める。  そして折りたたみテーブルを移動させ、扉が開かないように押さえた。  レポートは昼間にしよう。  パソコンをシャットダウンし、資料を片付ける。    また、見られている。  扉は閉めたはずなのに、まだ見られている。  一体どこから。  部屋を見渡せば、クローゼットの扉が僅かに開いていた。  ここか。  養生テープが手元にあった。すぐにクローゼットの扉をテープで留める。  どうせすぐ剥がれる。けれどもあの目は隙間がないと現れないのだから閉じてしまえばいい。  もう大丈夫だ。さっさと寝よう。寝てから考えよう。  そう思っていたが、忘れていた。  カーテンだ。  ここもいつのまにか隙間ができる。  慌てて閉める。  けれどもまた勝手に開きそうだ。縫い合わせてしまおうか。  けれども道具がない。  必死に辺りを見渡して、ダブルクリップを見つける。  留めておこう。  中央を重ねてクリップで留める。    これでもう大丈夫。そのはずだ。  けれども一度気になりだすと余計に意識してしまう。  部屋の中だけではない。家中どこに居たっていつの間にか隙間が出来ている。  閉めても閉めてもどこかに隙間が出来てしまう。  いや、扉やカーテンだけではない。  本と本の隙間。  家具と壁の隙間。  立っている足の間さえ、なにかの気配がするような気がする。  塞がないと。  塞がないと。  塞がないと。  あれが来る。  あれがこちらを見ている。  塞がないと。  塞がないと。  塞がないと。  可能な限りテープで隙間を埋めていく。  けれどもどこかから視線を感じる。  隙間がある。  別にあれは襲ってこない。命を狙ってきたりはしない。  いや、今は襲ってこないだけでこの先どうなるかなんてわからない。  必死に隙間を埋めようとした。けれどもテープが尽きてしまう。  あれが一体何なのかはわからない。  気がつけば、あちこちから視線を感じる。  見られている。  じっと、舐め回すように。  研究対象を観察するように。  見られている。  天井からも床からもあらゆる角度から見られている気がしてならない。  けれども思い出した。  扉を開ければあれの気配は消える。  開ききってしまえばいい。隙間でなくなればあれは見てこない。  折りたたみテーブルを移動させ、扉を開ける。  思った通り、扉の向こうにはなにもいない。  あれは、家の中に出る。  家の外でなら覗かれることもないはずだ。  今夜はどこかに泊まろう。  そして、一日も早く引っ越し先を探す。  そう誓って玄関を出る。  その瞬間、背後に無数の視線を感じたような気がした。  
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